キミと食べるクッキー(1)
「やほー、真北くん」
学食で遅めの昼食をとっていると、声をかけられた。3限目の始まる13時の少し前、学生たちが移動した後の学食に残っている人は少なかった。
火曜日の3限目は、ちょうど空きコマになっている。いつも2限終わりから昼にかけて学食が混みだすので、火曜日はわざと昼食をとる時間帯をずらしているのだ。
「南羽さん」
俺は顔を上げて声の主に返事する。そこには、トレーを両手で持った南羽さんが立っていた。
南羽さんは俺の向かい側の席を目線で指し示し、「ここいい?」と聞いた。俺が「どうぞ」と答えると、持っていたトレーを置いて、背中のリュックを隣の椅子におろした。トレーの上にはメインの焼き魚と、煮物の入った小鉢、野菜のおひたしの小皿、その隣に湯気の立つ味噌汁が乗っている。ごはんは白米ではなく麦飯のようで、ほんのり茶色っぽい。全体的にバランスは良さそうだが、チョイスがなかなか渋い。
「いただきます」
南羽さんは丁寧に両手を顔の前で合わせると、箸に手を付けた。俺も食べるのを再開する。しばらく焼き魚を堪能していた南羽さんが、口を開く。
「こんな時間に珍しいね。次、空きコマなの?」
「はい。火曜の3限は空いてるので、いつもこの時間に食べてます」
「それは賢いね。お昼前の混雑ぶりは、この間の電車の比じゃないよ」
この間というのは、琵琶湖博物館に行ったときのことだ。彼女の言うとおり、昼時の学食は、乗客が乗り込み続ける電車のように、学生や職員でごった返す。
「南羽さんも、空きコマですか」
「ううん、今日はたまたま休講なの」
代わりに簡単なレポート課題が出ているのだと、彼女は言った。京都の郷土料理について自由に論じよ、という、彼女の所属する学科らしい課題だった。
「ところで、真北くん」
食器を返却カウンターへ戻し、南羽さんは再び俺の向かいの席に腰を下ろした。
「なんでしょう」
俺は手を止めて、広げていたテキストから顔を上げる。火曜日の4限目は必修の英語だった。
「どこか行きたい所、あった?」
南羽さんが小首を傾げて言った。彼女のトレードマークらしく、今日もゆるい三つ編みが肩の上で揺れている。
琵琶湖博物館へ行った日、別れ際に「またどこかに出掛けよう」と約束したのだった。次は真北くんの行きたい所ね、と彼女は笑っていた。
「今のところは、まだ。悩んでいます」俺は正直に言った。
あのあと、近隣の良さげなスポットを調べてみたが、住み始めたばかりで勝手がわからないのと、強く心惹かれるような場所がまだ見つかっていないのだった。
厳密には、興味を引かれる場所が無いでもなかった。俺の抱いていたイメージどおり、京都には寺がいたるところにあったし、意外と言ってはなんだが、絵画や現代芸術を展示する美術館も多かった。そういうところに行っても良かったが、果たして南羽さんが楽しんでくれるだろうか、というのが気がかりだった。
――南羽さんなら、どこへ行ってもそれなりに楽しみそうだが。琵琶湖博物館で、琵琶湖の中心に立って両手を広げていた彼女の姿が思い出される。
繁華街にでも行って、立ち並ぶショップを見てまわったほうが楽しいのではないかとも思うが、それはそれで、『一緒に出掛ける』とは少し趣旨が違うような気もする。
「いろいろありすぎて、逆に迷っちゃうよねぇ」
そう言って、南羽さんはうんうんとうなずく。参考に彼女の好みでも聞いておこうかと口を開きかけたとき、俺の後ろ側から女性の声がした。
「あれぇ、ひなたちゃん?」
南羽さんは目線をそちらへ向け、あ、とつぶやいて口角を上げる。声の主は、俺が振り返る前にテーブルのそばまでやってきて、「おつかれさまー」と手を振った。
旅行サークル『れとりっぷ』の新歓会場にいた先輩だった。




