真北くんのバースデー(3)
休みの日は起床のアラームを切っている。にも関わらず、今日はいつもと同じぐらいの時間に起きてしまった。
二度寝をしようにもすっかり目が冴えてしまって、寝付くのには時間がかかりそうだ。仕方がないので起きあがり、窓のカーテンを開けた。目に飛び込んでくる光がまぶしい。
厚い雲が空を覆ってこそいるものの、昨日まで降り続いていた雨は上がっていた。
窓を開けると、秋らしい涼しい風が俺のあしもとを流れていった。
『ごはん作ってあげるよ、真北くん家で!』
南羽さんがそう宣言してから、1週間。
言われたときは、彼女の勢いにのせられて、深く考えることなくOKした。
断ったら南羽さんは落ち込むだろうと思ったし、それに、南羽さんが俺のために何かしてくれようとしている、そのことが嬉しかった。
でも日が近づくにつれ、どこか俺は落ち着かない思いを抱えていた。誰かにずっと見られているような、そわそわとした感覚。それが何なのかわからないまま時間は過ぎていき、約束の日になってしまった。
南羽さんが来るのは11時。家を出たと少し前に連絡があったから、今頃は買い物中か、そろそろ終わってこちらへ向かっている頃だろう。
荷物持ちとして買い物に付き合うという俺の申し出は、「お楽しみじゃなくなっちゃうでしょ」とやんわりと却下された。
『そのかわり、ごはんを炊いておいて』という最重要任務は遂行済みだし、部屋の掃除も整理も、昨日までに念入りに行った。
心配事はないはずなのに、それでもやはり落ち着かない。何度も時計を見ては、時の進みの遅さを確認するばかりだった。
何かして気を紛らわせようと、俺は掃除機をひっぱり出した。心を無にして、すでにチリひとつ無い床に掃除機を走らせる。無事に買い物は済んだだろうか。俺のアパートにちゃんとたどり着けるだろうか。そんな不安も一緒に吸い込んでほしいと思いながら。
南羽さんは時間どおりにやってきて、インターホン越しに彼女の声を聞いた俺はほっとした。
「いいアパートだねぇ!」
俺の顔を見るやいなや、挨拶もそこそこに南羽さんが褒める。オートロックの共用玄関にとても感動したらしい。南羽さんはそのあとも、水回りの広さや全体的な綺麗さにひとつひとつ感心しっぱなしだった。
荷物をキッチンまで運ぶお許しは出たが、「中身は見ちゃダメだからね」とのことだったので、袋ごと置いて早々にリビングへと移動する。
キッチンへと足を踏み入れた南羽さんは、その広さにもいたく感激した様子で、少しの間言葉を失っていた。
「真北くんの部屋・・・・・・素晴らしすぎませんか・・・・・・?」
初めて見るおもちゃを目の前にした子どものような目で、南羽さんが俺を見る。そこには、純粋な興奮と羨望の他に、どうしてこんな所に住んでいるのか、という疑問も含まれていた。
リビングを見渡せる向きに据え付けられたシステムキッチンは、流しも作業場も十分な広さと奥行きで、ガスコンロも3口ある。収納もたっぷりな上ちょっとしたカウンターも付いており、おまけに全体が白で統一されていて、清潔感とスタイリッシュさがある。
簡単な一品料理程度しか作らない俺には、正直もったいないほどの設備だ。南羽さんが疑問に思うのもわかる。
家探しで苦労して、ここしか選択肢がなかったのだという話をすると、南羽さんは納得したような表情になった。いわく、彼女が今住んでいるアパートも、空いているのを運良く見つけられたものだそうだ。選択肢がほとんど無い中だったので部屋は1階だし、キッチンも俺の家ほど広くないし、もちろんオートロックでもないらしい。1ヶ月の家賃を言うと渋い顔をしていたが、それでも終始羨ましそうな顔で部屋のあちこちを眺めていた。
そんなことを話していたら、お米が炊きあがるいい香りがしてきた。
「あ、ごはん、ありがとね」
「いいえ。大統領直々のお言いつけですから」
「あはは。じゃあ大統領命令で、真北くんにはゆっくりしててもらおうかな」
南羽さんが腕まくりをして、カバンの中から取りだしたエプロンを身につけた。
ゆっくりしていて、とは言われたが、落ち着かないのは相変わらずだった。南羽さんがガサガサと食材を探す音や、冷蔵庫や引き出しを開け閉めする音がするたびに、意識がそちらへ向いてしまう。テレビの音にもいまいち集中できない。
一応南羽さんに断って、イヤホンを付けてゲームをすることにした。よくプレイするアクションRPGのソフトを立ち上げる。敵を倒し、アイテムを拾って武器を手に入れ、また敵を倒す・・・・・・現実離れした設定にのめり込むように、コントローラーを操作した。
少し手強い敵をなんとか倒し、肩に入っていた力が抜ける。ふと視界の端に映った影に目をやると、いつのまにか隣に来ていた南羽さんが、興味津々な様子でこちらを見ていた。驚いて、思わずゲーム機を落としそうになる。夢中になりすぎて、南羽さんがいるのを忘れかけていた。
「ごめん、邪魔しちゃった?」
「いえ・・・・・・ちょうど中ボス倒したとこなんで、全然。てか、俺の方こそすみません」
イヤホンを外し、まだバクバクしている心臓を落ち着けながら答える。南羽さんは「それはよかった」と微笑んで立ち上がった。鼻歌を歌いながらキッチンへと戻り、
「ごはんこれぐらいでいい?」
とお皿に盛った白米を俺に見せる。彼女に渡された台拭きでテーブルを拭きながら、俺は「はい」とうなずいた。そこではじめて、カレーライスの香りが鼻先をかすめた。




