雨の日にはラーメンを(5)
「真面目と言えばさ」
傘の下から見上げるようにして南羽さんが言う。
「真北くんって、ずっと敬語だよね。誰にでもそうなの?」
「やっぱり、おかしいですか」
「おかしくはないよ、全然。なんていうか、真北くんに似合ってる感じするし。でも、何か理由があるのかなって」
これに関しては、一応理由があった。
「敬語の方が楽だからです」
「楽?」
言葉の意味を図りかねる、というように南羽さんが首をかしげる。
「えーと、地元にいるときと同じ感じで話すと、語尾とかイントネーションとか、こっちの人には分かりにくかったりするみたいで」
京都で家を探しているときや、電車に乗るのに駅員に話しかけたりしたときに、聞き返されることや単語自体が通じないことがよくあったのだ。それは授業などで他の学生と話しているときも同じだった。関西圏出身者の多い中で、東北訛りに馴染みがあるはずがないので無理もないが。
相手を混乱させないようにと思って話し方を意識するうちに、なるべく標準語と敬語を使う、というのに落ち着いたわけだ。
南羽さんが興味深そうにうなずく。
「なるほどねぇ。私なんかは、結構関西寄りの方言だったりするから、むしろ話題のひとつになりやすいけど、そうじゃないこともあるんだね」
「まぁ、俺のじーちゃん世代と比べれば全然マシですけどね」
試しに適当な日常会話――天気の話とか今日の出来事とか――を訛り全開で話してみたら、南羽さんは異国語に初めて触れた人のような顔をして、やっとのことで声を絞り出した。
「フランス語より・・・・・・難しいかも・・・・・・っ!」
どうやら南羽さんは、選択の第2外国語をフランス語にしたらしかった。
このまま雨が止んでくれればよかったのだが、その期待に反して雨脚が少し強まってきた。ぱらぱらと傘にあたる音が大きくなる。
傘を持っていた手を右から左に変える。ずっと出していた右手をポケットに突っ込むと、寒さでこわばっていたのがゆっくりほどけていく。
ひんやりした風が、横向きの雨を連れてきた。俺ひとりなら平気だが、南羽さんが一緒にいる以上、このまま歩くのはやめておいたほうがいいだろう。一旦どこかで雨宿りを、とあたりを見回した俺の耳に、南羽さんの声が届く。
「真北くん」
やけに真剣な顔をした南羽さんが、じっと前方を見つめていた。つられるように、俺も南羽さんの視線の先を追う。
そこには、ガラス窓から明るい光のあふれる店があって、軒下には大きく『ラーメン』と書かれた紅い提灯がさがっていた。彼女の言わんとすることを察して、店を見たまま問いかける。
「雨宿りついでに、食べていきますか」
南羽さんが瞳を輝かせて俺を見上げるのと、彼女のおなかが鳴るのはほぼ同時だった。




