雨の日にはラーメンを(1)
その日は、朝から雨が降っていた。
1限目から4限目までの講義の間、教室の窓からも学食のガラス扉からも、そこに広がっているのは雨の日の風景だった。全体的に灰色がかった色味に、行き交う人の差す傘の色だけが彩りを添えていた。
講義終了を告げるチャイムが鳴り、静寂に包まれていた教室が、肩の力が抜けたような、ざわざわとした雰囲気に変わっていく。後ろの席の見知らぬ女学生同士が、帰り支度をしながら窓の外を見て話している。
「まだ雨降ってるー。バス混んでるよね、やだなぁ」
「せっかく服乾いてきたのに、また濡れちゃう。髪もうねるし」
梅雨なんてはやく終わればいいのに。ふてくされた子供のように言って、彼女たちは教室を出て行った。
たしかに、その通りだと思う。濡れるし、出かける用事はキャンセルになりがち、洗濯物は干せないし、普通に寒いし、ジメジメするし。今思いつくだけでもこんなにあるのだから、男の俺には思い至らないようなことも、女の子たちにはたくさんあるのだろう、と思う。
でも。
梅雨も案外悪くないですよ。誰に言うでもなく、心の中でつぶやいてみる。
俺は、雨の日も結構好きなのだ。
傘に雨粒が当たる音も、雨上がりに見えるくっきりした景色も、ひゅっと冷たく流れる風も、『焦らずゆっくりしていきなよ』と言っているようで、俺の心を落ち着けてくれる。実家にいた頃、木漏れ日を感じながらの昼寝も好きだったが、日によって違う雨音の中でまどろむのも、同じぐらい好きだった。
机上の荷物を鞄へしまいながら顔を上げると、ぱらぱらと何人か教室に残っている人が見えた。帰るのを諦めたのか、教科書やノートパソコンを広げてなにやら作業をしているようだ。
今日はこの講義が最終だ。それに、今日は金曜日。帰宅して予定があるわけでもないし、少しぐらい遅くなっても明日に支障は出ない。
雨が止むまで、俺もしばらく校内で時間をつぶすことにした。
図書館へ行こう。あそこなら勉強だけでなく、飽きたら気分転換に本を見てまわることができる。
教室棟から図書館まで続く渡り廊下に出ると、雨独特のにおいと、サアァと降り注ぐ音が強くなった。やさしい音だから、きっと今日の雨は細くてやわらかいのだろう。
俺と同じ考えの人で混雑しているかなと思ったが、図書館は思ったよりも空いていた。受付カウンターにいる女性は暇を持て余しているようで、座ったままで館内をぐるりと見回したり、窓の外を眺めたりしてばかりいる。
外の様子がすぐにわかるよう、窓際に向かってカウンターのように設置された席に腰を下ろす。鞄から適当にテキストを取り出して、目に留まったページを開いては眺め、ときどき窓の外に目をやる——俺はそんなことを繰り返していた。
どれぐらい時間が経ったのか、雨の音がほとんど聞こえなくなっているのに気がついた。顔を上げた窓の外、ぱっと見では雨が止んでいるように見えたが、空は相変わらず、密度の高い綿飴のように白く濁っていた。
俺はもう少し窓に顔を近づけて外を見ようと、机に手をついて立ち上がった。
その拍子に、俺に押されるようにして動いた椅子が、やわらかい何かに当たる。
なんだ?
疑問に思ったのと、「きゃっ」と小さな悲鳴が聞こえたのは同時だった。
声のした方を振り返ると、体の前で両方の手のひらをこちらに向けている南羽さんが、立っていた。
「……あは。ドッキリ大失敗~……ってね」
口元に曖昧な笑みを浮かべて、いたずらが見つかった子供のような、ばつの悪そうな顔をする。
どうやら彼女は、後ろから俺に近づいて驚かそうとしていたらしい。




