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新人アルバイター、真北くん(1)


 お金がほしい。

 きっかけはただそれだけだった。


 実家からの仕送りが月8万。そのうち6万は家賃に消える。都市部ということを考慮しても、学生が住むにはさすがに高価すぎるとは思う。とは言え、進学にあたり家探しを始めた段階ですでにどこもほとんど空きがなく、選んでいる余裕などなかった。思うに、この部屋が空いていたのは家賃の高さが理由だろう。まぁその分、部屋や水回りが広いので、生活に不自由はないのだが。

 大学が設けている特待生制度を利用して、返済不要の奨学金をいくらかもらえてはいるが、それでも毎月の収支が大幅な黒字になることはない。それに、学業優秀かつ特待生になりたい学生など、俺の他にいくらでもいる。この地位がおびやかされない保証など、どこにもないのだ。

 もっとも、生活に必要な部分は仕送りと奨学金でまかなえていて、問題は遊びに費やされる部分だった。遊びと言っても、もっぱら、南羽さんと出かけるための資金のことである。移動のための電車やバス代、出かけた先での食事代など、そういう細々とした出費だ。

 ただ、この部分を削りたくはないし、かと言って実家に交渉して仕送り額を増やしてもらうかというのも、それはそれで気が進まない。


 お金はないが、時間はある。

 時間と体力を持て余した大学生が、合法的に金銭を得る方法。

 すなわち、労働である。



 俺は、学生支援センターの一角にいた。

 大学から、『アルバイト候補生』の選考に合格したと連絡があったためだ。

 夏休みにできるアルバイトを探している、と言う俺に、「だったらいいのがあるよ」と南羽さんが教えてくれたのが、学生支援センターだった。


 大学が学生向けにアルバイトを斡旋していて、正式なインターンシップから、大学の研究室手伝い、公的機関や信頼の置ける会社でのアルバイトまで、長期・短期にかかわらずその職種は多岐にわたる。大学が間に入っているため一定の安全性が担保されており、無茶な条件で働かされるといったトラブルに巻き込まれる心配も少ない。俺のようなアルバイト初心者にはうってつけだった。

 誰でもできるというわけではなく、紹介に値する学生なのかを見極める審査が大学によってきちんと行われる。俺が今回合格したのはそれだ。アルバイト候補生として認められ、これからは大学側が募集を掲げるアルバイトを各々がチェックし、興味のあるものに随時申し込む、という流れになる。

 窓口で所定の手続きをすませ、出口へと向かう。その途中で聞きなじみのある声に呼び止められた。


「あー、真北くんだ。久しぶり。何してるの?」


 やはりというか当然というか、南羽さんだった。俺に気軽に話しかけてくるのは彼女ぐらいのものだ。南羽さんとは、前期の試験終了直後に神戸へ一緒に出かけたきり、顔を合わせるのは久しぶりだった。


「お久しぶりです。えっと、南羽さんに教えてもらったアルバイトの候補生になれたので、その手続きで」


 俺の返事に、「あー!」と南羽さんが目を丸くする。


「さすが真北くん! おめでと! 何するの?」

「それはまだこれからです。『常青ポータル』に挙がってる情報見て考えようかなと」


 『常青ポータル』というのは、俺たちが通う常青大学が展開している、オンラインのプラットフォームのことで、休講情報や学内イベントに関することなど、学生生活に関する情報のあれこれが随時アップされている。


「初めてのアルバイトだもんね、粗相のないようにって考えたら緊張するよねぇ」


 ウンウンと南羽さんが深くうなずいているが、そういうものだろうか。お見合いかなにかと勘違いしていないか?


「南羽さんこそ、何か用事ですか」


 夏休みでも大学は普通に出入り自由だし、図書館や食堂も平常どおり開館している。学内にいるのは特段珍しくないが、学生支援センターに何の用事があるのかは謎だった。


「私はねぇ、コレですよ」


 南羽さんがそう言って、右手をピッと顔の横にもってきた。人差し指と中指の間に挟まれた小さな紙切れが、ひらひらと揺れている。

 学校学生生徒旅客運賃割引証。学生割引乗車券――通称、学割――を購入するために必要な、身分証明書のようなものだ。アレでいつでも発行できるよと、南羽さんがセンター入口横を指さす。得意げな彼女の視線の先に、タッチパネルで操作する感じのそれらしい機械が置かれていた。

 聞けば、今年の夏休みはほとんど地元へ帰省するらしい。後期の履修登録が始まる直前まで福井にいるかも、とのことだった。

 学生支援センターを出て、隣を歩く南羽さんが言う。


「親戚も帰ってくるって言うし、いとこに小学生の子がいるんだけど、その子と遊ぶ約束しててね。それに、お父さんがさみしがってるってお母さんから連絡があって」


 南羽さんが困ったような笑顔を作る。


「娘がはじめてのひとり暮らしって、心配でしょうね」

「いやー、そうなんだよ。電話とかメールでは全然そんな素振り見せないのにさぁ。お母さんには、『大学はいつから夏休みなんだ』『ひなたが寝る布団の用意はしてあるのか』とか、毎日言ってるらしいんだよね」


 やれやれだよ、と言いながらも、南羽さんはどこか楽しそうだ。


「それじゃあ真北くん、バイト頑張ってね。夏休みだからって不規則な生活はしないように!」


 図書館の前で、母親みたいなセリフを言いながら南羽さんが敬礼のポーズをとる。これから図書館に用があるという彼女と別れ、俺も帰路についた。

 

 南羽さんと今日会ってわかったことが3つある。

 どうやら今日は勉強もしに来たらしいこと、南羽さんの家族仲はよいこと、そして、南羽さんはこの夏アルバイトをしないらしいこと、だ。



 帰宅して早速、常青ポータルにアクセスする。

 アルバイト初心者にもオススメ、という謳い文句のついたバイトを確認していき、スケジュールに合わせて申し込むかどうかを決める。とりあえずは拘束時間と時給を中心に見ていくが、正直よくわからないので結局、俺にもできそうなものの中からフィーリングで決めた。


 市民プールの監視員、引っ越し作業手伝い、塾講師、ライブイベントのスタッフ。

 希望するものにチェックを入れて応募フォームを送信すると、ほどなくして受理結果が返送されてきた。

 塾講師は、選考に外れたと回答があった。謝罪の言葉とともにとても丁寧に理由が説明されていたが、要はピアスを開けているから、ということらしい。今回の講座の受講者が小学生だからというのもあるので、仕方ないと言えば仕方ない。選んだ動機が『時給が良くて割がいいから』といささか不純だったので、これで良かったような気もする。

 ともあれ、塾講師以外のバイトは決定した。スマホのスケジュール帳に予定を登録し、ソファに横になる。

 来週からは、少し忙しくなりそうだ。南羽さんの言いつけどおり、規則正しい生活を心がけよう。


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