キミと食べるクッキー(4)
俺はそんなことを考えていた。たぶん、無表情で。
黙りこくってしまった俺を見て、失言だったとでも思ったのか、
「えっと、悪い意味じゃなくて・・・・・・」
と焦ったように南羽さんがこちらに体を向ける。彼女にそんなつもりがないことは分かっていた。むしろ悪いことをしたな、という弁解の意もこめて、俺は口を開く。
「俺、田舎から出てきたって言いましたよね」
俺の言葉に南羽さんは背筋を伸ばし、「うん」とうなずいた。
「中学までは同級生が8人しかいないようなとこで。みんな友達って感じでした。実際仲は良かったんですけど、仲良くしないとやってけない、みたいな」
南羽さんが、聞こえるか聞こえないかぐらいの声で相づちを打つ。俺の話を真剣に聞いている雰囲気が伝わってくる。
「高校入ってそれまでの価値観みたいなのが変わって。いろんなヤツがいて、仲良かったりそうじゃなかったり、人間関係ってそういうもんか、って思いました」
40人の同級生がいる教室に、初めて足を踏み入れた日のことを思い出す。学校生活、同級生、何もかもがそれまでの環境とガラリと変わってしまった。同じ地元から進学した子とはクラスが離れたこともあって、その環境にはやく馴染まなければと無意識に気負っていた。
うまく周りに迎合できていたとは思うが、関係性が広がるほど、どうしたって埋まらない溝や越えられない壁がある、ということも同時に知った。変えられないものを変えようと躍起になるよりも、結局自然体でいることがいちばんだということを、3年の間に身をもって感じたのだった。俺の顔に張り付いていたわざとらしい笑顔はいつのまにか消え、無理に相手に合わせた行動をとることもなくなった。だが、むしろそれからの方が友人らしい友人はできたように思う。
「だから今は、一緒にいて楽な友達ができればラッキーだな、ぐらいの気持ちでいるのかもしれません」
俺はつとめて明るくそう言った。向かいの校舎の窓に反射した光が少しまぶしかった。
南羽さんは「そっか」とだけ言って前を向き直り、そのまま黙った。
何を考えているのかわからなかったが、口元をきゅっと結んで遠くのほうを見つめている。
そんな彼女に、付け加えるように言う。
「まぁ、表情がかたいとはよく言われるので、人が寄ってこないのはそれが原因かもしれません」
俺なりのユーモアのつもりだった。
南羽さんはゆっくりこちらを向いて俺と視線を合わせると、
「それは、あるかも」
ふふっと遠慮がちに笑った。そのまま両手の人差し指を自分の口元に当て、にっこりと笑顔を作ってみせる。真北くんも、と言われるがまま、俺も口角のあたりに力を入れた。
「・・・・・・んふふっ」
数秒、俺の顔を見つめていた南羽さんが、肩をすくめて小さく吹き出した。
そうだとは思ったが、ひどく不自然な笑顔になっていたらしい。笑顔というより、かゆさを我慢しているような顔だったそうで、南羽さんは心底おかしそうに肩を震わせている。
ついに声を上げて笑い出した南羽さんに、さすがに俺は反論する。
「ちょっと笑いすぎじゃないですか」
「ごめん、ごめん。なんか、嬉しくて」
「うれしい?」
「うん、なんかね。真北くんといると楽しいなって。それに、真北くんって実はおもしろくて、それにすごく優しいってこと、多分まだ私しか知らないんだろうなって思ったら、嬉しくて」
口元に手を当てて俺を見上げた南羽さんは、いつもの無垢な笑顔に戻っていた。
「あ、クッキーもっと食べる?」
そう言って箱が差し出される。俺は、表面に絵の描かれたクッキーを手に取った。ざらっとした砂糖で、まわりをふちどるような模様が描かれている。
――いつかの英語の講義で、先生が言っていた。
《icing――アイシング、お菓子作りをする人ならピンと来るかもしれませんが、砂糖でできたトッピングのことです。『icing on the cake』とは、直訳すると『ケーキの上のアイシング』、つまり、そのまま食べてもおいしいケーキをさらに完璧にする、そこから転じて、『さらなる喜び、嬉しさ』といった意味を表す慣用句になりました――》
田舎から出てきて初めての一人暮らしと大学生活、そこでできた初めての友達。その友達と琵琶湖博物館に出掛けて、昼食やクッキーを一緒に食べて。その上その友達は、俺といることが楽しいと言って、喜んでくれている。
それはまさに――
「icing on the cake ・・・・・・」
つぶやいた俺の言葉に、南羽さんが反応する。
「アイス……ケーキ? これクッキーだよ?」
不思議そうに俺を覗き込む瞳はあまりにもまっすぐで、それはまるで彼女の言葉を象徴する光のように思えた。
「なんでもないです」
俺はそう答えて、まだ明るい空を見上げる。
きれいな飛行機雲が、どこまでも一直線に伸びていくのが見えた。
to be continued...




