人を想う心よ、巡り巡って幸と成れ
人の金で食う飯は美味いって言うが、今回は直前のいざこざに脳をやられていた反動で、ほとんど栄養補給にしてしまった。
腹が満たされた、以上の感想は…無いわけないが。それよりもうちょっと大事なことがある。
「改めまして…送物屋で配達員を務めています、
ジョン=トースポという者です。もう一つ改めて、
先ほどはありがとうございました」
名前だけで構わなかったのに、感謝まで再度伝えてくれた律儀なジョンさん。
…本当は、店まで連れてってくれた道中で色々と言ってたんだが、それを聞き逃していたと正直に暴露した。すると『全然何度でも言いますよ!』、なんて親切を働いてくれるのだ。
あったけぇ…
「清風の誰か、どこかに届けたいものがあれば
送物屋を頼ってください!
必ず!24時間以内に届けます!」
「お〜」
テリトリー限定で物のやり取りが便利に済ませられる、的なサービスか。
運び屋稼業をこの地域に絞って展開して儲かるってんなら、プライムが言ってた貿易大国というのも納得がいく話。
「…僕以外の、この帽子を被った人に、
およそ20〜35ゴールド程度、
満額150ゴールドで依頼できます」
ゴールドなんだ、じゃなくて。
そうか、だってジョンさんはやらかして命を狙われてる身だもんな…
「はは…」
憂いを帯びて悔しげに逸れるあの目を、心のどこにも引っかからなかったなんて嘘はつけない。
なにより。
純粋に、この人が気に入った。
「あとは─何かありましたっけ」
「この国で一番安い宿、一泊いくらすか?」
「え、一番安いなら25ゴールド…ですが、
最低品質は80ぐらいからかな…いや70?」
命を助けた礼は飯で返してもらい、俺たちの空腹という生命の危機を救ってもらったわけだ。
たまたま偶然できたコネ、最大限活用せにゃもったいないとは思わんかね?
「プライム、このあと予定あるか?」
「僕?僕はずっと君についていくよ。
強いて言うなら、僕の予定はセーブが作って」
ちょっと顔が引き攣り、すぐ直す。
こいつまさかあれだけの力があって俺に人生の舵取りブン投げようとしてねぇか???
自意識過剰だよ、その考えは。ウス…
「ジョンさん!」「はい!」
「失くした美術品、俺らも探しますよ」
「えっ!いやいやいや!いいんです、
今もどこにあるのやら、もしかしたら
悪党の手に渡っている可能性だって─」
「でもあなたの命と人生が懸かってる。
俺らだって、ジョンさんを頼りたいんすよ」
「…?」
俺はこの人がどんな人か知らないし、言われた通り探して見つけようなんて無茶があるのも分かってるつもりだ。
ただ…知り合って、飯を奢ってくれて、わざわざ細かいところまで気を配ってくれる人間のことを、『あぁあの人今頃死んだんだろうな』なんて思い切れる心の強さを持ち合わせてねぇんだ、俺は。
「等価交換をしましょうよ、ジョンさん。
あなたの失くし物と宿代50ゴールド、
お互い命を救けるってことでね?」
「な─安すぎますって」
「そんなことないです、なぁプライム?」
なんかいい感じに同意しろ…!
「─君にも生活があるだろう?
善意で身を切っても、場合によっては
より相手を傷付けることにもなるよ」
それ色んな意味でブーメラン!!!
「だったらなおさ「勘違いしないでね」ら…?」
「僕たちが君に手を差し伸べているんだ。
君は、ただ手を掴むだけでいい」
お前…そんな俺様系な声出せるのか…?
平行線の気配を感じ始めていたが、ジョンさんがどうこうとまだ迷ってる今なら強引にでも行ける!気がする!
「ぶっちゃけた話、俺ら暇なんですよ!
小遣い稼ぎとしか思ってないし、
もう頼るってより、使っ………」
───視線が、話していた人間の方を自然と追っていたから。雑にこねくり回した押し売り文句をぶつけようとジョンさんの顔を見て、それで気付いた。
「あれ」
口を噤んで、面食らってしまう。
「あ、ちがう…とまらな、っ」
やっぱ俺は、この人のことを知らない。
だから憶測で語っちまうし、勝手に分かったつもりになるけど。
皮膚を切りつければ血が出る、でも直して塞いでしまえば、血は止まる。
「やだな、いや、なんでもな…
すぐ元に、もとに、もどるので」
この人はきっと…
血が止まったそばから、皮膚を休めることもなく傷付き続けてきたんじゃないか?
「俺たちに任せてください」
手を伸ばす。
比喩じゃなく、椅子から立ち上がり、カッコつけて膝までついて、ジョンさんのそばに、何も分かっちゃいない俺なんかの手を。
………抑えようと、塞ごうとする手を無理やり掴もうかとも考えたけど。
選んでほしかった。
「───セーブ、さん」
止めどなく溢れるものは、もう蓋をしてまで取り繕おうとしなくていいんだ。
それこそ…風に、流してしまえ。
ブチ撒けてどこかへ飛ばせばいい。
「っ…う…っぐっ…はじめて、の、
おお゛仕事だっだんです…小さい、箱…
ちゃんともってれば………!こんな…」
一個体の限界。
横槍ばかりの世界。
ただただ向き合ったなら、そこまででいい。
「僕は!!ぼくは!ぼく…でも…」
こんな時にかける言葉の正解は知らん。
だから、自分の気持ちに嘘がないと目で訴える。
そこまででもいいように、俺たちがするから。
その、蓋をしようとする手を、寄越せ。
「─────────………………」
テーブルでは一瞬の沈黙が佇んでいた。
当然、街の喧騒が俺らのためだけに鳴り止んでくれたわけじゃない。
ただ俺は、この沈黙に絶対を誓う。
選び、手を取ったジョンさんのためだけに。
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「まーーーーーーーーーーーーーーーーー
あんなこと言った手前アレなんですけどね」
「うん?」
「この街は賑やかでねぇ、暑くも寒くもなく
散歩するにゃ理想の環境ですよね」
「そうだね」
「いやね?カッコつけたよ?
プライムに便乗して調子に乗りました、
柄にもなく任せてくださいとか言いました」
「言ったね、ちゃんと聞いてた」
「うんうん、その後さぁ………………
とりあえず歩き出したのは失敗だったねぇ」
「そう?」
「まずジョンさんにプライムを同行させて
護衛やらせるべきだったしな」
「君と彼なら君の方が無力だよ?
守る必要という点で言えば君が最優先だ」
「ク…そうじゃなくても3人で動けば
失くし物が見つかる可能性大だったし」
「それはそうだね。まぁ、今から戻ろうにも
あの店まで戻る道のりは覚えてないけれど」
「マジテキトーに歩いたよな」
「散歩する人もいないような裏通りに入って
5分は歩きっぱなしかな」
「おーーーん」
「………空を「飛ばねぇよォ!」」
「変な目のつけられ方したらどうすんだ、
『きゃーあの人カッコいい!お茶しましょ!』
とかで引っ張られて離ればなれになるだろ!」
「それはちょっとよく分からない」
「男のためなら空を飛んでみせる女だって
存在しても不思議じゃねーぞ」
「…いないよ、たぶん」
「楽しみにしとけよ…お前の顔面なら
この世の面食い全員引き寄せられるからな」
「ふふ、本当に少しだけ楽しみかも」
「脱線した、こんなところに木箱…
美術品が転がってたりすんのかよ」
「肯定否定どちらの根拠もないね」
「プライムがいるから勇み足だけど、
転がってるなら死体の方が違和感ないぞ
何この絶妙な恐怖を煽る通りは?」
「なら前を歩こうか」
「いーやプライム、ここは森じゃねぇ
俺を守るなら背中を守ってくれな?」
「あぁ…」
「………………繰り返してない?」
「あれ、わざとじゃなかったんだ」
「は!!!!!や!!!!!く!!!!!
気付いてたなら早く言えやァ!!!!!!
回ってた???ちょ歩いてないとこ行こう」
「なら右、右、左で新しい道だよ」
「ジョンさんはこんなクソ入り組んだ道を
近道とかで使ったの??分からないわ、
ほどほど探索したら抜け出そうこの迷路」
「…」
「でも絶対見つけたい…やっぱ全部潰して
次は聞き込み調査に切り替えるぞ」
「了解」
「あー右右やったから、んで左か───
え」
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「え」
何が出るかも分からない、何が出てもおかしくない、暗さと不透明さが程よくブレンドされた街の迷路。
闇討ちも呪殺も、やるならここが大人気スポット間違いなしなんだろう…薄々そう思っていたからこそ、異物を見つけた瞬間下がる心の準備はできていた。
「セーブ?」
「箱じゃねぇ…なんかあった」
少し押し出す形で戻ってしまったのは後で謝るとして。曲がり角の何歩か先で、濃い紫色の…ボール、ほど完璧じゃない球状の…
「頭…か?」
人間の、頭ぁ…??
みたいなの、が転がっていた。
「プライム、あれ危険物か?」
前後を交代、プライムに覗かせる。
………やけに長くかけるな?
「…危険は無いね」
「あ、良かったぁ〜…」
あのプライム鑑定士お墨付きなら無問題、水を得た魚のように物体Xへ近寄っていく。
そうやって距離を縮めるごとに───
「うわ…うぅわ…マジ?」
異物に内包される、底知れぬ気配を全身に感じる。
見えない一本線を跨いで、自分が自分でいられなくなってしまうテリトリーに踏み込んでしまった…そう錯覚させるほどに、末恐ろしい禍々しさを発する、呼吸しない頭蓋。
「怪事件勃発か…?血痕とかないけども…
失くした小箱とは関係ないよな」
ポケットに手を突っ込みながらしゃがみ込む。
(そういえば)返してもらっていた小瓶で手のひらをチクチクさせて正気を保ちつつ、原型が全然想像つかない頭を眺める。
ほとんど黒と言っていい紫色、当然ながら生命の気配は欠片も感じられやしない。
眼球も頭髪も欠けてて、首から下は千切れたのか腐ったのか判別できないけど、決して綺麗な断面ではなかった。
…何より不気味なのは。
このザマで、骨だけじゃないってのが…
「なーんの頭なんだ、人っちゃ人そうだけど」
「遥か太古の英雄」「??」
「『力の戦乙女』と歴史に刻まれた伝説─
その遺骸の一部が、それだ」
後ろから、まるで写真でも眺めながら昔話をするように語ったプライム。
俺は相変わらずこいつのことを何も知らねぇけど、今の様子はあまりに意外で、想像もしなかった神妙な面持ちをしていた。
英雄。
力の戦乙女。
仰々しい字面だな、てかなんで─
「へぇ…何で分か………」
「どうかした?」
淀んだ空気で肺が汚れ、気付かぬうちから前後不覚に陥っていないのなら。
同伴するマジシャンから不可視のまだ見ぬトリックを食らってもないなら。
この違和感は仕組まれたものじゃない。
「うごっ、動いてね?」
確かに何か、震えている。
あの、頭が───────
───────じゃなくて。
「薬が、なんだこれ」
正気チェッカーおもちゃたる役割をこなしていた手中にある小瓶様の様子がおかしい。
モノホンの怪奇現象がたったいま手中で起きている…?なぜなにどうして?
「震えて止まらねぇぞこいつ、
アイテムにも意思はあるんだぞってこと?」
「………」
うん、シンプルに謎。
いわくつきと判明しつつある初期アイテムを見つめても、ただ震えてるだけだ。
死の気配を感じ取ったら『俺がいるぞ!』だとか主張しだす回復薬??
ユニークもユニークすぎる。
…ゲームならセーブでm『セーブされました』ッッッッッッびっっっっっっ!?!?
「わ、セーブ?」
「ん、いや、なんなんでもない、うん」
ざらついた感触を両手でタッチ、ショックのショックでショック状態とはならずに済んだァ!ケツも綺麗なままだろう。
自分の身体に異世界らしい特別感がなさすぎて忘れてた、本当ふざけるのも大概にしろ朝から晩までインターホン連打してボタンと耳と精神状態ブチ壊すぞまっっったくよォ!?
ふー危なかった………
全身くまなく穴一つ無い健康体のままだ…
穴一つ無い?
「手は大丈夫?」
歴史は必然のみで築かれはしない。
「大丈夫、っちゃ大丈夫だけど」
大舞台でこそ歴史が紡がれるのではなく、
歴史に刻まれる出来事こそがそこを大舞台にする。
「持ってた薬をふっとばしちまって…
どこに転がった?」
ここは街の影、壁に囲まれた閉鎖空間。
小さな想定外が、一つの偶然を呼ぶ。
「転がったのかな?
物がぶつかる音は聞かなかったけれど」
立ち上がって前を後ろをと目をやって、だがプライムの言った通りなのか、地面のどこにも例のブツは無さそう…
と。
失くすのも一瞬なら、探すのも一瞬だった。
「「───────?」」
薬の中身がなんかやらかした音か?
頭蓋がついに俺たちを脅かす音か?
コトリ、乾いた物音がした。
俺たちが意識と耳を傾けた先にあったのは、石畳を転がるあの頭蓋。
この瞬間を支配できるパーツなら、消え失せた薬か物言わぬ頭蓋のどちらか。どうとも説明しがたい奇妙な音は、何が起きた音だ?
「なんだ?」
そして、後に知る。
偶然が絡み合って生まれた、未来永劫をも支配しうる伝説の、産声だったと。
「下がって」「っ?」
不意に寄せられたプライムの腕。死の牙へ晒された記憶に新しい生存本能が真っ先に従い、引きずられる力への抵抗は一切しなかった。
危険はないと言っていたあのプライムにここまでさせるなんて何が起きるってんだ─
ようやく理性が危機感と警戒を覚え、形だけでも身構えた直後。
光る。
「え…!!?」
急展開に追い付かない頭を置き去って、時は止まらず。深く毒々しい紫で染まるはずの頭蓋から発せられ、加速度的に強くなる光が狭い路地裏を俺たちごと照らした。
「まぶしっ!」
「ッ!」
あまりに強い光で、もう目を開けていられない。
こんなことしてるとジョンさんが………
いやあのアイテム落とした直後………
爆発とかされたらまたプライムが………
混濁していく思考。視覚を始め、だんだん五感が変化の中にて歪んでいく。
「おい、何が起きて…!」
俺の身体に怪我がないこと以外、全てにおいてなんの保証も確証も説明もありはしない状況。
そんな有耶無耶。
こんなあやふや。
あんな無茶苦茶…
だが所詮は閃光に過ぎなかったのか─
変化が、一旦の収束を迎える。
「…光が…?おいプライム、無事か?」
閉じた瞼の向こうからでも眼球を焼き殺す勢いだった明滅はもうない。
人体に害ある攻撃ではなかったみたいだ…互いに五体満足で立ってることを、まだぼやけた視界でプライムの姿を捉えて───
さらに奥。
さらに姿。
さらに、立っていた。
幽霊?化物?幻影?怪異?
自らの安全を疑った次は、正気を疑う番だ。
俺よりもプライムよりもまた数10cmはでかい、タッパに図体に豪腕に剛脚を拵えた圧巻の肉体。無から出てきた存在にしちゃ、指先の爪ひとつ取っても平均寿命ぶんのパワーがこもってそうな生命力を、これだけ離れたところからでもビンビンと感じずにはいられない。
視線を少し上げれば、余すことなく溢れる暴力的生命力完備にも関わらず麗しい美形と短い黒髪。プライムが画家の最高傑作なら、あれは彫刻家の本気が込められた女性像とでも言えよう。
あの肉体を前にした質量全てが、例外なく紙ペラか豆腐程度の軟さとしかならないんじゃないか?俺にはそう思えてどうしようもない。持ち合わせた手指、骨、精神、全部全部アレに比べたらビルの前に転がるボールペンくらい細いと言っても過言とは思わない。
明らかに格上。
どう考えても只者じゃない。
そんだけの奴が、なんでここに、今?
「一瞬待ってくれないかい?」
…!!!
な…待て、って…?
空気だけじゃなく地面までも揺らせそうな、俺の芯を確かに捉えた少し高い声。
それより…待ってくれ、なんて聞くのか?
いとも容易く俺たちを抑え込めるだろう力を持っていて(予想に過ぎないが)、強硬手段に及ばないだけの良識はあるって…ことか…?
俺は従った訳じゃなく、疑心暗鬼で動けず。
プライムは様子見なのか、動かない。
突然現れたそいつは───深く息をした。
「…」
一度の深呼吸じゃない。
お世辞にも澄んでいるとは言えない空気を吸って吐いて、また、吸っては吐き、生命活動を繰り返すだけだ。
………………噛み締めている?
誰だって当たり前にやっていることなのに、俺には一連の所作が重く、見えてしまう。
吸って。
吐いて。
吸って。吐いて。吸って、吐いて。
吸って………
「─ふぅ…待たせたね」
たった一言が、止めていた時を動かした。
「さて、何から始めようか?」
おまけ それどころじゃないけど
「「「………」」」
「(…今更だけど全裸じゃねぇか!?
え!?クッソ全裸ですけど!!?
隠すとこ隠さないの??恥じらいは???)」
「(…そういえば、元通りになったのは
彼女そのものだけ…装備は無理だったか)」
「(…あの子、ずいぶん目が泳ぐね?
上下に忙しなく行ったり来たり…
あぁ、あたしいま素っ裸なのか)」
「「「………」」」
「(いやそれどころじゃないか!!)」
「(まぁそれどころじゃないね)」
「(でもそれどころじゃないしねぇ)」




