風吹く街は、今日も波乱運ぶばかり
空中飛行から降りた位置が門から遠く、街の中が見回せるところまでは歩いたので、休憩がてら街の営みを吟味する。
奔放極めたマジシャン、プライムと見る壁門真下からの景色は新鮮で目が眩むものだった。
石造りの壁が立ち並び、まばらに開いた隙間からは人の姿を垣間見ることができる。
少し視線を下ろせば多種多様、ただスーツや学生服なんかを見つけるのは一切叶わなくて、胸の奥がどうしようもなく締まって。
ひとりだという変えられない現実─それすら持っていってくれそうな風が、この街にはよく吹いている気がする。
人気の無い森で目覚めた俺にとって、ここの活気は、正直、すごく心地良かった。
「すげぇ」
感嘆の声を漏らしたって、街の喧騒にかき消されていくことにすらまた感嘆しそうだ。
いや…テーマパークに来たみたいだぜ…
「テンション上がるなー、そうだろ?」
「てんしょん?」「はい聞き流す」
良い意味で異世界転移を感じる!!
こっちはこっちでワクワクする方の不安でウッキウキになっちまうなついな!?
何も知らない街で探検気分になれる自分に驚いてるところもあるが、目覚めた直後とギャップがありすぎて面白そうが勝ってんだ!
「おっ馬車走ってら!!?金持ちっぽ〜!
こんな街並みなんだっけ中世風?西洋風?
ワァあれ冒険者??あ違ぇ傭兵だっけ」
東西南北全方向ファンタジー、どこに目を向けても異世界たっぷり。
人間慣れが怖いとは言うものの常時非常事態なら一生慣れるなんてできるわけがない。俺の見慣れた街並みは、ビルや住宅街なのだから。
「セーブ、次は何をする?」
「焦るなよプライム、俺は無一文だし
金稼ぎの手段を足で探すしかないんだから
景色を楽しむのだって重要なアレだろぉ!」
「…ふふ、そうだね」
なんだこいつ笑いやがって。
お前笑うな!俺は誰も共感できなそうな境遇の中で、毎秒異世界で過酷な体験してんだよ!お前は毎秒この世界で不安な思いして、勇気出してんのか?出してねぇなら笑うな!
「実は僕もお金が無くてね」「え」
「どうしようか、セーブ?」
…ダブル無一文、ですか…
ほんでそれをもうちょっと深刻そうな顔で言ってくれないと、危機感が湧いてこないが?
「…1個言っとくけどな、プライム」
「うん」
「俺はお前のこと何でもできる奴だと思ってっから
できないことはできないってちゃんと言えよ」
過信は禁物。
もっと大前提として、プライムは俺に力を貸す義理とか一切無いのを忘れたらダメだ。
んっ今の水髪めっちゃ美人だな…見失った。
「───分かったよ」
「ん?…まぁ、そろそろ足を動かしますか」
さっきまでの道中で振り回されまくった足もそれなりには持ち直してきたところだしな、と最後に辺りを一瞥見回して───
「あ?」
建物の合間、あまり光も差し込んでいないところへ吸い込まれていく集団が目に付く。
パッと見で4人くらい…1人はガタイのいいスキンヘッドに、肩を組まれている………
「プライム、お前殴り合い得意か?」
「殴り合い?できなくはないけど」
「…あそこの暗がりに行くぞ」
あまりにもなろう系アニメで見慣れ過ぎたシチュエーションで、脳の回転率が凄まじいことになっていた。つうか俺、今のところ運だけで生き残ってないか?
かなり早めの、でも焦らない歩きを2人で石畳へ刻んでいく。
「簡単に説明するぞ?1、俺が煽る、
2、プライムが相手する、3、恩を売る」
「??」「流れでなんとかするぞ」
ふと思い出していたのは、死の恐怖。
あの瞬間を思えば、自分から飛び込む方が少しは心臓も落ち着く気がしたんだ。
これはチャンス…やればできるぞ、俺…
─暗がりの入り口に辿り着いた俺たちは、奥から聞こえる声へ耳を傾ける。
内容は、というと。
「───の稼ぎを何十年貯めたって
取り返しが付かねぇんだぞ、ああ??」
「ごめっごめんなさっ」「謝ったら
失くした物が返ってくんのかよぉ!!」
っ………怒号に混じる鈍い音が、俺の腹まで蹴られてるみたいに聞こえてくる。ダメだ様子見してたらあの人死ぬな…!
「プライム」「ああ」
力に物を言わせるやり方は腐るほど擦られたテンプレそのもの。何も考えずとも勝てる作戦ってのは、圧倒的パワーがあって初めて成立する。
単純な力のぶつけ合いは、単純に力の強い方が勝つんだってのをあいつらに教えてやろう。
プライムが。
「おいおいおいお前らァ!!」
「あぁ…?」「っ…??」
よく鍛えられた筋肉持ち三人組も、苦しそうにうなだれた人も俺らの方を向いて怪訝な顔をする。
まずは俺のパフォーマンスからだ…!
「通りすがりに何か聞こえたと思ったら
寄ってたかってひでぇことしてんな!」
「誰だお前ら?こいつの関係者かよ」
「別にその人は知らんよ?分かるのはな、
お前らが力と数に物言わすしか脳の無い
弱い奴らだってくらいだな!!」
奴らの敵意が、明確にこちらを捉えたのを力の入りまくった表情から察した。
よしっ、俺は口が上手い!
「弱い…?俺らはDランクの傭兵資格を
持った実力者だ、それでも弱いってか!!」
「はぁDランク?力だけで認められて
頭も心も強くなったと勘違いしてんだろ!
人格のランクは子供にも負けてるよお前ら!」
「…お前、そいつ見とけ」
口車に乗ったスキンヘッドが仲間の男へ短く命じると、2人が俺らという光の差し込む方へおびき寄せられてくる。
異世界テンプレ第1フェーズはクリア、あとは流れでどうとでもなる、はず、だ。
てかDランクって何だ、ここ英語通じねぇのに…
「あと頼む」「了解」
ともかく、選手交代。
俺と入れ替わりプライムが前になり、構図は青年対巨漢2人の人数不利アウェー戦。
「ほぉ…小綺麗な顔してるな」
「俺らが歪ますにはもったいねぇ…」
ザ・自信満々の目でプライムを見下ろす奴らは、めちゃくちゃキモい表情もぶら下げる。
一切負けると思ってないのだろうマインドだけは見習いたいところか?
「ありがとう。先手はそっちでいいよ」
「あ゛??」「んだと??」
「頭も心も伴わない力の強さを、
ぜひとも味わっておきたいんだ」
ヒューッ!煽るねぇっ─
「死ね!」
───スキンヘッドの男が、プライムへ入れた一撃は、顔面を左から吹き飛ばそうとする、勢いの乗った打撃だった。
確実に入っている。
疑いようのないクリティカル、受けたプライムの両腕は自然体でぶら下がったまま。
この場に居合わせた全員、殴り合いの火蓋を切った一発を目の当たりにし。
信じられないものを、見る。
「…いい一撃だ。次が、全力かな?」
鎮まる様子など微塵も無かったデッドヒートが、魔法のように終わっていた。
後ろから見てるだけの俺ですら、あの理想にも思える一発が虚無に消えたと分かるレベルで、プライムにダメージは見えない。
「お、お、お前」「ふざっけんな…!」
「ッ!!プライム!」
もう1人が背中の剣に手をかける、と同時にプライムから制止する手を向けられる…!?
「後悔しろぉー!!!」
抜かれた両刃の剣から顔を背けることも、避ける素振りも見せない直立不動のプライムを、もう1人の巨漢が一心不乱に、斬り下ろす。
ザシュ、なんてお決まりの音が。
本当に、絶対に、全員聞こえていた。
「…剣の手入れは欠かしちゃいけないね。
それとも、依頼を終えたばかりだった?」
スキンヘッドの男も、剣を手にした男も、2人の後ろで見守っていた男も、殴られて壁にもたれる人も、剣に付いた血を確かに見ている俺も。
揃いも揃って同じような顔をして。
暗がりに不似合いな白い青年に、支配された。
「奥の君は?どちらかと交代すればいい。
まだ僕は君たちの全てを知らない。
まだ僕の顔は歪んでいない。
まだ僕には分かっていないよ?
力が、名声が、理由があれば、
人をいたぶっていい道理がまだ分からない。
さぁ攻撃を。殴る?切る?
そういえば2人とも超術を使わないけど、
得意を分けた三人組なのかな?
もしもそうなら興味深いなぁ、
憶測なのに勝手に想像が膨らんでしまう。
あぁ、傷は塞がっても痛いものは痛いから
ちゃんと君たちの攻撃は効いている。
………もしかして、譲ってくれるのかな?
何もしないなら次は僕が示す番になるね?
セーブ、どこまでやっていい?」
「あっ………」「セーブ?」
「…おいお前ら、悪いことは言わねぇから…
その人は逃がしてどっか行け」
プライムの肩にぽんと手を置いて、顔面蒼白の3人組へ呼びかける。
そいつらは声にならない声でやり取りを交わしながら俺たちを避けて大通りへ逃げた。
いや、どう言っていたか分からなかっただけだ。
俺は、よく聞き取れなかった声のことを、拾い上げられる気力が残っていない、のを、あいつらのせいにしかけた。
血の跡、血だまり、赤が目を刺す。
『あぁ、傷は塞がっても痛いものは痛いから』
あれは
『傷は塞がっても痛いものは痛いから』
受けた傷の証明
『痛いものは痛いから』
顔を殴られていた
体を切られていた
血を流していた
『痛いものは痛い』
吐き気がした
俺は 俺に 吐き気がした
『痛い』
最悪だ
人に痛みを強いたなんて
『理由があれば』
『人をいたぶっていい道理が』
『分からない』
最低だ 最悪だ 最低だ 最低だ
俺のやったことって プライムに
「あの〜っ…!」
「あっ」「ん?」
「お礼を、させてください」
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何も考えられてなかった。
囲まれてた人は、優しくて朗らかな男で、身軽そうな服に身を包む配達員みたいな人らしい。淡く短い赤髪を帽子の中にしまってて、あとは───服に皺がついていて。
何を考えていたのかといえば。
ちぐはぐな感情と思考から捻り出した言葉は、何だったか覚えてない。けど、あの暗がりから連れられた先の店で、美味そうな飯と飲み物を奢ってもらえた。
何で考えなかったんだってばかり。
テラス席のテーブルには3人分の食事。
囲まれてた人、プライムが、俺を見て。
「大丈夫ですか?」
「………大丈夫です」
「えっと…?」「セーブ、大丈夫?」
「…お前こそ、痛かったんだろ」
「別に治らないものでもなかったし、
セーブが心配することは、何もないよ?」
…笑う、のかよ。
お前が一番、笑えないくせに。
「あのな…この人には悪いけど、「え」
俺は今、自己嫌悪で死にてぇんだよ」「え!?」
「自己嫌悪…?なんで?」
「口だけ出して、やばいことはプライムに
全部任せて俺は何もしてねぇ、って…
もっとお前のことを考えて動くべきだった」
何の力も持っていない、ということを俺はもっと大きく捉えなければいけなかった。
守れないのは、自身だけじゃなく、他者もだ。
「セーブ─」
「セーブ、さん!」「…?」
名前、なんだったか…赤髪の人は、なんとも言えない顔で俺を呼び、そして続ける。
「僕は、あのとき死を覚悟してました」
「え…?そんな切羽詰まってた、んですか」
そういや、どんな事情があってああなってたのか全く知らないまま首を突っ込んでいた。稼ぎがどうこう、とは言ってたか?
「いやぁ数兆単位の価値がある美術品を
街のどっかに失くしちゃってですね…」
「は?」
「本当なら僕の首ひとつで済む話じゃなく、
でも前金というか落とし前というか、それで
密かに命を狙われていたんです」
ちょちょちょ待て待て待て。
その穏やかなトーンで語れる問題じゃねぇよな?
国家犯罪みたいな被害額出てるぞ?
「あなたのおかげで、命を拾いました!
ありがとうございますっ、セーブさん!」
「…礼はこの白いやつに言ってください」
「あなたにも言いたいんです、
声が聞こえた時は本当に本当に…救われた」
救った?
そんな実感は、無いけど…
「だから何もしてないことありません!
さぁさ、冷めちゃう前に食べましょう?」
「あ、ああ」
結局どっちつかずな頭の中を、俺はまた諦めて放ってしまった。フォークに手をかけても、湯気立つ熱そうな肉へ刺そうとはできず。
でも食べないのもアレだし…付け合わせっぽい野菜を、とりあえず口に投げ込んだ。
「───気付いた?」
「へ?」
「この人と囲む食事はね、君がいなかったら
見れることのなかった景色なんだよ」
…まぁ、言い出しっぺは、俺だった。
浅い考えで、飛び出して、プライムを矢面へ立たせて、結果そのものは、良かった、んだろう。
もしこれが何の成果も得られなかったら、プライムは斬られ損でしかねぇし。
不思議なからくりで死なないとしても、お前はあの瞬間、確かに、痛いって言ったじゃねぇか…
「君は僕にこの景色を示してみせた。
僕にはない君だけの取り柄が、今を作った」
取り柄、か。
「…じゃお前こそ、お前だけの取り柄で
俺のやりたいことを手伝ってくれて、ありがとな」
名前に風が入ってるからか、この街に吹く風は人によく何かをもたらしていそうだ。
今、たまたま風がプライムの髪を揺らして、それが、妙なワンシーンを作り出す。
妙って言って、説明するのが難しいから妙だと切り捨てたいだけ。
幼稚な言葉でも、高尚な単語の組み合わせでも、俺にはあの顔を表現できる気がしない。
「どういたしまして」
…嬉しそうにしやがって。
落とした消しゴム拾ってもらった小学生かよ。
「いやぁっ、今日はいい日ですね〜!」
「え死にかけといてメンタル強すぎへん?」
「「めんたる?」」「心が!精神がね!」
異世界初日とは思えない濃厚な時間が、インパクト100%で脳にぶつけられまくって飯の味が薄く感じてしまう。
この美味い肉で、終わり良ければ全てよしと締められれば体力もギリ持ってくれそうか…
でも、まだ空は青を残す。
そして俺が思うに─
街の活気を煽る風が、何かやらかす気がする。
おまけ 服も切られてましたよね?
「そういやプライム、スープ…あぁ、
汁物で服汚れるのやばいよな」
「はっ!!すみませんでしたっ、
そこまで配慮が行き届かず…」
「いや?服はどうでもいいんだ。
汚れようが、直せるからね」
「えーーっ!!?」
「うわどうしました」
「治癒術の練度も驚愕しましたけどっ…
服をすぐ元通りにできる副結晶でも!!?
作りました!?まさか売ってました!?」
「(何語?)」
「ごめんね、内緒にしていいかな?」
「くぅーっ企業秘密ですか!
命の恩人ですもの、深追いしません!」
「…君の大切な服も直せるから、
どこかほつれたり壊れたら言ってね」
「あ───ありがてぇ…
ホント、お前と会えてよかった」
「やっぱっ…今日はいい日ですねぇ〜!」




