表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/8

5初回訓練

 数日後。


 《ヴァルフェリア魔女学園》の中庭に、円形の儀式場が設けられた。


 今日は新入生の“感情傾向テスト”の日。すべての魔女候補生は、自分がどの「感情エッセンス」に適性があるかを測定される。


 


「それでは、次。ミズキ=ミナヅキさん、どうぞー」


 


 呼ばれて前に出た瑞希は、緊張しながら円陣の中央へと歩いた。


 クラスメイトたち――エルフィリア、ノア、コルも見守っている。


 


「ふむ、やっぱりこの子、どこか“違う”のよね。面白い結果が出るといいけれど」


 


「感情を見せて、瑞希。私はそれを“味わう”準備できてるから」


 


「ワタシ、マスターの色、タノシミ!」


 


 儀式陣の中心に立つと、上空から“感情水晶”が降りてきた。


 それは、感情エッセンスに反応して発光する魔石。どの感情に強く反応するかで、その者の“感情傾向”が決まる。


 


「深呼吸して……心を、開いてください。あなたがこの世界に来て、感じたことを――正直に思い出してください」


 


 リミナ先生の声が静かに響く。


 


 瑞希は目を閉じる。


 


 ──死んだこと。


 ──追放されたこと。


 ──それでも、ここで“誰かに受け入れられた”こと。


 ──そして今、胸の奥にあるもの。


 


 何よりも。


 


 「……私は、わたしを“要らない”って言った人たちに、絶対、負けたくない……!」


 


 その瞬間。


 


 感情水晶が、激しく脈打った。


 


 赤、青、金、紫……あらゆる色が一斉に走ったかと思うと、次の瞬間――漆黒の輝きに塗りつぶされた。


 


「なっ……! 黒の感情エッセンス!?」


 


「嘘……“純感情領域”に踏み込んでる……!? それも、こんな新人が!?」


 


 教職員たちの間にどよめきが走る。


 


 “黒”は、すべての感情の臨界を超えたときに発現する特異なエッセンス。


 本来、感情傾向はひとつ――“怒り”や“愛”、“悲しみ”などの分類に属するはずなのに。


 


 瑞希の水晶は、それらをすべて通り越して、**「収束と無数の共鳴」**という矛盾した結果を示していた。


 


「瑞希ちゃん、あなた……もしかして……」


 


「……“コードゼロ”の適性……?」


 


 誰かが、ぽつりとつぶやく。


 


 “感情を超えた魔法体系”――《星織りの書》に記された、失われし魔法理論。


 伝説の魔女しか到達できなかったはずの領域。


 


 その片鱗が、瑞希の中に芽吹いている。


 


「……ねぇ瑞希。アンタ、本当に何者?」


 


 エルフィリアが、初めて困惑と関心を混ぜた目で彼女を見た。


 


「ふふ……面白くなってきたわね」


 


 ノアの瞳もまた、深く紅く、瑞希を映して揺れていた。


 


 瑞希自身も、驚きと戸惑いを抱えながら、自分の胸元を押さえる。


 そこにはまだ、言葉にならない熱が、確かにあった。


 


 ──これはきっと、“選ばれた”なんて都合のいいものじゃない。


 ──私は、ここで見返してやる。


 “ゼロ”から、“世界最強”へ。


 


 静かに、そう誓った。


 《感情傾向テスト》から数日後。

 瑞希は《感応演習室》へと呼び出された。今日は、初の象徴魔法訓練の日だった。


 


「魔女の魔法は、呪文でも指先ひとつでもなく、“あなた自身の意味”によって成り立ちます」

「本日は、自分だけの《コード》――象徴行動を探してもらいます」


 


 教壇に立つのは、担当教師のリミナ先生。柔らかな笑みの奥に、鋭い観察者の目を隠している。


 


「……コードって、具体的には?」


 


 瑞希が問いかけると、先生は白いチョークを空中に走らせた。魔紋が浮かび、そこから一輪のスミレの花が出現する。


 


「たとえば、私は“スミレを摘む”という行為に、幼い日の“後悔”の記憶が結びついています。その象徴を通して、幻術魔法を発動できるんです」


 


 魔法は、記憶に根ざした行動で発動される。


 それが、《象徴魔法》。


 


「自分にとって“意味のある行為”を、まず見つけること。それが魔女の最初の儀式です」


 


 瑞希はうなずき、目を閉じた。


 


 ──意味のある行為。

 ──記憶に残ってる、“わたしだけの行動”。


 


 思い出すのは、あの日。


 孤独な中学時代、机の中に手紙を忍ばせてくれた“誰か”の存在。

 内容は覚えていない。けれど、その便箋の、柔らかい匂いだけはずっと記憶に残っていた。


 


 その日から、瑞希は“誰かを想って何かを書く”ことで、世界とのつながりを感じていた。


 


 ――そうだ、わたしにとっての象徴は、「手紙を書くこと」。


 


「……見つけたかしら?」


 


 「はい。……書かせてください、“誰か”への気持ちを」


 


 瑞希は、儀式用の白紙を手に取った。そして、魔力のインクに指先を浸しながら、一行だけ、想いを綴った。


 


 ──“ここにいてもいいですか?”──


 


 その瞬間。


 


 瑞希の足元に漆黒の魔紋が咲いた。


 まるで万年筆のインクが水に落ちたように、彼女の記憶と感情が魔法陣を染めていく。


 


 教室の空気が震えた。

 リミナ先生が、ふっと目を見開く。


 


「これは……“記述型コード”!? 高位象徴魔法……いきなり中級領域を――!」


 


 魔紋の中心に、手紙の内容が浮かび上がり、それが宙に舞う。

 同時に、空間が揺らぎ、教室全体が瑞希の心象風景へと変わっていく。


 


 天井のない図書館。

 光の文字が漂う空間に、記憶のページが舞い散る。


 


「わ、わたしの頭の中……!? これ、なに、どうなって……!」


 


「自分の《魔紋》を具現化できたんですね。すごいわ瑞希さん、初回でこれは前代未聞です!」


 


 リミナ先生が思わず近寄る。


 


 だがその時。


 


「──……“共鳴”してる」


 


 教室の隅で見ていたノアが、ぽつりとつぶやいた。


 


「この魔力……普通じゃない。瑞希、“何か”とつながってるよ。それも、相当深く……」


 


 魔法が収束すると同時に、瑞希はふらりと膝をついた。

 頭の奥に、何かが響いている。

 呼び声のような、記憶のような、意志のような……。


 


 ──「書きなさい。あなたの感情で、この世界を書き換えなさい」──


 


 (……誰? わたしの中に……もうひとり、誰かがいる……?)


 


 手のひらの中、彼女が最初に綴ったその手紙の言葉が、魔力の余韻となってふわりと消えていく。


 


「ここにいてもいいですか?」――それは、

 自分自身に向けた、最初の呪文だったのかもしれない。


 


 瑞希の象徴魔法が、世界に問いかけを始めた。


 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ