始まりの森、始まりの魔術師
『セーブされました』
うるっ…さ…
脳に響いたナレーションみたいな音声に、働いていなかった神経系をブン殴られる。
─もう一つ、遠慮なしと言わんばかりな勢いでボコしにやってきたのは、緑だった。
「うわ…」
ほんの少しだけ解像度を上げて表現するならば、見渡す限りの自然と立ち並んだ木々。
人工物を微塵も見つけられない、まさしく地球の恵みとやら真っ只中で息をしている俺が確かに…どうしても、存在していて。
「地球、か、も分かんねぇか…」
現実を見てるとは、思えない。
それでも───目覚めた事実は変わらない。
異世界転移…
空想上の概念に俺は、本当に、本当の本当に疑いようもなく巻き込まれてしまったようだ。
「ドコ、ココ?」
とにかく立ち上がってみても何も変わらず、あらゆる緑黄色を見ているだけの自分。
自分、自分…そうだ、俺はいったい何だ…
名前も住所も職業も言えやしない、思い出せないのっぺらぼうが現代日本にいる訳ないだろうが。現在地も分からなければ視点の主に詳細な情報もないなんて、素人が書いた初めての小説でもそんなポカやらかさないぞ?
………哲学の領域に飛び込みそうだ。
手に届く、目に見えるものの分析で気を紛らわせるくらいはできるか。
「森、青空、太陽、緑ぃ…白いパーカー、黒の長ズボン、前髪デコまで、スニーカー、指は長いか?身体に痛いとこ無し、暑くも寒くもない気温、ポケットは、あるな…スマホは、やっぱない─あ?」
まさぐると、異様に硬いものの感触が左手の指を冷たく刺激してきた。
手の平に包めるほど小さく、とりあえず外気に晒してみた小物体は、液体入りの瓶。
「…あっ、初期アイテムだったか?」
あンの小憎たらしいカスうんち天の声気取りウンチ野郎との会話を思い出し、大当たりっぽい雰囲気をそれとなく演出してたブツの正体はこれか?
ちっさ…
「MP回復ポーション的なやつか…
いや大当たりならラスト◯リクサー?」
俺そういうの腐らすタイプだろ、確信はないが直感がなんとなくそうだろうと言う。
───確信はないが、なんて。
自分自身に対する感想だとは思えねぇ。
「…」
辺りの静寂も、パッとしない出自も、あらゆる角度から突きつけてくる謎の波も、まるで全てが俺を縛ろうとするみたいで。
無性に、徐々に、募る苛立ち。
このまま“分からない”と向き合っていたら、どうにかなってしまいそうだ。
「俺はラジオのMCとかじゃねぇしな…
独り言で飯を食える立場にゃ、いない」
アテがあるはずもない。それでも。
異世界の謎に満ちた暗闇に一歩踏み出し、枯れ葉がしゃくりと鳴いた。
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森との境界スレスレに飛ばされた─とか、そんな幸運は無いらしく。たかが体感で3分程度だが、ずっと枯れ葉やら土やらに足跡を刻み続けていた。
あんだけクッキリ痕跡が残るってことはよ…と、淡い期待を眼差しに込めて下を眺めていても人の気配は感じられない。
超辺境にスポーンしてね?これ。
「あのカスほんカスむかつくわカス」
ヤバい奴の1人か1匹かいそうな雰囲気を漂わせる森だが、この状況でヤバい奴ってたぶん俺のことを指す気がする。
いや大丈夫、こちとら手ぶらのモブやぞ。
「できればヤバくない奴いねぇのか…?」
取り留めない止めどない不安。
というか、さっきから俺以外の温かみというか営みの気配というか、社会というか?の、存在をまったく感じられない。
そうだよ…さっきから独り言ばかり、受け止めも反発もされず、俺の中で完結してしまったまま何にもならないままだ。
森から抜け出すなりなんでもいい。
何か、なにか、変化を。
「あっ…??」
止まる。
『それ』は、目覚めた時の俺みたいに木へもたれかかって、眠るように空を見ていた。
それだけの『それ』は人の形をしていて。
だが、何にも染まらない白に身を包む。
異質、と表現するのは当然だろう。
ただ俺は、『それ』に何を感じたのか、曖昧でふんわりと、雲を掴んだみたいだった。
木の間を進み枯れ葉を踏みつけ不安から逃げて辿り着いた初めての結果を、結果として受け入れるには、『それ』は幻想的すぎる。
ここは緑で満ちた森の中。
俺は緑に、森に呑まれ、彷徨った人間。
そんな当たり前のことですら…
『それ』を見たら、疑ってしまったんだ。
疑うあまり、我を忘れ、ただ見ていた。
その視線がぶつかるとも思わずに。
「いい天気だ」
「っ───」
身体が勝手に、身を隠す。
「君は、晴れた空が好きかい?」
なんだ、こいつ。
…俺が来るって、いるって分かってたのか?
まるで魔法のような落ち着いた声、それがまた人間味を感じさせなくて…正直怖い。
だが、敵意も無さそうなのは明白だったから。
「………そういうの考えたことないけど、
まぁ、雨より晴れのほうが好き、だ」
木の影に隠れたまま声を上げ、とにもかくにも質問へ回答を寄越してやる。
コミュニケーションとしては赤点不可避なやり口この上ないが許せ。お前コワい。
「ふふっ、僕もそんなものさ」
「…こんなとこで寝るつもりだったのかよ」
「それも良いけれどね─」
会話のキャッチボールが成り立つ時点でかなりマトモな部類と判断していい…はず…
一旦目を閉じて深呼吸。
質問されんのを待つか?こんな森でばったり出会った奴にする質問で、不自然じゃない問いなんて思い付かねぇんだけど。
いやでも貴重なファーストコンタクトだ、この機を逃したらあとどんぐらい森の中でひとり歩かなきゃならなくなる?
…アツくなる思考回路を放熱すべく、目をあ─
「─もっと興味を惹かれることがある」
「ウワァァッ!!?!?っでぇ!!!」
逆さまの端正な顔、目が目の前。
ズキズキ痛む後頭部なんかどうでもよくなるほどの芸当に、心臓が跳ねた。
身体も跳ねた。目は回った。寿命減った。
「やっぱり、君は違うね?」
こいつヤバい。ヤバいって…!!!
身の危険だとかは感じないにしても、どう考えたって普通の奴じゃないって!
「おっおおお前マジシャンみてぇだな」
「まじしゃん───マジシャン」
「???」
「…君の名前を教えてくれ」
「なっまえ、すか」「ああ」
本ッ当に申し訳ないのだがそれを教えてほしいのは実のところ俺なんですよねぇ〜〜って話でもしますか??じゃないな、焦るないや焦るだろ常考もうここはバカ正直にいくしかないだろうがうおお怖いぞクソォ!!!
「俺、実は、本名忘れてんだ………」
「なら仮初の名前でもいい、
僕は君を呼びたい、知りたい」
「ゑゑ!?」
なんだこの野郎!!?
もうこの際なんでもいい名前名前名前─
「ひとまず、あー、セーブ!」
『セーブされました』、とうるさく鳴る。
「ッ、俺はセーブって呼んでくれ」
また『セーブされました』と。
焦燥に駆られた脳には鬱陶しいアナウンス。
が…そんなもの、どうでもよくなるほどに。
「セーブ。君は、セーブか。
僕の名前は、プライム」
「プライム…」
浮かぶ幻想は笑う。あどけなく。
この世界が全て分かっていると言わんばかりに、真白の青年は浮かんだ体を地に軽く置いた。
「君と出会えて嬉しいよ、セーブ」
「お、おう─」
一陣の風が葉を舞わせ、頬を打つ。
それが無かったら…俺はたぶん、あの純白へと、吸い込まれていたかもしれない。
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プライム。白髪で細身な好青年。
中性的な顔立ちをしている、夢にすらそうそう出てこなそうなイケメン。
風に靡くマントは肩や首を覆い、だからか儚げで整った顔立ちがより際立つ。いかにも魔法使いですよーと主張する見た目をしていても杖とかは持っていないし、微妙にしっくりこねぇチグハグさがあるような、ないような。
視線が俺よか少し高く、いざこうやってお互いに立ちながら顔を合わせると同じ人間とは思えないほど美形だと感心はするが…
「セーブ、君はこれからどうする?」
「あっ?あーこれから?」
声に引っ張られ、ついプライムの顔へ目を寄せて─またも逸らす。
なんか…中学生がネットサーフィン中にチラ見えしちゃったエロ広告へ抱く気持ちと同種の何かをあの顔から摂取しちゃうんだよな…
これギリ悪口か?
「そんな酷い顔かな?」
「ちがっ、人見知りじゃ人見知り!
初対面は距離感を掴みあぐねるモンなの」
「そっか」
口ぶりとは裏腹に楽しそうな感情を隠そうともしない眼前のパフォーマーは、いかにもまだまだ物足りなそうに見える。
何を欲してるかは、分かるはずもない…
「これからは街を目指すつもりだ。
…どっちにあるかすら分かんねぇけど」
自分でも考えておこうと思っていたことが、誰かに指摘されたりしたらやけにすんなり答えが出ていた。
街、もっと言うなら人の営みがあるところへ急遽向かうのが、俺のベストなはず。
「あぁ、だから…」「?」
「一番近い街はあっち、
おそらくセーブが来た道と反対の方だね」
え。
「街に近い辺りは新人傭兵がよく来るから
ほぼ安全地帯だけど、進みすぎると
危険な猛獣の住処へ寄ることになる」
「………………………」
───プライムのいた場所にぶつかるよう歩いていなかったら、猛獣のおやつだったらしい。
あっっっ………ぶねぇ〜〜〜………
そして、俺は聞き逃がせなかった。
「プライム、1個頼まれてほしい」
街に近い辺りは“ほぼ”安全地帯…それはつまるところ、市街地ほどの治安は完全に保証されてないと受け取れる。
話を聞けば聞くほど、得体の知れぬ森に潜んだ身の危険は無防備な俺を簡単に殺せるに違いない─
なら、無知無力の俺はどうするか。
「分かった」
それらしい仕込みも見せず宙に浮かんでみせた、この男ならきっと俺ひとりを守るくらい…
なんて?
「この薬と引き換え、ん?」
ポケットに手を入れた次の瞬間には、なんかちょっとよく分からない返事が聞こえた?気が…??
「ん…俺何も言ってない」
「街を目指すんだよね?
僕でよければ、君の案内役になろう」
あ、そう…?いいんすか…?
一周回って超怖いっすプライムさん…
「………じゃ、エスコートの報酬は先払いで」
素性も知らぬ相手と貸し借りは作りたくない。それに、こういうブツの使い方って大抵シロートより異世界人が熟知してるに違いない。
「はいこれ」
小瓶を握り、プライムの方へ歩み寄っていく。なんでこいつ服だけじゃなくて肌まで白いんだむっちゃ綺麗………じゃなくて。
半ば強引に手を取って、そっと渡す。
「元気になる薬だ、取っとけ」
「薬………これをどこで?」
「拾った」
「…街に着いたら返すね」
「え?いいって、それ今からお前のだよ、
プライムが好きに使ってくれ」
効果はあのゴミ塵芥クソゲームマスター気取りウンチ野郎が保証するはずだ。初期アイテムが毒物とかいうクソ仕様は聞いたことがない、そんなゲームあったら潰す。
「行こうぜプライム、こっちを真っ直ぐだろ?」
この世界を知らない俺にとって、一歩を踏み出した先にこいつがいたことは僥倖そのもの。アイテムや能力より、会話できる他者に出会えたことのほうが何十倍も嬉しかった。
ようやく始められる。
謎を解き明かそうとする一歩を、たった1人ではなく、誰かと踏み出せるなら。
「待って、一つだけいい?」
「んが…え?」
いまめっちゃ良いスタート切るとこ…
「えすこーと、ってどんな意味かな」
「あ───あ〜っ、それは、
先導してあげる的な意味の…言葉だ」
「ふぅん、えすこーと…なるほど。
完璧なエスコートを約束するよ、セーブ」
「おう─頼んだ」
…英語、通じねぇのか…
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2人分の歩みで、森中に不規則な音を響かせながら来た道を戻っていく。
最初こそ俺が強引に先陣を切ったがどう考えても逆の方がいいので、今はプライムの背中を追いかける形に落ち着き、やがて目覚めた場所へと俺達は辿り着いた。
「………」「セーブ?」
「まぁ冗談だと思ってほしいんだが、
さっきあの木んとこで目を覚ましたばっかでな」
…客観視してみりゃ、どう見たって俺という存在は異物でしかないだろう。
俺にとっての当たり前はこの世界にとって何を意味するか、この先慎重にならなきゃヤバい時も来るかもしれない。異文化コミュニケーションなんて危険に満ちた行為、できるなら一切やりたかないのが本音だが。
「僕は信じるよ」
「…マジ?」
「というのも、君に似た雰囲気を纏う
『異界の客人』を見たことがあるんだ」
「なっ、マジか!?」
それは、俺以外にもいるってことか!!
異世界転移に選ばれちまった被害者、俺と同じような人間が…!!?
「残念ながらその人はどこにいるか、
何をしてるかも分からないけどね」
「あぁそうか、でもいるんだな…」
ひとりじゃない。
たとえ眉唾ものの情報でも、何も分からないよりずっとずっとマシだった。いたかいなかったかですら、俺には知りようもない遥か遠い情報に違いなかったんだ。
「─もし君が、『異界の客人』を探すなら、
僕も連れていってほしいな」
「え?」
あまりに唐突で突飛な問いが、俺の意識を視線ごとプライムへ向けさせる。
そして、ぶつけられる、真剣な眼差し。
「君となら、見えなかったものが
たくさん見えるようになるって、思うんだ」
──────決断、できるか?
たった僅か、考えて、諦めてしまった。
「…それ、俺が頭下げて頼むやつだろ」
「そうかな?」
「今日の夜まで、答えは保留にする。
ちゃんと考えねぇと、お前に悪い気がしてさ」
ゲームで言うメタ読みをするに、プライムはもしかすると超重要人物かもしれない。
なんか白いし、簡単に浮いてみせるし、俺を煙たがらないどころか同行したがるほど興味を示すし、雰囲気がなんかもう特別ってかユニークで別格って感じあるし。
もしプライムが、どこでもバランスブレイカーみたいなことができるチーターなら、そんな実力者を異世界レベル1の俺に縛り付けるよりもっといい展開があるんじゃないのか?
………まぁ、理由は山ほど並べられる。
でも結局はプライムに言ったのが全てだ。
「話の続きは街でや─」
音。
不自然に割り込んだ、枯れ葉の鳴き声。
「「………」」
風はなく足は固まったまま、そして俺達の喉は一切として鳴らない。
「グルル………」
なら。この低く地を這う鳴き声は?
動く動く動く眼球の働き虚しく、俺は鳴いた。
「プラッ「■■■■」…いむ?」
ここは異世界であり、俺が元いた世界ではない。
人が宙を浮いたその時点で俺は理解するべきだった。普通は普通でなく、不可能は可能になっている摂理の違いを。
息が止まる。
「危なかったね」
まるで、眼前の猛獣と同じように。
「お、あっ、なんで」
「それはもう動かないから大丈夫」
記憶のどんな犬より凶暴で凶悪で恐ろしい犬の形をした獣が、宙に止まっていた。
止まっていたと気付けたのなんて、尻の痛みで俺の体が尻もちをついたと認識したからでしかなくて。まだ、俺の中の時間は止まっていた、止まって動けなかった。
鋭利な牙を広げ、捉えた獲物を逃さない執着深い眼差しはそれだけで俺を刺し殺せそうだ。黒い鼻に枯れ葉と似た体毛、この森に潜むなら手本にできそうなほど暗いフォルム。
全て、愚かな弱者を食い物にせんがため磨かれた狩人の武器。俺は、それを突きつけられ。
そして───生きて、いる。
「傷だらけ…あれが最後の一撃か、
どうりで力を感じない訳だ」
傷、だらけ?最後?
力を感じない、なんて本当に??
「ぷらいむ」
「?」
「………ありがとう」
なんとか絞り出したのは、命の恩人への感謝、だった。恐怖以外の感情が勝っていたなんて、とても自分じゃ信じられないが…
「どういたしまして。動ける?」
差し伸べられた手を握り、引っ張ってもらいながら足に力を込めると、意外と問題ない。
重症なのは心の方、ってか。
「動ける…か、微妙だけど」
言及したい点が一瞬にして押し寄せ、無事キャパを余裕でオーバーしちゃって脳がストライキ宣言。
もう歩きながら少しずつ消化するしかない、さっさと諦めてしまうしかなかった。
「歩けはするみてぇだわ…街に行こう、
ペース、じゃなくて急ぎ目でさっさとな」
嫌な気分は拭えない。
だからか、足取りは臆病にもスムーズで。
「■■■■■■」
「…プライム?」
もう後ろを振り返るのすら、億劫で。
小さく何か聞こえた気がしても、気のせいであってくれと思うだけ。
「ごめんね、早く進もう」
そうして俺達は再び、街へ向かう。
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歩くこと数分。
それなりの歩数を重ねて、やっとこさ頭の整理がついてきた気がする。
「もうあんなやべぇのいないよな??」
「いても、僕がどうにかするから」
もはや木という木をばったばったなぎ倒したいほど辺りの見晴らしは最悪なのだが、淀みなく歩を進めるプライムがもんのすんごい頼りになることなること。
神様仏様プライム様ァ…
「セーブ」
野蛮極まりない猛獣が跋扈する森でスタートなんて、あの理不尽クソヘラヘラうんこ野郎は実に公平性を欠いている。
どこも初めてはやさしくしないと次に繋がんねぇんだって知らないんだな??
「セーブ、いいかな」
「…んっ?あ、悪いどうした?」
それに比べて、プライムの厚意は凄まじい。
道案内どころか命の危機を救う、まるで主人公かとばかりの善人っぷりっていうか?
いやぁこれなら何事もなく街まで行ける!勝ったな風呂入ってくる─
「ここらに空を飛ぶ危険はいない。
怯えて歩くくらいなら、街まで飛ぼうか」
今コイツなんて?
一瞬だけ止めた足をおぼつかなく動かそうとはしたが、プライムはこっちを向いて静止。
後ろを歩くしかなかった俺も止まる。
「俺飛べないが」
「僕が君の手を、身体ごと引いていくよ」
…なんて?コイツ、今。
なんでもできるとなんでもやっていいはノットイコールなんだが?可能と許可だぞ?
空に浮かぶ…いくら異世界だろうがチートだろうが段階ってのがあるだろ段階!交際すっ飛ばしてプロポーズぐらい突然だろ!?
「………あの犬もう一匹追い払うのと
2人で浮かんで動くの、どっちが燃費悪い?」
「同じくらいだね」「おーん、ふーん?」
俺は、名前をポカンと忘れようとも、家族の顔を思い出せなくなろうとも、生命の危機に容易く動転するただの人間だ。
ただの人間はね?宙をワイヤー無しで浮かないし、野良犬を空中で止めないし、やること全てが地に足がついてないといけない…とまでは言わないけど。
けども…
「プライム、このまま行こう」
「どうして?」
「理由は空を浮かんだことがなくて怖いから」
トンチキな提案されたらこの森が急に親しみやすいテーマパークに見えてきたぜ〜!
んー!深い緑、涼しい風に乗る葉っぱ!読書感想文が上手い人間だったか知らんが、よーく見下ろすとどれも説明し足りないくらいすごく、すごく身近に感じるというか!
「ほらそろそろ街だろ?ほら行こうほら」
プライムの肩を掴み街へ押そうと足に力を込めて地を踏み────────────
「?」
地を、踏もうとした足が、スカる。
「そのまま、しっかり呼吸して」
俺の顔を見上げて、脳までふわふわしそうな物腰柔らかい声をかけるプライム。
おい…おい?おい??
「プライムさん?」
「ここはまだまだ森の深部…さっきと
同じことが起きても、不思議じゃない」
「プ、ライムさん?」
「変異種や魔獣でなければ空を飛ぶ種が
いる地域じゃないんだよ、このあたりはね」
「プライムさん??」
「肩より手を掴んだ方がいいかな」
「プライムさんッ」
こんな世界、絶対ロクでもないことばかりだ。
1日も終わらないうちに、心臓と寿命が何度も縮む体験させられるなんてやめてくれ─
「街の前まで、ちゃんと連れて行くね」
思考停止する直前の最後は、そんな嘆きだった。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
「ホギャァァァ!!!!!!!!!
地面遠い!!スピード出過ぎ!!!!
死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!!!!!」
「すぴーど…出過ぎ、ってことは、速度かな」
「プライムゥゥゥゥテメェ落としたら
化けて出てやるからなこのヤロォ!!!」
「手は離さないでね?」
「その綺麗な手粉砕骨折してやろうかってほど
あらん限りの力込めてんだけどね?!?!
お前こそ絶対絶対絶対絶対絶対ぃぃぃ!!」
「あははっ、絶対離さないよ」
「ンなんか今ニンゲン見えたかァ!???
ちょ助けてェ!!!怖いよぉーッ!!!!!」
「体力は取っておいた方がいい、
あと僕達の声は届かないよう細工してるから…」
「うおぉーーーーバカどもがァァァ!!!
上を見るんだよ上っうえェ通り過ぎた!!」
「なんにせよもうすぐか」
「ギニャーーーーーーーーーーーッ!!!」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
喉の痛みはよそに、噴き出す汗は無視で。
風より明確な意志を持った無邪気が、何分ぶりかの地べたへ俺を置いた瞬間、振り回されきった俺はぶっ倒れた。
「じめんだ」
「服が汚れてしまうよ?」
「………………すぐ起きるから待てや」
お前と違ってこの白パーカーは汚れたって構わない不屈の白なんだよ、知らねぇけど。
…死の恐怖でとぐろを巻いていた森は、もう遥か向こうにギリギリ見える距離。気持ちいいぐらい見晴らしのいい原っぱが背中にどっしり構えている、実にありがたい。
いやホント…足が地に着いてら…
「空は届かねぇから綺麗なんじゃねぇか?
だって俺あの空を見ても何も思わねぇよ今」
「?」「聞き流せ…」
異世界、正直ナメていた。
魔法もあれば猛獣も野放しで人を襲う、忘れた時間で培われていた常識が一切通じない。
持ち物は薬ひとつ、能力はセーブ『セーブされました』うるせぇよボケェ!!!音量下げらんねぇのかァ!!!!!!
「あ゛ーーーーー」
…てか薬はあげたんだよ。
正真正銘、能力いっこ外せばただの人間。
「プライム、手ェ貸してくれ」
人に物を頼んでるとは思えない横暴さで、揺蕩う白へ土のついた白を伸ばす。
何も言わないプライムは、何を躊躇う素振りも挙動も見せないで俺の手を掴む、から。
「───フンッッッ!!!!」
「っ…?」
あらん限りの握力を振り絞りながら、全体重をその華奢な手に引っ掛けて、俺はプライムを地面へ引っ張ろうとし…普通に起きた。
………体幹の鬼???
「ン…フンッ!!フン!!」
「セーブ?」
「なんかっ、生物としてのっ格差をっ、
ありありとっ見せつけられているっ」
ごく平然とされて、戸惑いを隠せない。
それでも、納得だって確かにあった。
…おそらく世界一の剣士に挑む井の中の蛙より圧倒的な力の差が、俺とプライムの間にはどうしようもなく存在するんだ。
「ハァッ…プライム」
今一度、その手を離す。
「…俺の力は、こんなもんだ。
犬一匹追い払えない、空は飛べない、
全力をぶつけたってお前には何も残らない」
見えている世界が違う。
俺には、プライムの見ている世界が分からない。
「何の取り柄も自分を守る力もねぇ、
はっきり言ってお前がいなきゃすぐ死ぬ。
そんな弱い奴と過ごす時間は、楽しいか?」
「ああ、楽しい」
…お前はその目に、何を映す?
迷いも憂いも悩みも無さそうに笑うお前の手は、風が吹けばどこかへいなくなってしまいそうなほどか細いくせに。
「取り柄がないと君は言ったけれど、
僕は弱いことと取り柄は別だと思うんだ」
「そりゃ…そうかもしれねぇけど」
鼓膜に流れ込んだ声は薄く甘く、力の無い俺という矮小な存在を、この広大な草原から切り取っていく。
「君に敵を追い払う術がなかろうと
空を飛べるだけの何かを持っていなくとも、
もう僕の心に、君は強く刻まれている」
そして、ぶつけられる、真剣な眼差し。
「君となら、見えなかったものが
たくさん見えるようになる───
そう思わずには、いられなくなったんだよ」
悠々と言い切って、プライムは身を翻す。
その向こうにそびえ立つ壁と、更に遠くで高々と空を指す塔を見て。
「夜まで考えるんだろう?
まだ迷うなら、急ぐことはない」
まだまだ、また見せてくれ…そんな、言外に滲む期待が伝わってくる。
がしかし俺という男がそんなドでかい器を携えているはずもなく。てかまだ異世界転移仲間探しするとも決めてねぇし。
「…あ待て、ありゃ適当言っただけなんだ、
街は見えたしもう解散でも「なら」」
「ならっ??」
「こういうことにしようか。
君の観光に付き合うよ、セーブ」
──────これは…
とんでもなくヤバい奴に目を付けられた、可能性が、非常に、高いな…??
「そういえば言ってなかったね───
あの街は、西の首都『清風』。
世界でも有数の貿易大国だ」
あっ待ってくださいよ!?この流れで出していい情報じゃないっすプライムさん!待って!
「おっおまマジで俺と行動すんの??」
「うん」
「迷惑かけるぞ!」「うん」「何も知らんぞ!」「うん」「まだ目標決めてないぞ!」「うん」「…あぁもう行こう!堂々巡りだ」「そうだね」
決断できるかどうか、世界は待たない。
そんなことは元いた世界でも同じだったはずなのに、いつの間にか勘違いしてたんだな…
どうにでもなれ…と諦めながら、プライムと肩を並べて歩き出していく。
紆余曲折ありながらも目指す先は、異世界の人々が暮らす大きな街だった。
おまけ 約束違いの違約金
「そういえば、これを返さなきゃ」
「返す?あぁ薬…なんで?」
「約束を守れなかったからね。
初めてとはいえ、ひどいエスコートをした」
「まぁひっでぇ先導ではあったけどなぁ…
ホントにいらねぇの?」
「僕にはこれの使い道が無いから。
上手く使うなら、君が持つのがいい」
「そう、じゃ受け取っとくわ」




