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新人アルバイター、真北くん(4)


 プシュ、という小気味いい音をさせ、伊波(いなみ)くんが開けたばかりの缶に口を付けた。

 そのままゴクゴクとのどを鳴らし、「生き返るわぁー!」と声を上げる。

 伊波くんのおかげで、ノベルティ配付は事なきを得た。なぜ彼がノベルティを持っていたのかということは後回しでバタバタと設営を行い、なんとか無事に配付が終了した。上岡さんの言うとおり、開場からの人の入りはすさまじく、午前中は水分補給もままならないほど、俺たちは忙しく動き回っていた。

 やっと人の波が切れてきた頃合いを見計らって、俺と伊波くんは休憩に行くことを許可された。せめて何かお礼をと思って、とりあえず飲み物を奢ることにしたというわけだ。


 伊波くんの横で、俺も自販機で買ったお茶を飲む。カラカラの土に水をやった時のような勢いで、水分が体に取り込まれていく。

 俺は改めて伊波くんに頭を下げた。


「ほんとに、助かりました。ありがとうございました」

「いやいや、そんな何遍もいいって」


 伊波くんが、なかば呆れたような顔をしてひらひらと手を振る。


「でも、どうして伊波くんがあのノベルティを?」


 俺はずっと気になっていたことを口にした。あのノベルティの受け取りは、俺が行くはずだったもので、誰かと一緒に行く話にはなっていなかったように思う。

 伊波くんは少し視線を空に泳がせると、話し始めた。


「この間の打ち合わせの時、俺もおったんやけど」


 それは覚えている。お互いの位置が遠かったので挨拶こそしなかったものの、多分あれは伊波くんだなというぐらいの認識はあった。


「ノベルティの話、あったやん。真北くんが取りに行くって話。あの後上岡さんに受け取り先の会社の場所聞いたら、俺んちも割と近くやって。ついでやし、ひとりよりふたりの方が何かと安心やん? やから手伝おって思てん。で、適当に会社の前おったら会えるやろって思って待ってたんやけど、全然誰も来ぉへんし」


 そりゃ、そうだ。その頃俺は自らのおかした失態にあたふたしていたのだから。


「そろそろ行かな遅れるって時間になってもたから、しゃーないし、俺が代わりに受け取って持ってきた、ってわけ」

「なるほど・・・・・・タイミングというか、運がめちゃくちゃ良かったんですね」


 伊波くんがいなかったらと思うと、またヒヤリと背中が冷たくなる。ありがとうございます、とまた俺は頭を下げた。


「だから、ええって。・・・・・・てか、真北くんもしかして、わざと丁寧にやってへん?」

「バレましたか」

「いや、わかりにく! 顔が全然ふざけてへんのが一周回って逆におもろいわ」


 はは、と伊波くんが爽やかに笑って、そばのゴミ箱に空き缶を投げ入れた。


「腹減らん? なんか適当に食べ行こうで」

「いいですね。行きましょうか」


 俺と伊波くんは、広場の方へ向けて並んで歩き出した。




 午後からは、俺も伊波くんも主に物販テントにいた。午前ほどの混雑はなく、パイプ椅子に腰掛けて雑談する程度の余裕があった。伊波くんは、快活によく喋るという点は俺とは正反対だったが、派手な見た目の割に穏やかで、自然体で会話の続く人だった。見た目とのギャップがある、と言ったら「真北くんに言われたないなぁ」と返されたが、ニィッと口を大きく開けて笑う彼の耳には、しっかりピアスの穴が開いていた。


「てかさぁ、なんで敬語?」


 グッズを買って帰って行くお客さんを見送って、伊波くんが聞いてくる。


「楽だからです」

「楽?」


 どこかでしたやり取りだなと思いながら、どこかでしたのと同じ説明をする。伊波くんは「ちょっとわかるわ、それ」と笑っていた。


「帰省はせんの?」

「はい。お金もかかりますし、今年はバイトに力入れようと思ってるので」

「まーね、俺も似たようなもんやなぁ。帰って来いとも別に言われんし」


 伊波くんは頭の後ろで手を組んで、足を投げ出すように椅子に腰かける。


「男子は、たぶんほとんどそうですよね・・・・・・」 


 なんとなく、南羽さん一家のことを思い出しつつ俺も同調した。

 隣のテントに、俺たちと同じぐらいの年頃のカップルがやってきた。スタッフと何か言葉を交わした後で、どこかへ歩いていく。その様子を椅子にもたれてけだるげに見つめていた伊波くんが、突然がばっと身を起こした。何事かと彼を見ると、目を輝かせてこちらを見ている。


「そういえば、真北くん、彼女とはどうなん」

「彼女?」

「ほら、背ぇちっちゃくて可愛い感じの、いつも三つ編みしてる子!」

「・・・・・・あぁ、南羽さんのことですか。後期が始まるギリギリまで帰省してるみたいですけど」


 どうも、学内で話しているところや一緒に食事をしているところをたびたび目撃されていたらしい。俺は南羽さんとの出会いから、たまにラーメンを食べに行ったりお互いの行きたいところへ出かけたりする仲なのだというのを、かいつまんで説明した。興味深そうに聞いていた伊波くんが、「でもさ」と口を挟む。


「その子、夏休みはほとんど実家帰っとるんやろ」


 俺がうなずくと、伊波くんが、くしゃみでも我慢しているかのような、なんとも言えない表情になる。


「付き合っとんのに、そんな・・・・・・寂しないん?」


 ああ、さっきの顔は、かわいそうなものを哀れんでいる表情だったのか。

 寂しいという表現が適切なのかは分からないが、ここ1ヶ月ほど南羽さんの顔を見ていないし、ラーメンを食べに行っていないのは事実で、それはどこか物足りなくもあった。ただ、相変わらず週末には電話がかかってくるし、何の発展性もないようなメッセージをお互い送り合うという、これまでと変わらない関係性は続いていて、その点では十分と言えた。

 一点だけ、俺と南羽さんが付き合っているという、事実と異なる点については否定しておかなければいけないと思った。きっと、伊波くんの言う『寂しい』は、恋愛的な意味を多分に含んでいるだろうし。


「俺と南羽さんは、付き合ってるとか、そういう関係じゃないです、よ」


 それを聞いた伊波くんが、椅子から転げ落ちるかという勢いで体をくの字に曲げる。そのまま上半身だけこちらへ向けて、矢継ぎ早に聞いてくる。


「え、一緒に飯食うことがようあるんやろ?」

「はい」

「ふたりだけで遠出とかするし?」

「はい」

「試験中はほぼ毎日電話して?」

「はい」

「それで、付き合ってないと??」

「・・・・・・はい」


 伊波くんが一呼吸置いて、長いため息をついた。


「俺、真北くんらのことよう知らんけど、それは、アリなん?」


 遠慮がちに眉をひそめ、何か信じがたいものを見たというような目を俺に向ける。

 彼の言いたいことも分かる。話を聞く分には、俺と南羽さんの行動は、恋人同士のそれだと思われても仕方がないし、逆に恋人ではないというのならば、俺たちの関係性は少し異様に映るのかもしれない。

 そう、理解はしているつもりだ。でもその一方で、俺と南羽さんを安易に『恋愛』という枠組みにはめ込まないでほしい、という思いもあった。

 ふたりの関係はもっと単純で美しいものだと思いたいのかもしれないし、それは翻って、この関係が特別なものだと思いたい心の表れなのかもしれなかった。

 この話題について考えようとするといつも、まるで半透明のベールに覆われるかのように、思考にもやがかかる。それはつまり、俺自身、その答えを見つけられていないということに他ならないのだが、ひとまずは、自分と南羽さんを肯定するための言葉を絞り出す。


「まぁ、どちらかと言えばアリなのかなと・・・・・・」

「そうかぁ・・・・・・うん・・・・・・そうかもなぁ」


 伊波くんが前を向いたまま、どこか納得したような口調で噛みしめるように言葉を紡ぐ。

 それからしばらくは、俺も伊波くんも口をつぐんでいた。

 広場を包むざわめきやセミの鳴き声が、少し大きく聞こえるような気がした。



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