雨の日にはラーメンを(3)
「はぁ。朝も歩いて来ましたし」
「真北くん・・・・・・意外と根性あるね。実は体育会系?」
「いえ、まったく」
的外れな質問に、思わず苦笑が漏れる。大学へ通うために自転車に乗っている以外、運動らしい運動はしていない。
「雨には慣れてますし、家からそんなに遠くもないですし」
感心したようにうなずいて、「そういえば」と南羽さんが口を開く。
「真北くんってどこらへんに住んでるの?」
「二条西洞院町・・・・・・というところです」
言い慣れない地名を口にするのは、いまだに少し変な感じがする。大学を卒業するころには馴染んでいるのだろうか。
京都に住み始めてからというもの、細い通りが十数メートルおきにあって、そのひとつひとつにナントカ通りという名前があるということにまず驚いた。
二条通りと西洞院通りが交わるところにあるから、二条西洞院町。東西南北に走る通り同士の名をくっつけるとなんとなくの場所がわかる、と知った時は合理的だなと思ったが、まず通りの名前を覚えなければいけないので、便利かどうかは少し疑問が残る。
「わぁ、なんかかっこいい名前だね。京都っぽいっていうか」
なにごとも褒めるスタイルなのは、本当に南羽さんのいいところだ。
「南羽さんは、どのあたりなんですか」
「私は、丸田町通りを上がった小川通り沿いだよ」
聞いてみたはいいものの、まったくピンと来ない。
丸田町・・・・・・はよく聞く気がするが、小川通りは初耳だ。近くに川でもあるのだろうか。だとすれば風情があるというかなんというか、南羽さんに倣って言うなら、京都っぽい。ところで、『あがる』って何だ?
「どこですか、それ」
「真北くん、カタコトになってるよ」
南羽さんがおかしそうに笑う。わかんないよねと言いながらスマホを取り出して、ここだよと地図アプリを見せてくれた。東西に伸びる、他より少し大きめの通りが丸田町通りだそうで、その少し北側に、彼女の住むアパートはあるらしい。京都では、北に行くことを『上る』、南にいくことを『下る』と言うそうだ。友達に教えられたとのことだが、もう使いこなしているとは、さすが南羽さんだ。
「小川通り・・・・・・あ、西洞院通りの一本隣なんですね」
「あ、ほんとだ。じゃあ、二条と西洞院ってことは・・・・・・このへん?」
南羽さんのきれいな指先が、スマホの画面を指し示している。俺の傘と南羽さんの傘の端同士が軽くぶつかる。
「あたりです」
アプリに表示された地図によると、俺のアパートは南羽さんのところから見て南東側にあるらしかった。南羽さんは再びスマホを手元で操作し、現在地を確認すると言った。
「ここからだと・・・・・・真北くん家の方がちょっと近いんだね」
よし、と気合いを入れるようにつぶやいて、南羽さんがスマホをポケットにしまった。そのままくるりとバス停に背を向けるようにして歩き出す。
「ん、南羽さん、バスは?」
「今日はやっぱ乗るのやめた。たまには歩くのもいいかなって。それに」
俺の問いかけに、南羽さんが立ち止まって振り返る。
「ひとりは危ないから、家まで送ってくよ、真北くん」
妙に芝居がかった口調の南羽さんが、ビッと親指を立てて、力強くウィンクした。
・・・・・・それは多分、俺のセリフだ。絵面的に。




