キミと食べるクッキー(2)
「おつかれさまです」
南羽さんがにこやかに挨拶する。
たしか、南羽さんと同じ学科の先輩で、『れとりっぷ』の新歓に誘ってくれた人だと、南羽さんが言っていた気がする。
あの日はこの先輩と直接話すタイミングがなく、遠目からの雰囲気しか分からなかったが、あのサークルを陰でまとめ上げている人なのだろうな、となんとなく感じていた。南羽さんも『頼りになるお姉さんみたいな人』と言っていたから、おそらく間違いないのだろうと思う。
「3限、空きコマ?」
「いえ、たまたま休講で」
「ふーん、何て授業?」
「『食文化概論』です」
「わー、なつかし! 佐伯先生だっけ? なんか、いろんな地域の伝統料理に詳しかった記憶がある」
両手をポンと叩く先輩の言葉に、南羽さんが「そうなんです」と相づちを打つ。
「休講のかわりに、京都の郷土料理のレポートを来週の授業で出さなきゃいけなくって」
「ありゃ、そうなんだ。大変だね」
なんとなく、俺はなるべく気配を消して、学科トークで盛り上がるふたりの会話を聞いていた。南羽さんのいる『人間食文化学科』は、1、2年生の間は座学が中心で、実習が増えるのは3年生あたりかららしい。
「先輩も、空き時間ですか?」
「そうそう。4限のゼミまで時間あるから、その間にサークルのこと、ちょっとやっとこかなって」
大学生らしい単語を口にしながら、ふと俺が視界に入ったらしく、先輩が「あれ」と小さく声を上げた。
「キミも、たしか新歓来てたよね」
「えぇ、まあ・・・・・・はい」
認知されていたのか、と少し驚いた。先輩は、俺と南羽さんの顔を交互に見比べたあとで、何かに納得した表情を浮かべると、面白いものを見たとでもいうようににんまり笑う。
「なるほどねぇ・・・・・・」
口元を緩ませながら意味ありげにうなずくと、「じゃあひなたちゃん、またね」と南羽さんに手を振った。去り際に、俺にだけ見える角度で小さくウィンクしたように見えたが、なんというか、勘違いも甚だしい。
南羽さんもつぶやきの意味を理解したのか、気の抜けたような笑顔で先輩の背中を見送っていた。俺と目が合うと、もとの明るい笑顔に戻る。
「じゃあ、わたしもそろそろ行くね」
南羽さんが静かに椅子を引いて立ち上がった。今から図書館へ行って、レポートに使えそうな資料を探すのだと言う。
「いい資料が見つかるといいですね」
「ありがとー。真北くんも英語がんばってね。あと、どこか行きたい所見つけたら、教えてね」
足取り軽く去っていく南羽さんを見送って、俺も英語のテキストに意識を戻した。今日の授業範囲は英語のイディオム特集だそうで、指定されたページには、一見簡単そうな単語のかたまりが並んでいた。
そのいちばん初めに目を通す。
『icing on the cake』
ケーキの上の・・・・・・。
・・・・・・『アイシング』って、なんだ?




