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第6話 お世話係


 部屋の前につくと、ノアは扉を押え先に私を通してくれた。


 (おぉ……レディーファースト……)


 頭を下げ部屋に入る。腕に抱えていた制服をソファの上に置き、スニーカーは床に置いた。


 「今日は、もうゆっくり休んでね。部屋にある物は好きに使って大丈夫だから」

 「わかりました…!」

 「じゃあ、僕はこれで失礼するね。また、明日ね。」

 「また、あし───」


 " 明日 "と言いかけた時、ノック音が聞こえてきた。もう誰も部屋を尋ねてくる人は居ないと思い、驚いてしまった。肩がビクッと跳ねる。私の代わりに、ノアが返事をしてくれた。

 「失礼致します」と言いながら、入って来たのは、一人のメイドさんだった。彼女を見たノアは「エレナさんでしたか」と彼女の名前を呼んだ。


 (うっわ。美人……)


 彼女の美貌に女の私でも思わず見惚れてしまう程だ。見つめているのにも関わらず、それに動じずに私の方へと近付いてくる。二、三歩離れた所で止まると頭を下げられる。慌てて、私も頭を下げた。


 「お風呂はお済みになられたようですね。宜しければソファに置かれている服をお預かり致します。明日の朝には、戻しておきますので」


 突然の申し出に困惑してしまった。気替えは、この制服しかない。明日も同じブラウスを着るのは抵抗がある。

 

 「いいんですか…?」

 「勿論です」


 言った途端、即答されてしまった。制服を手に取り、彼女に手渡すと「お預かり致します」と言われた。

 メイドさん、エレナがノアに視線を向けると、何か察したのか「また、明日ね。ヨミちゃん」と言いながら、手を振りながら、部屋から出て行った。

 メイドさんと二人っきりになると、部屋に沈黙が流れる。


 (なっなんだなんだ…!!何が起こるってんだ!!)


 内心キョドりまくっていると、彼女の口が開かれた。


 「お召し物のサイズは大丈夫でしたでしょうか?」

 「……えっ?あっ、はい!大丈夫です!ピッタリです!」


 思いがけない質問に慌てて答える。サイズの事を聞かれるとは思っていなかった。…もしかしたら、ルームウェアと……下着は彼女が用意した物なのだろうか。気になって口を開く。


 「もしかして…用意してくれたのって…」

 「私です」


 同性の彼女に用意された事を知り、ホッと胸を撫で下ろした。


 「ありがとうございました…!」

 「いえ」


 お礼を伝えると、柔らかい笑みを向けてきた。


 (くっ、クソ!美人で笑った顔が、可愛いは反則だろーー!)


 叫びたい衝動を何とか抑え込んでいると、彼女の口が開いた。


 「申し遅れました。私、エレナと申します。困った事がありましたら、私にお申し付け下さい。私はヨミ様のお世話係なので」


 最後の一言を聞いた瞬間、私の体が固まってしまった。


 (今……なんと……?お世話係……?)


 お世話係の話なんて聞いていない。今、初めて知った。恐る恐る口を開き、聞いてみる。


 「お、お世話係……?」

 「はい。ここにヨミ様が居る間、私がヨミ様のお世話を致します」


 聞き間違いではなかった。私にお世話係がつくなんて思いもしていなかった。


 「えっと…その…」


 お世話係の存在に困惑してしまい、なんと言えばいいのかわからなかった。確かにお世話係さんが居てくれたら、助かる事ばかりだろう。ノアに頼むのは気が引ける。


 「どうかなさいましたか?」

 

 困惑している場合では無い。何も言わずにいたら、彼女を困らせてしまうだけだ。


 「よ、よろしくお願いします…」


 強ばった声で伝えると、彼女は優しい笑みを浮かべてくれた。


 「遠慮せずに何でも、お申し付け下さいね」


 彼女が私に対する扱いに、背中がムズムズしてしまう。ただの小娘の私が、こんな丁寧な扱いを受けるなんて。


 「あの…もし大丈夫だったらなんですけど…」

 「はい。何でしょうか」

 「普通に喋ってくれると…助かるかな〜って……」

 「普通にですか…?」


 小さく頷くと、沈黙が訪れた。気を悪くしたか、困らせてしまったか、わからない。何と言われるか不安で、目を伏せた。


 「本当に宜しいのですか…?」

 「よっ、よろしいです!!」


 今度は大きく頷いた。期待の眼差しで、エレナの事を見つめる。


 「……承知致しました」


 一言だけ。私が思っていたのと違ったのだ。


 (…………あれ……?)


 困惑していると、「私……」とエレナの声が聞こえ、首を傾げた途端 ────⋯


 「ヨミ様のお世話係になれて光栄です!幸せです!」


 と、大きな声で言いながら、私の両手を握ってきたのだ。

 

 「……え?あっ、え?」


 彼女の豹変っぷりに驚いた。驚いている私を他所に言葉を続けていく、エレナ。


 「ヨミ様を一目見て…私……胸を射止められてしまったんです!どんな方が召喚されるかと、内心ワクワクしていたんです!召喚されたら、こんなに可愛らしい方が現れたんですもの!メイド長に頼み込んで、お世話係の役目を勝ち取りました! 不安で堪らないのにも関わらず、泣き言を一切言わずにいらっしゃるヨミ様……!なんと……愛らしいお方なんでしょう!!全てが私のストライクゾーンなんです!!」


 熱烈な告白を受け、呆気に取られる。" 胸を射止められた" "ストライクゾーン "なんて、産まれて初めて言われた。この言葉をどう受け止めればいいのかわからない。


 (どっ、どうするべき!?…どう返すのが正解なの!?)


 言葉を失っている私に、ようやく気が付いたのか手を勢いよく離し、「やだ!!私ったら……!」と恥ずかしそうに両手を頬にあてている。


 (…………何……その仕草……。あんたが一番愛らしいよ!!)


 心の中で叫んでしまう。


 (…何で、私になのかわかんないけど……嬉しすぎるんですが…)


 嫌な気はしなかった。こんな美人に言われたら、誰でも嬉しくて喜ぶだろう。


 「あ、ありがとうございます…。めちゃくちゃ恥ずかしいけど…」


 照れ隠しで頬を指でかきながら言うと、彼女は目を輝かせ始めた。


 「恥ずかしがっている姿も、可愛らしいなんて…!引かれていなくて安心しました!」

 「いやいや。こんな美人に言われたら引くどころか、嬉しすぎて感謝もんですがね!」


 ここに来て初めて素が出た。出てしまった。思っていた事が口から零れた。


 (あっ、やば。思ってる事、そのまま出た…!)


 素が出た事に言ってから気が付いた。

 エレナは、一瞬、きょとんとした顔をさせた次の瞬間───…目をまた輝かせた。


 「そんな風に思ってくださったなんて……!それに……美人だなんて……!嬉しすぎます!」

 「本当の事を言っただけなんで!」


 即答すると、エレナさんの頬が赤くなっていく。


 「本当の事だなんて…!幸せすぎて死んじゃいそうです……!!」

 「そ、そんな大袈裟な……」

 「大袈裟ではありません!ヨミ様に言われたんですもの!!」


 自信満々に言い切られしまった。


 「あっ、ありがとうございます…」


 なんと返せばいいのかわからず、お礼を言ってしまう。すると、エレナは嬉しそうに微笑んだのだ。


 「ヨミ様がここで安心して過ごせる様に精一杯頑張りますね!」

 「よろしくお願いします…エレナさん」

 「私に敬称は不要です!気軽に" エレナ "とお呼びください!」


 勢いに押され、つい「わかりました」と答えてしまった。答えると何か期待に満ちた眼差しで私を見つめていた。


 (コレは……呼べと……?)


 彼女の期待に応えるように、私は口を開く事にした。


 「これから、よろしくお願いします……エレナ」


 名前を呼んだ瞬間、彼女は両手を胸の前でぎゅっと握り締めた。


 「はいっ!こちらこそ、よろしくお願いしますね!ヨミ様!!」


 目を輝かせながら勢いよく言われ、その迫力を見て、思わず「おぉ…」と声が出てしまう。


 (喜び方が全力だ……)


 私の声に気が付いた彼女は「はっ!」と我に返った様子だった。


 「す、すみません!取り乱してしまい……」

 「全然全然…」


 エレナは深呼吸をし、落ち着きを取り戻していく。


 すると、先程までの柔らかい表情とは違い、真剣な表情をさせ口を開いた。


 (切り替えすごっ)


 切り替えの早さに心の中で拍手をしてしまう。


 「明日の朝ですが、起床は何時でも大丈夫ですので。起きられた際は、ナイトテーブルの上に置かれているハンドベルで私の事をお呼び下さい。」


 手を向けられた方を見ると、ナイトテーブルには銀色のハンドベルが置かられていた。あんな小さなベルの音が聞こえるのか疑問に思ったが、彼女が言うのだから聞こえるのだろう。

 

 「あの…本当に何時に起きてもいいんですか?」

 「はい。ヨミ様のご都合に合わせます。出入口とは別に後方に扉がございますが、そちらは、御手洗となっております。洗面スペースもあります。別々に仕切られておりますので」

 「おぉ……」


 丁寧に説明してくれたおかげで、部屋の構造がわかってきた。


 「それでは、本日はごゆっくりお休み下さい」


 微笑まれ、私もつられて微笑んだ。


 「また、明日。エレナ」


 名前を呼ぶと、表情が明るくなった。


 「はい!おやすみなさいませ!ヨミ様!」


 一礼し、彼女は部屋から出て行った。エレナが出ていくと部屋には静けさが訪れた。


 「はぁ……」


 ため息をつきながらベッドに近寄り倒れ込んだ。足を揺らし、ミュールを脱いだ。やっと一人で落ち着けつける状況になり、先程エレナに言われた言葉を思い出した。


 (泣き言を一切言わないか…)


 泣き言を言う暇さえ無かった。正直な話、異世界召喚よりイケメンと出会えた事の方が衝撃が強すぎたのだ。


 (あーー…思い出しても最高…)


 レオとノアの事を思い出していると、口元が緩んいくのが分かる。


 (やばいやばい…落ち着け、落ち着くんだ…)


 枕に顔を埋めながら、彼等の事を思い出すのをやめると次第に体の力が抜けていき、瞼が重くなっていく。

 そのまま私は深い眠りに落ちていった。

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