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真北くんのバースデー(4)


「お待たせーぃ! 南羽さん特製、オーサム☆カレーだよ」


 南羽さんがテンション高く宣言し、テーブルにふたりぶんのカレーライスとサラダを置いた。

 挽肉とタマネギをじっくり炒めたという、キーマカレー。トマト缶をベースに少し水分ととろみを多めに作るのが南羽さん流らしい。ジャガイモやにんじん、カボチャ、大豆、キノコ類などがたっぷり入っていて、栄養バランスが考えられている。さすがである。


「ちなみに、最高って意味の『Awesome(オーサム)』と秋の『Autumn(オータム)』をかけてます」


 秋は美味しい野菜がいっぱいでいいねぇとうっとりしながら、南羽さんが教えてくれる。ネーミングセンスも、とても彼女らしい。

 実際、名前負けしない味で、俺――ちなみに、南羽さんも――は流れるようにおかわりをして、南羽さんの作ってくれたカレーと俺の炊いたごはんはきれいに無くなった。南羽さん自身、納得の出来だったようで、終始にこにこと満足した顔で食べていた。「お店出せますよ」と言ったら彼女は謙遜していたが、まんざらでもなさそうな顔だった。


「ごちそうさまでした」


 ふたり、顔の前で手を合わせ、声を揃える。

 ふーっと息を吐くと、部屋の中に静かな時間がおとずれて、むずがゆいような、ソワソワした気分になった。閉鎖的な空間だからなのか、南羽さんとの距離の近さをいつもより意識してしまう。


「俺、お皿片付けますね」


 ぎこちなく立ち上がろうとする俺に、南羽さんも「私、やるよ」と膝を立てる。その拍子に、彼女の顔が近くなる。


「だ、大丈夫です!」


 反射的に少し大きな声が出てしまった。カチャン、と食器がぶつかる音がして、南羽さんがはっとした顔で動きを止める。


「あ、いや、すみません」

「ううん・・・・・・じゃあ、サラダのお皿は運ぶね」


 俺はモゴモゴと曖昧にお礼を言った。南羽さんの顔を見ることができなかったから、彼女がどんな表情だったのかは分からない。

 流しにカレー皿を置いて、水栓レバーをひねる。静かな水音とともに、食器が水で満たされていく。また沈黙がおとずれて、気まずい空気になった。何か話題をと考える俺の隣で、南羽さんがおずおずといった様子で「あの」と口を開く。


「こんなこと聞いて、イヤな気持ちにさせたらごめんね」


 一呼吸おいて、意を決したように彼女が切り出した。


「イヤ……だった? 私が家に来るの」


 意外な言葉に、「え」と声が出る。南羽さんはうつむいたまま続けた。


「勢いで決めちゃったけど、さすがに強引すぎたかなって。真北くんは優しいから、その・・・・・・何も言わないだけなのかもって」


 先ほど取り乱したこと然り、南羽さんがカレーを作っている時のこと然り、彼女がうちに来てからの俺の態度がそう思わせていたのだと、すぐに思い当たった。俺は慌てて否定する。


「イヤとかでは、全然なくて」


 出しっぱなしの水を止める。流れていた水音が止んで静かになるが、自分の思いを言葉にするのにはむしろ都合がよかった。ここ1週間抱えていた、自分でもよく分からない気持ちを、素直に口にする。


「南羽さんがうちに来ることになってから、実はずっと落ち着かなくて。どうもソワソワして、何回掃除しても不安になるし、今日のことを考えるといろいろ心配が募っていったというか・・・・・・」


 言いながら、うまく説明できていないもどかしさを感じる。言いよどむ俺に、南羽さんが「ちょっと分かるかも」と口を挟んだ。


「私も、初めて友達を家に呼んだ時は緊張したよ」

「緊張・・・・・・」

「うん。なんていうか、自分の内側を見られるような気がしたのかな。変に思われないかなーとか考えてたら前の日あんまり眠れなくてね」


 そのせいで友達と映画を見ている途中に爆睡してしまったらしい。でもそのことがあってから、ピンと張っていた糸のようなものがゆるみ、一気にお互いの距離が縮まって、結果オーライだったそうだ。


「南羽さんらしいエピソードですね、いい意味で」


 相槌を打ちながら、南羽さんの言った『緊張』という言葉を思い返していた。

 大学生になってから、誰かを家に招いたことはないし、地元にいた頃はそもそも家同士が離れていたこともあって、回覧板を持ってくる以外で友達が家に来ることなどなかった。


 友達が家を訪ねてくる経験がほとんどないという意味では、俺は南羽さんの言うとおり緊張していたのかもしれないのは事実だ。

 正直、それだけではない気もするが、他に納得のいく説明が今すぐには思いつかない。

 そうかもですね、と曖昧な答え方をする俺の隣で、南羽さんがどこかほっとしたように表情をゆるめる。


「私と一緒だね」

「一緒?」と尋ねる俺にうなずいてみせ、照れたようにこちらを見上げる。

「私も、ちょっと緊張してたんですよー? カレー、真北くんの口に合わなかったらどうしよーって」


 眉をハの字にして、南羽さんが苦笑する。


「全然そうは見えませんでしたが」

「えーほんと? 私も真北くんみたいにポーカーフェイスできるようになってきたかな?」


 無表情な顔つき(ポーカーフェイス)とは対極にいる南羽さんが言うと、ツッコむべきなのか判断に迷う。そして俺のはわざとやっているわけではないが、まぁいい。


「今まででいちばんおいしいカレーでした。それに、南羽さんらしい、優しい味がしました」

「嬉しいこと言ってくれるねぃ」


 素直な感想を伝えると、南羽さんは目を細めてはにかんだ。

 彼女が、少しかしこまるように背筋を伸ばし、俺の方へ向き直る。


「真北くん、改めて、お誕生日おめでとう」


 にっこりと微笑む彼女は、いつもの明るい南羽さんだった。


 南羽さんが用意してくれたケーキは、てっぺんに艶やかないちごが輝くムースと、ぶどうをふんだんに使ったタルト。彼女の提案で半分ずつ分けて食べた。

 その後は、最近配信されたコメディ映画を1本見た。今日の南羽さんは最後までしっかり起きていた。


 こうして、俺の19歳の誕生日は、あたたかい思い出とともに過ぎていった。

 帰り際、南羽さんに誕生日を尋ねた。1月24日とのことだったので、忘れないうちにスマホのスケジュールに登録して、リマインダーもかけておく。

 南羽さんの誕生日には何を贈ろう。それを今から考えるのが、とても楽しみだ。


to be continued...

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