雨の日にはラーメンを(2)
「南羽さん、今びっくりさせようとしてましたか」
「えぇ、なんのこと? 私は真北くんの姿が見えたから、声かけに来ただけなんだけど」
「自分で言ってましたよね、ドッキリ大失敗って」
俺の言葉に南羽さんはわざとらしくワハハ、と笑う。ごまかせたと思ったのか、上げていた両手をスッと下ろして、何事もなかったかのように微笑む。
「いやぁ、でも、真北くんに声かけようと思ったのはほんとだよ」
彼女も、雨脚が弱まるのを待っていたらしい。バスに乗って帰ろうと最寄りのバス停に向かった彼女が見たのは、生気のない顔をした乗客がひしめきあうバスと、それに乗ろうとする人々が作る長い長い行列だったそうだ。
「あれじゃ、いつ乗れるかわかったもんじゃなかったね」
京都はおそろしいところだよ、と南羽さんは深く納得した様子で語った。しばらく時間をつぶし、少しは人の波もマシになっただろうと思って図書館を出ようとしていたら――読書に没頭している俺を見つけたのだそうだ。
「真北くんも、そろそろ出る感じ?」
「そうですね」
言いながら、俺は窓の外に目をやる。やはり、先程より雨の勢いは弱まっているようだった。傘は必要そうではあるが、ひどく濡れるようなことはなさそうだ。今を逃すとまた雨雲が流れてくるだろうし、だんだん外も暗くなって、いよいよ帰宅が大変になる。
俺は机に広げていた教科書の類をぱたぱたと閉じる。
「俺も、帰ります」
「そっか。じゃあ途中まで一緒に帰ろ」
くるくるとその場で器用に傘を回しながら、南羽さんが言った。
図書館を出て、中央広場に沿って道を歩く。
俺は透明なビニール傘、南羽さんは透き通った水色の傘を差していた。広げるまでわからなかったが、傘の中心部分と言うのだろうか、アーチのてっぺんになにやら白色で丸い模様が描かれている。しばらくしてから、もしかしてクラゲを模したイラストなのではないかと気づいた。南羽さんにそのことを尋ねると、「せいかーい! かわいいでしょ」と言って彼女は笑った。かわいいかどうかは分からなかったが、「きれいですね」と答えると、彼女は満足げにうなずいた。
「でもねぇ、この傘差してるとちょっとぴりぴりする気がするんだよねぇ」
「ぴりぴり?」
「知らない? クラゲって毒があって、刺されるとずっとしびれて痛いの」
山間育ちの俺には、当然ながらそんな経験はない。クラゲに毒がある、というのは知っていたが、有名な赤クラゲだけではなくて、白クラゲ――ミズクラゲのことを南羽さんの地元ではそう呼んでいるらしい――にも、微弱ながら毒があるそうだ。
つまり、クラゲを模した傘の中にいることで、クラゲに刺されたような気分になる、ということらしい。俺は「なるほど」とまるで気の利かない反応しかできなかった。海育ちの人間なら笑うところなのだろうか。
ちなみに、クラゲ本体が死んでもその毒は失われないそうで、「浜に打ち上げられたクラゲにも触っちゃダメだからね!」と南羽さんは力説していた。いつか海に行くようなことがあったら活きるであろう知識がひとつ増えた。
そんなことを話していたら、大学の敷地を出てすぐの大通りへ行き当たった。南羽さんは右に進行方向を変えると、そのまま歩き出す。その先にあるバス停が視界に入り、彼女がバスで帰ると言っていたことを思い出す。
「あの、それじゃ、俺はここで」
彼女の背中に向かって声をかけると、南羽さんは驚いたような顔をして振り向いた。
「え、真北くん、もしかして歩いて帰るの?」
南羽さんが、未知の生物でも発見したかのような目で俺を見ていた。




