8居場所
教室の前。私はドアの前で、ぴたりと足を止めていた。
「……なんか、気まずいんだよな……」
つい口から漏れる独り言。
あんな大暴走をやらかして、また変な目で見られるかもとか、腫れ物扱いされるかもとか、そんなことを考えているうちに、手が止まってしまった。
すると、隣にいたノアが軽く私の頭をぺちんと叩く。
「なに気にしてんのよ。何も気にすることなんてないじゃない。堂々としてなさい、堂々と」
……これって、励まし、だよね? いや、多分。きっと。そう思うことにした。
「そ、そうだよね……堂々と……」
気合いを入れるために、両頬をパチンと叩く。
――大丈夫。私は、戻ってきたんだ。
「よし!」
ガラガラ、と音を立てて教室の扉を開ける。
次の瞬間、空気がピタリと止まった。
クラス中の視線が、一斉に私へと突き刺さる。
「ど、どうも……」
気まずさと緊張の極みで、喉がカラカラになる中、なんとか一言だけ絞り出す。
すると――
「すごかったな、あんなエモーショナルブレイク初めて見た!」
「ほんとに大丈夫だったの!? 無茶しすぎだよ!」
「ぶっちゃけ惚れた!」
わぁっと、堰を切ったようにクラスメイトたちが駆け寄ってきた。
不安に思っていた冷たい視線なんて、ひとつもなかった。
(え……うそ、みんな……)
その中で、やけに対照的なふたりの姿が目に入る。
エルフィリアは後方で腕を組みながら「やれやれ」といった表情を浮かべ、面倒くさそうに小さくため息をついている。だけど、その目はどこか誇らしげだった。
コルネリアはというと、まるで自分の手柄かのようにドヤ顔で「そうだろう、そうだろう」とひたすら頷いている。なんか知らないけど、すごく得意げだ。
「は、ははは……」
心の奥にあった“怖がられたらどうしよう”“嫌われたら嫌だな”という不安。
そのすべてが、無意味だったんだと、ようやく実感した。
(……無駄になってよかった)
張りつめていた何かが、音もなくほどけていく。
ぽろりと、頬を伝って落ちた一粒の涙。
でも、それはもう“悲しみ”じゃなかった。
私は、ここにいていい。
ここが、私の居場所なんだ。
空気が張り詰める、まだ朝靄の残る訓練場。
ヴァルフェリア魔女学園の裏手にある実技用の演習区画に、私は立っていた。
「久しぶり……ってほどじゃないけど、やっぱ緊張するな」
エモーショナルブレイクのあの日以来、初めての訓練。
私はまだ完全に自分を許せていない。けれど、それでも――
「おはよう、瑞希」
声をかけてきたのはノアだった。あいかわらずツン気味な癖に、今朝も真っ先に付き添ってくれている。
「変な魔力暴走はもうやめてよね」
「う……が、がんばる……」
その後ろから、ぬるりと現れたのはコルネリア。今日は妙にテンションが高い。
「ふふん♪ 今日の訓練、見ものだわ! あなたが《星織りの書》と共鳴したときの余波、感知室の魔力計が三つも爆発したのよ? どんだけ暴れたのよあんた!」
「そんな笑顔で言わないで……!」
「はぁ……バカどもが騒がしいわね」
エルフィリアがため息混じりに現れる。だがその手には、瑞希のためにまとめたらしい訓練用ノートが握られていた。
「感情制御と魔法放出、今日はそのバランス確認からよ。いい? いきなり無理はしないこと」
「うん、ありがとう……!」
私は大きく息を吸う。みんながいる。みんなが、支えてくれてる。
もう、臆する理由なんてなかった。
「――では始めましょう」
いつの間にか現れていたリミナ先生が、穏やかで芯のある声で告げた。
「まずは“象徴”の再構築から。あなたにとって意味のある行動――コードを、もう一度意識してみなさい」
私はうなずき、そっとポケットに手を入れた。
取り出したのは、枯れかけた小さな花――前に拾った“あの日”の名残。
「私の象徴は、これです」
その花を両手で包むように持ち、目を閉じる。
(私の想いは、ここにある。あの日の痛みも、仲間の声も……全部、力に変えて)
「――コード、接続」
淡い光が、花の周囲に灯る。
小さな風が吹き、魔法陣が足元に展開された。
「エッセンス生成、属性:『誓い』、感情:『希望』」
かすかに震える声で、私は言葉を紡ぐ。
静かだった演習場に、優しい光の奔流が広がった。
まるで――春風のような、穏やかな魔法だった。
「よくできました」
リミナ先生が、ほんの少し口元を緩めた。
「“制御”の第一歩としては、十分以上です」
心の中で、何かがほどけた気がした。
「やったじゃない、瑞希!」
「うぅ、泣いてないわよ!? ちょっと風が目にしみただけ!」
「む……むしろこっちは感動で涙腺崩壊寸前だったのに、誰かティッシュ!」
にぎやかな仲間たちの声が、私の背中を押してくれる。
私は確かに、歩き出した。
もう一度。
“本当の魔女”として――