4問題児
「……ここが、私の教室……?」
リミナ先生に案内され、瑞希がたどり着いたのは学園の西棟、古びた尖塔の最上階。扉には〈特別指導・感情応用型クラスC〉と彫られていた。
「別名、“情緒不安定クラス”とも、“異常感情者隔離棟”とも呼ばれてるけど……まあ、仲良くやっていってね☆」
軽快に言い残し、リミナ先生は去っていった。
瑞希が深呼吸し、扉を開けた瞬間――教室内に、色とりどりの魔力の波がぶつかり合うようにあふれていた。
「ん? 新入り?」
最初に声をかけてきたのは、窓際で本を読んでいた少女だった。
長いプラチナブロンドに、翠の瞳。尖った耳と繊細な顔立ち、そして人を見下すような完璧な上から目線。
「エルフィリア・ル=セレニアよ。名誉高き《緋精の末裔》。人間に興味はないけど……“美しいもの”には、多少の寛容を持っているの」
そう言って、彼女は瑞希の顔を覗き込んだ。
「……ふぅん、なるほど。ゼロ魔力、落ちこぼれ、でも表情に迷いがない。……まあまあね。飼い猫くらいにはしてあげてもいいわ」
「え、ええと、よろしく……?」
毒舌エルフ少女、エルフィリア。性格は超傲慢。でも瑞希のことはすでにちょっと気に入った様子だった。
「ほう……新しい“感情源”か。味見くらいは、してみてもいい?」
次に現れたのは、教室の奥。赤黒い魔紋の中心に座っていた少女。
小さな角、深紅の瞳、揺れる黒髪に、なぜか微笑む口元。
その姿は、まさに“悪魔”だった。
「私はノア=アスモデウス。このクラスの“感情吸収率”トップ。キミのエッセンス、良い香りがする……期待してるから、逃げないでね?」
彼女が近づくたび、瑞希の背筋にぞわぞわとした感覚が走る。
けれど、なぜか目が離せなかった。
この子、どこか……寂しそうに笑ってる。
「……よ、よろし……あの、舐めたりは、しないでくれると助かる、かも……?」
「ふふっ、可愛い」
最後に、後ろの机が“ドスン!”と揺れた。
「アア! 新入生カワイイ!私嬉しいわ!」
その声と同時に、席から飛び出してきたのは――アメジストのような瞳に透き通るような肌。私の胸ほどの身長、見た目完全ロりな、人型ゴーレムの少女。
宝石のような目をくるくる動かしながら、瑞希に飛びついてきた。
「ちょ、わ、わ!?」
「私、コルネリア・クラフト! 通称“コル”。魔力で自我持ったゴーレム! 私のマスターまだいないの。アナタ、マスターになってくれる?」
ぎゅーっと抱きつかれて、瑞希は完全に困惑状態。
毒舌エルフに悪魔の吸精娘、そして懐きすぎるゴーレム少女。
──これが、《問題児クラス》。
「……なんか、想像してた魔女学園と違うんだけど」
けれど不思議と、胸の奥が少し温かい。
怖くもあるけど、この“異端な少女たち”となら、ここで本当に何かが始められる気がした。
数日後。
《ヴァルフェリア魔女学園》の中庭に、円形の儀式場が設けられた。
今日は新入生の“感情傾向テスト”の日。すべての魔女候補生は、自分がどの「感情エッセンス」に適性があるかを測定される。
「それでは、次。ミズキ=ミナヅキさん、どうぞー」
呼ばれて前に出た瑞希は、緊張しながら円陣の中央へと歩いた。
クラスメイトたち――エルフィリア、ノア、コルも見守っている。
「ふむ、やっぱりこの子、どこか“違う”のよね。面白い結果が出るといいけれど」
「感情を見せて、瑞希。私はそれを“味わう”準備できてるから」
「ワタシ、マスターの色、タノシミ!」
儀式陣の中心に立つと、上空から“感情水晶”が降りてきた。
それは、感情エッセンスに反応して発光する魔石。どの感情に強く反応するかで、その者の“感情傾向”が決まる。
「深呼吸して……心を、開いてください。あなたがこの世界に来て、感じたことを――正直に思い出してください」
リミナ先生の声が静かに響く。
瑞希は目を閉じる。
──死んだこと。
──追放されたこと。
──それでも、ここで“誰かに受け入れられた”こと。
──そして今、胸の奥にあるもの。
何よりも。
「……私は、わたしを“要らない”って言った人たちに、絶対、負けたくない……!」
その瞬間。
感情水晶が、激しく脈打った。
赤、青、金、紫……あらゆる色が一斉に走ったかと思うと、次の瞬間――漆黒の輝きに塗りつぶされた。
「なっ……! 黒の感情エッセンス!?」
「嘘……“純感情領域”に踏み込んでる……!? それも、こんな新人が!?」
教職員たちの間にどよめきが走る。
“黒”は、すべての感情の臨界を超えたときに発現する特異なエッセンス。
本来、感情傾向はひとつ――“怒り”や“愛”、“悲しみ”などの分類に属するはずなのに。
瑞希の水晶は、それらをすべて通り越して、**「収束と無数の共鳴」**という矛盾した結果を示していた。
「瑞希ちゃん、あなた……もしかして……」
「……“コードゼロ”の適性……?」
誰かが、ぽつりとつぶやく。
“感情を超えた魔法体系”――《星織りの書》に記された、失われし魔法理論。
伝説の魔女しか到達できなかったはずの領域。
その片鱗が、瑞希の中に芽吹いている。
「……ねぇ瑞希。アンタ、本当に何者?」
エルフィリアが、初めて困惑と関心を混ぜた目で彼女を見た。
「ふふ……面白くなってきたわね」
ノアの瞳もまた、深く紅く、瑞希を映して揺れていた。
瑞希自身も、驚きと戸惑いを抱えながら、自分の胸元を押さえる。
そこにはまだ、言葉にならない熱が、確かにあった。
──これはきっと、“選ばれた”なんて都合のいいものじゃない。
──私は、ここで見返してやる。
“ゼロ”から、“世界最強”へ。
静かに、そう誓った。