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ごほうび中華と青い夏(2)


 しばらくの間、パソコンから流れる動画と、スマホのスピーカーから聞こえる音以外は静かなものだった。

 ふと、キーボードを叩く音がやみ、南羽さんが話しかけてきた。


《真北くん、三大中華街って知ってる?》


 連続再生していた関連動画を止め、スマホのミュートを解除する。中華街か。三大、という言葉を聞いて、自分の中の知識を掘り起こす。


「横浜……と、九州のどっかにもありましたっけ」

《うん、長崎ね。あともう1個は?》


 どうやら南羽さんは答えを知っているらしい。


「横浜、九州と来たら、位置的に近畿ですかね。いや、あえての北海道という可能性も……」


 フフフ、と南羽さんがもったいをつけるように笑って言った。


《もう1か所はね、KOBEだよ》


 こうべ、の発音だけやたらネイティブ風だ。

 ゴールデンウィーク、南羽さんは友達と一緒に神戸へ出掛けていたが、その時に知ったらしい。


《でもね、その時は行かなかったんだよね、中華街》

「神戸牛食べてましたもんね」

《そうなの!》


 神戸牛の味を思い出したのか、嬉しそうに声を弾ませる。そのあとで、さらにうっとりしたような声色で彼女は続けた。


《中華街……いいよね》

「南羽さん、ラーメン好きですもんね」

《中華はね、私の中の食べたいものランキング上位に常にいるからね》


 きっと彼女が目の前にいたら、納得顔で腕を組み、ウンウンとうなずいているんだろう。

 ちなみに、ドーナツとカレーも同じ扱いらしい。

 俺はパソコンで『神戸中華街』と検索する。

 いかにも中国を連想させる建物やオブジェの写真に続いて、中華街の中にある店の紹介が掲載されている。本格的な中華料理店から、テイクアウトできる軽食やスナックまで幅広く、その規模は俺の想像を超えていた。


「肉まん、小籠包、餃子、青椒肉絲、酢豚、炒飯……神戸牛のステーキとかコロッケもあるんですね。あと、かき氷とか、パンダモチーフのカフェもある」


 目についたメニューを読み上げていく俺と、それに合わせて恍惚の声を漏らす南羽さん。途中から少しおもしろくなって、『肉汁がすごい』とか『湯気が立ってる』とか、見た目の感想をアドリブで付け加えていたら、ついに南羽さんが《真北くん》と真面目な声を出した。

《そんなの、食べなきゃダメに決まってるよね。あーあ、我慢できなくなってきたなぁ。真北くんのせいだからね。罰として一緒に行ってもらいます》

 俺が口を挟む隙を与えず、早口でそう言ってのける。


「南羽さん、なんだかんだ理由をつけて行きたいだけですよね」

《あは。バレた?》

「分かりやすすぎです」


 えへへ、と照れたように笑って、《でも、真面目(マジ)な話》、と南羽さんが言い直す。


《行こうよ、真北くん。試験終わったら夏休みだし、さ。真北くんも行ったことないでしょ?》


 誘いを断る理由など、どこにもなかった。


「別にいいですけど」

《やった! いつ行く?》


 ぱぁっと、表情、もとい声を明るくして聞いてくる南羽さんに、俺は聞き返す。


「試験終わるのいつですか?」


 試験期間は1~2週間ほどあるが、取っている講義も違えばその試験方法も様々で、講義によってはレポート提出で済むものもあるし、人によって終わるタイミングはマチマチなのだった。


《木曜の4限かな。真北くんは?》

「俺は火曜で終わりです」


 火曜4限の英語が最後で、それ以外はレポートか、その前の週にひととおり終わる予定だった。俺は少し考えてから提案する。


「金曜はどうですか。平日だから、土日より人は少なそうですし」


 南羽さんが、いいね! と喰い気味に賛同する。


《決まりだね! どのお店行くか調べなくちゃ》


 はねるような南羽さんの声に、俺は心の中で謝りつつも現実を突きつける。


「南羽さん、その前に、試験です」

《……ふぁい》


 南羽さんの返事はか細いものだったが、口元に笑みがこぼれているような声だった。


 次の日からも、毎晩2時間程度通話しながら一緒に勉強する日々が続いた。

 7月下旬の火曜日。俺はすべてのレポート提出と最後の試験を終え、無事に大学1年生の前期を終えた。高校の終業式のような式典も、『今日から夏休みです!』と誰かが宣言するようなこともないかわりに、周りの学生の顔が晴れやかなことや、学内から徐々に人が少なくなっていくことが、夏休みの到来を感じさせる。

 木曜日は、カラリとした晴天だった。部屋の掃除や溜まった家事を片付け、スーパーで買い物中の俺のスマホがひかえめにふるえたのは、ちょうど4限が終わる頃だった。

 新着メッセージを開くと、キラキラした絵柄とともに大喜びするパンダのスタンプが送られてきていた。それ以外にメッセージはないが、彼女の言いたいことははっきりと伝わってくる。


《おつかれさまでした。明日楽しみにしてますね》


 南羽さんにそうメッセージを送り、俺は会計のレジへと足を運んだ。


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