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〇〇は誰だ  作者: 北崎世道
一章
7/42

あいさつ回り

 四方の外壁が美少女のパンツくらい真っ白な寮は、よく見れば使い古したパンツくらいの黄ばみがあったが、個人的には床がリノリウムである事の方が気になった。


「リノリウムって中世にあったっけか……? いやまぁ魔法のある世界だし。そもそもの環境が違うんだから、あんま深く考えても仕方ないか」


 おそらく近くにリノリウムの原料がたくさん採れるところがあるのだろう。

 たしか亜麻仁油だっけか。

 それが採れる草か木が近くにたくさん生えてたりしたら…………いや、もしくはそれに近い何かか。

 違う工程でリノリウムができてる可能性もあるから、亜麻仁油を使ってないかもしれない。

 いや、そもそもこの床がリノリウムじゃなくて、全然違う原料で作られた床の可能性も…………って、結局深く考えてしまってるじゃないか。


 という訳で思考放棄。

 いや、思考の切り替え。

 今、考えるべき事。

 今、僕が行おうとしている事。


 あいさつ回り。


 本来、僕はそういう事をするタイプではない。

 誰かとコミュニケーションを自発的に行うなんて、元の世界の僕なら考えられない事だ。

 犬が言葉を喋ったり、お父さんが年頃の娘に好かれたりするくらいあり得ない事だ。


 だけど、異世界に来て僕はそんなあり得ない事をやらかそうとしている。

 それは何故か。

 一言で言えば異世界に来たからとなるのだけど、もう少し具体的に、厳密に答えるなら、異世界に来て気持ちが高揚しているから、というのと異世界に来てチート能力を得た事、それから自身の姿が変わった事が原因に挙げられると思う。


 本来の僕は今みたいに考えても仕方ないことをうじうじぐだぐだ考え込んでしまうだけの存在の筈だけど、前述した要素で僕の精神もちょっと変化が起きたのかもしれない。

 うじうじ考え込んでしまってるのはまだ治ってないが、こうやって立ち上がって、あいさつ回りという他人とのコミュニケーションを取ろうとするだけでも驚くべき事態、驚愕すべき変化だ。


 てか、そもそも変わってなければ、ブルババとの会話であれだけふざけた対応をしないだろう。

 ちなみに、「あ、はい」「分かりました」「すいません」の三ワードだけでやり過ごすのが元々の僕だ。

 なるほど。

 頑張ればこれだけでも意外とやり過ごせるものだ。

 すごいな。

 でもこれらの言葉では相手の意見に口出しする事ができないので、色々と面倒ごとを押し付けられる羽目になるのだけど。

 僕は悪くない。


 閑話休題。


 さっきも言ったが、もう一度言おう。僕はこれからあいさつ回りを行う。


 慣れない事をしようとしているせいで、どうも頭の中が空転する。

 自然と別の事を考え、目の前の事から逃げようとしている。

 きちんと考えようとしても、何を喋ればいいのか、僕なんかが他人の貴重な時間を割いてまであいさつをしていいのか、そもそも扉ってどうやってノックすればいいのか、みたいな不安に押しつぶされてしまう。

 当たり前の事すらできなくなるくらいに頭の中がぐちゃぐちゃになってしまう。


 僕は、自分に落ち着けと何度も言い聞かす。


 鼓動に痛みを感じなくなるまで、深呼吸を繰り返し、気持ちを落ち着かせる。

 それから扉を軽くノックする。

 コンコンコン。

 三回。

 叩いたのは僕の隣の部屋。

 103号室。

 誰が入ってるかは分からないが、いきなりあのぶちギレしたヤオ・ワンに当たる事はないだろう。

 確率的には五分の一だ。

 ゲームでの命中率85%の技が当たる確率が大体半分くらいだから、五分の一ならきっと五分の一だろう(?)


 ノックしてから、待つ。


「…………」


 ────出ない。一秒待ち、二秒待ち、五秒ほど待ってから再度ノックするもやはり反応がない。

 留守のようだ。


 最初からこれか、とがっくりする。

 なんという空回り感。

 それと精神的疲労感。

 緊張してたのがなんだか馬鹿らしくなってくる。

 とっとと別の部屋にもいって、ぱっぱと挨拶を行おう。

 引っ越しそばなんて用意してないけど、別にいいだろう。

 てか、この世界に引っ越しそばの文化なんかあるのだろうか。


 隣の部屋、103号室が留守だったので、その隣102号室も訪ねてみる。

 …………が、出ない。

 うんともすんともしない。

 どうやらここも留守。

 またしても空回り。

 僕の人生のよう。

 緊張してたのがなんだか馬鹿らしく…………ってこれ、さっきも思ったな。


 という訳で更に隣、角部屋の101号室。

 ん?

 でも隣に階段あるけど、この場合も角部屋っていいのか。

 まぁ、どうでもいいか。

 どうせ留守だろうと気楽にノックする。


「────はぁい」と声。


 瞬間、僕の鼓動が飛び跳ねる。


 居た! マジかよ。

 居るじゃねぇか。

 誰だよいないって言った奴。

 ゴミクズやんけ。


 なんて心の中で自分自身に罵倒しつつ、ドッキドキで在住者が出てくるのを待つ。


「はーい、お待たせー…………って、あれ? さっきの?」


 出てきたのはウェーブの入った髪型の少女もとい美少女だった。

 紺色のジャージに身を包み、軽く首を傾げながらこちらを見つめている。

 長めの睫毛がふるふると震えている。


 僕は軽く頭を下げ、挨拶を行う。


「どどどどどどどどどうもこんばんは。ご夜分に失礼いたします。きょ今日からこの寮に住むことになったので、あああ、あいさつ回りをしようと思ってお伺いしました」


「あはは、すごい噛んでる。てか、堅苦しいよ」


 と笑う美少女。自分でも確かに堅苦しいと思ったが。


「それで? 名前は?」


「えっと……その…………名乗れる名前がまだなくてですね……」


「は?」

 途端、美少女の眉根が寄る。

「なにそれ? 自分の名前を教えたくないって事? 挨拶しにきたっていうのに?」


 ある意味正解。

「じゃなくて、記憶がなくてですね……はい……」


「は?」

 美少女の眉根の皺が深まる。

「記憶がない? 記憶喪失?」


「あ、それです。たぶん」


「…………」

 唖然。


「あんまり思い出したくない気がするから、記憶を取り戻そうとは思わないんですけど、まぁ、その、仮の名前というか、近いうちに自分の名前をきちんと決めとこうと思うので、それまでは名無しの権兵衛でお願いします」


「ゴンベー?」


 しまった。

 名無しの権兵衛は元の世界だけの言い回しだったか。


「あ、いや、忘れてください」


「えー」

 美少女はアヒルみたいに軽く唇を尖らせ、

「なんかよく分かんないけど、とりあえず名前が決まるまでゴンベー君って呼んでもいい?」


「まぁいいですけど。っつうか、もういっそ、権兵衛って名乗る事にしようかな」

 異世界だから漢字じゃなくてカタカナにしとこうか。

 ゴンベエ。

 古風だけど、まあいい感じじゃないか。


「え? マジで? そんなんでいいの?」

 美少女が驚いた様子を見せる。


「ええ、はい。こういうのは思い切りが大事かなと思いまして」


「うーん。それはそうかも」


 何故か共感を得られた。


「ゴンベーって名前もそんなに悪くないしね。異国感があっていい感じにも聞こえるし」


「恐縮です」


「あはは、なんか堅苦しいね。ゴンベー君」


「あんまり女の子と話し慣れてないところがありまして」


 むしろ人間とも話慣れてないぐらいだけど。


「記憶がないからかな。ああ、あんまり思い出したくないんだっけ。えっと、よく分かんないけど、大変だね。わたしにできる事があったら遠慮なく言ってね。協力するよ」


「ありがとうございます。えっと……」


「そういやこっちが名乗り忘れてたっけかな。わたしの名前はクリネ・ヨヨだよ。よろしくね。ゴンベー君」


「宜しくお願いします」


 手を差し出されたので、握る。

 小さく、柔らかい手だ。

 女の子の手である。

 ちょい感動。


「…………なんか意外ですね。クリネさんは僕の雇用を反対してたと思うんですが」


 理事長室での出来事を思い出しながら、僕は素直な感想を漏らす。

 我ながら空気の読めない発言だと思うが、つい口に出してしまったのだから仕方ない。

 僕の口は老人の膀胱よりも緩いみたいだ。


 そんな僕の呟きにクリネさんは軽く笑い飛ばし、


「ああ、それ言っちゃう? まぁ別にいいんだけどね。だって、いきなり知らない男の子が自分のボディガードになるって言われたら、そりゃとりあえず拒否しちゃうよ。普通そうでしょ?」


「そう言われたら確かにそうですね。むしろ、いきなりの雇用に賛成してくる方が不自然かもしれません」


「でしょでしょ? 確かにわたしはキミのボディガード就任に反対したけど、それはキミが嫌だからとかそういう理由じゃないから安心してね」


「はい。ありがとうございます」


「ああでも、その臭い服は早めに処分してね」


「あ、はい。分かりました」


 そんな感じで一人目の住人、ボディガード対象であるクリネ・ヨヨと挨拶を終える。


 話し終えて思ったが、なんというかサバサバして普通に優しい感じの人だった。

 どことなく年上っぽいというか、外見の雰囲気のせいか、お姉ちゃんっぽい印象を受けた。

 あるいはオタクに優しいギャルみたいな。

 一人称があーしなら間違いなく後者だっただろう。

 とりあえず無事に挨拶ができたので一安心だ。

 この調子で頑張ろう。



 ◆



 次は二階だ。

 寮は小さいから、部屋数もそんなに多くない。

 確か、僕以外に住んでるのがあの五人だけらしいから、この大きさでちょうどいいのだろう。


 階段を上がり、二階に着く。

 まずは201号室だ。

 この部屋には誰がいるだろう。

 いや、誰かいるだろうか。

 期待よりも不安が勝って、心臓の鼓動が胸をノックする。

 ついでに僕も扉をノックする。

 コンコンコンと軽やかな音。


 ────が、出ない。


 しかし、なんというか、居るというのはなんとなく判る。

 息遣いが聞こえる。

 できるだけ音を立てないようにしようとする緊張感も伝わってくる。

 これもチート能力の一端か。

 理由は判断つかないが、とりあえず居留守を使われているのは間違いない。

 確信できる。


 これはどうするべきか。

 NHK(全裸のビッグマグナムではない方)の集金の如くしつこくノックを続けるか。

「居るのは分かってるんですよー」といやらしく声をあげるか。

 それともこのまま何もなかったかのように、この場を立ち去るか。

 どうしようか。

 頭の中に浮かぶ三つの選択肢。


 少し迷った後、僕はこのまま立ち去る事を選んだ。

 居留守を追及したい気持ちもあったが、そもそも今回の目的は五人と仲良くするのだから、ここでいやらしく追及するのは相手の気分を損ねるのは本末転倒だと判断し、立ち去る事を選択した。

 なんとなくだが、この部屋、201号室の住人は僕と同類な気がする。

 今の転生した僕ではなく、元の世界の僕とだ。


 要は、臆病で根暗でコミュ障なタイプだ。

 ブルババの部屋、理事長室の時に見た感じでいうと、前髪の長いメカクレ少女ではないかな、と推測する。

 ここで意表を突く意味もないし、おそらく正解だろう。

 あ、これはメタ思考というやつか。

 まだまだ異世界チート主人公感が抜けなさそうだ。

 少なくとも僕にとっては現実だというのに。


 ともあれ201号室の挨拶ができないので、次の部屋に向かう。すぐ隣の202号室。扉をノックしてみる────が、出ない。


 今度は本当に留守のようだ。もしくは空き部屋か。とりあえず気配的に部屋には誰もいない。チートでそう思ったから間違いない。一の次が二になるぐらいに間違いない。


 不意に、ため息が出てしまう。


 なんか今のところほとんど挨拶できてないが、これでいいのだろうか。ちょっとマズいのではないか。


 とはいえ今の僕にはどうしようもない事なので、仕方ないと開き直るしかない。

 元の世界の僕ならここで心が折れてあいさつ回りを中断するのだが、今の僕は異世界生活初日の気が昂ってる状態なので、心が折れずに立ち向かえる。

 ある種の主人公感、メタ思考が良いように作用している気がする。

 避けられたって、それは僕のせいじゃないと冷静に判断できている。


 お次は203号室。


 扉をノックし、反応を待つ。と思ったらすぐに反応があった。

「はい」と凛とした声。

 すぐに扉が開かれ、イケメンが顔を出す。


「おや? どちら様でしょう?」


「えっと、今度この寮に住む事となったゴンベエです。どうぞよろしくお願いいたします」


 今度は噛まずに言えた。


「おぉ、これはどうもご丁寧に」 


 イケメンが僕の会釈に合わせて、軽く頭を下げる。


 ちなみにこの場合のイケメンはイケてるメンズではなく、イケてる面をした女性である。

 この人は滅茶苦茶カッコいい顔をしているが、体つきは間違いなく女性だ。

 見間違いようがない。

 というか顔も男性的という訳ではなく、中性的だ。

 髪も長いし、格好も理事長室で見た時と同じセーラー服。

 これで男性と勘違いする人はいないだろう。

 恋に落ちる人は大量にいそうだけど。僕も腰が砕けそうだけど。


「それでゴンベー君はどうしてこの寮に?」


「お、おそらく、皆のボディガードをするのに都合がいいからではないでしょうか?」


 腰砕けそうなのを我慢して僕が言うと、イケメン美女はぽかんと口を開け、


「…………ああ! あの時の!」


 手槌を打ち、何度も首肯を繰り返す。

 どうやら理事長室で会った奴と同じ人間だと認識されてなかったようだ。


「そうだ。よかったら部屋に上がらないかい? 特におもてなしの準備はできてないが、それでもお茶くらいは出せるよ? それにボクの部屋はとても広いから、是非とも見てほしい。ボクは自慢したがりだからね」


「ああ、いえ、お気遣いはありがたいですが、まだ他にもあいさつ回りをしていこうと思いまして」


「ああ、そうか。それもそうだね。気が利かなかったよ。すまない。まぁその、なんだ。何か困った事があったらいつでも声をかけてくれ。いつでも力になるよ」


 イケメン美女はそう言って再度握手で手を上下に振り、自身の好意を示す。

 アメリカ人でももう少し大人しいコミュニケーションじゃないかと思える対応に、僕はやや疲労感を覚えつつも、胸が温かくなる。

 元の世界も含めて、こういうストレートな好意にはどうも弱い。

 戦争映画並みに涙腺が刺激されてしまう。


「それじゃあまたね。暇な時はいつでも声を掛けてきてくれ。楽しみに待ってるよ」


「はい。ありがとうございます。それじゃ失礼します」


 そう言って僕はイケメン美女に頭を下げ、203号室から離れる。

 そして扉が閉められるのと同時に重大な事に気付く。


「……………………名前は?」


 もしかして実は嫌われてるのか。

 あれだけフレンドリーに接しておいて、実はただのビジネス対応だったりするのだろうか。


 元の世界でも、表面上はとてもフレンドリーな対応をしてくれてるにも関わらず裏では親の仇かってくらいに陰口を叩いてるって女の子もいたし、もしかしてイケメン美女もそういうタイプだったりするのだろうか。


 もしそうだとするとかなりショックだ。

 お父さんが実はお母さんだったくらいにショックだ。

 恋に落ちそうなくらいイケメン美女にときめいていたから、本当にそうだったら立ち直れないかもしれない。

 いくら生まれかわって容姿が変わってチート能力を手に入れたところで、中身は僕のままなのだから、女の子から嫌われるのは当然と言えば当然なのかもしれないけれど、それでもショックなものはショックだ。

 やはり中身ごと生まれ変わらないとダメなのだろうか。

 僕はダメなままなのだろうか。


 いやいやと僕は首を横に振る。


 いくらなんでもほぼ初対面でそこまで嫌われる事はない筈だ。

 一応、部屋に上がるのも誘われたくらいだし。

 少しおどおどしたくらいで評価が、年頃の娘にとってのお父さんレベルに落ちる訳がない。

 どれだけ下がったところで精々ゴキブリレベルだ。


 ※ 年頃の娘の評価表。(僕の脳内調べ)


 推し 〉友人 〉知り合い 〉他人 〉……~越えられない壁~…… 〉排泄物 〉ゴキブリ 〉お父さん

 ちなみに恋人は評価値が一定ではないのであえて未記載。要は人それぞれ。


 話を戻して────たったあれだけの応対で僕の評価が最低レベルに落ちる訳がない。

 おそらく名前は言い忘れただけだろう。

 僕だって自分の名前を忘れる事ぐらいあるし。

 住所と年も偶に忘れるし。


 だからおそらく事故だ。

 今度会った時に互いに自己紹介し直せばいいだけの話だ。

 特に落ち込む必要はない。


 そんな訳で次。

 204号…………ではなく205号室だ。

 204号室はどうした。


 一歩下がって確認してみる。

 イケメンさんの部屋から少し離れたところに205号室の扉がある。

 204号室がないのは、一部屋分開いてるからだろうか。


 ────と、そこの扉には既に部屋の住人が顔を出していた。

 猫柄のパジャマ姿で、家政婦でもないのにこちらをじっと見つめていた。


「あ」


「……どうもこんばんは」

 パジャマ姿の少女は軽く頭を下げる。

「見たところあいさつ回りでしょうか」


「あ、はい」

 はやい。


「という事はボディガードの件で理事長先生からここに住むよう言われたんですね」


「そうですね」

 理解がはやい。


「部屋の位置からみて、ワタシが最後、いえ、他の方の性格を考えたら三人目でしょうか」


「ちょっと分かり過ぎじゃない?」


 え? 何? 超能力でも使ってるの? 鋭すぎじゃない?


 僕がドン引きしているとパジャマ少女は、

「冗談ですよ」

 とジト目のまま口元だけ笑う。

「貴方が理事長と寮前に来てるところを見たので、ずっと様子を伺ってたんです。自室に入った時に一度やめようとしましたが、すぐに部屋から出てきたので偵察を続行しました」


「ずっと見てんですか……。全然気づかなかった……」


「そりゃ視線を悟られるほど、未熟なつもりはありませんから」とジト目少女はさらりと言う。「ただ、ゴンベーさんは感覚は鋭いけれど、警戒心が足りてないようですね。超一流の探索能力を持った素人といえばいいでしょうか」


 言い得て妙というよりはまんま正解の表現だ。

 僕はチート能力を持った一般人。

 能力はチート。

 技量は素人。

 その名もナナシノ・ゴンベー。


「能力と技術が妙にアンバランスのように見えますね。貴方、一体何者ですか?」

 とパジャマ少女が問う。


 むしろ貴女が何者だよ。と思ったけどここは口には出さずに、


「さ、さあ。自分でもよく分かりません」


 と、とぼけて見せる。

 ある意味これは本音でもある。

 なにせ僕の身体は元々僕のモノではない。別人の身体だ。

 転生なら赤ん坊からやると思うし、いきなり十代くらいの青年の身体から始めるのは、転生というよりも憑依と言った方がいいのだろうか。

 そこら辺の区別は僕にはよく分からない。

 それに、たとえ区別、認識等の知識が豊富でもそれが正解かも分からない。

 判る事と言えば、考えても分からないという、無知の知みたいな事だけだ。


「ゴンベーという名前は本当に偽名なんですか?」と、パジャマ少女が問う。これは僕とクリネさんの会話を盗み聞きしていたからか。


「うん。それは間違いなく偽名ですね」と僕は断言する。「あの時、ふと思いついただけの単語を名前にしただけの事で、別の単語を思い浮かべればそっちにしたと思います」


 名無しの権兵衛という言い回しがこの世界に通じていれば、名前にしなかったかもだけど。

まぁ、これは終わった話だし、名前に関してはホントどうでもいいと思っている。

僕はRPGで主人公の名前を決める時はデフォルト名で、決まってない時はヒロインと同じにするか、もしくは『うんこしたい』などにするタイプである。

これ、前も言ったっけ。


「なら、本名である可能性は否定できないんじゃないですか?」とパジャマ少女が言う。


「…………それは……そうかもしれません」


 なんとなく圧されて、僕はそんな事を言う。だが、ここであえて引かずに違うと言わなかったのは正解だったと思う。僕は元の世界での自分の名前を知ってるし、名無しの権兵衛という言い回しを知って、それを思わず口走った事も知っている。だが、この世界の人にそういう事は分からない。なら、ふっと自分の名前を思い出したという可能性を否定してはいけないだろう。


「そういえばそちらのお名前を聞かせてもらってよろしいですか?」


 思考と話題を切り替えて、パジャマ少女の名前を聞く。さっきのイケメン美女には名前を聞きそびれてしまったので、これはある意味リベンジだ。


「ああ、これは失礼しました。ワタシの名前はコアカ・ファルゴです。どうぞお見知りおきを」


 そう言ってパジャマ少女もといコアカさんは手を差し出してくる…………かと思ったが、差し出してこなかった。なんか微妙に壁のある気がしないでもないが、別に握手をするのが普通とは思ってないので、気にしないでおく。そもそも僕自身、積極的に握手をするタイプではない。


 ひとまずこれで最低限の自己紹介を終えた訳だ。


「あいさつ回りはワタシで最後でしたね」と僕の内心を読んだかのようにコアカさんが言う。


「できたのは三人だけですけど」


 一番普通な感じで、お姉さんっぽい雰囲気。ある意味僕の名付け親のクリネ・ヨヨ。


 イケメンでフレンドリーな美女。名前不明。


 そして今、目の前にいるジト目で、色々鋭すぎる彼女。コアカ・ファルゴ。


 以上三人だ。


 残り二人の内、一人はあの敵対心剥き出しのヤオ・ワンだし、彼女にあいさつをしても仕方ないと思う。しなかったらしなかったで、敵対心を漲らせてしまいそうな気もするけど。残りの一人はえっと…………。


「ヤオ・ワンは言わずもがな。もう一人は人見知りが強いので、おそらくあいさつを行おうとしても、居留守を使われるでしょう」


「……ああ、そういえばそういう気配の部屋はありましたね」


 消去法的にメカクレ少女になるだろうか。


「ならやはりワタシが最後ですよ。お疲れさまでした」


「ありがとうございます」


「それでは、これから宜しくお願いしますね」


 コアカさんが頭を下げて、話が終わる。


 扉が閉められる前に僕も頭を下げて、この場を立ち去る。


 これであいさつ回りはひと段落。

結局話せたのは三人だけだったが、充分な成果と言っていいだろう。

それよりも僕が安易な気持ちで五人のボディガードを引き受けた事について、少し真面目に考えなければならない。

たった今、コアカさんが言った通り、五人が盗賊に襲われた事は紛れもない事実だ。

その不安を払拭する為にも、僕はきちんとボディガード任務に勤しまなければいけない。


 あまり自分本位で考えずに、もう少しきちんと周りの事も考えていこう。

いくら異世界チートだからといって、この世界に生きる人を空想の存在とみなしていいわけがない。

少なくとも僕にとってはこれが現実なのだ。

それをしっかりと自覚しよう。


 僕は気持ちを改め、自室に戻った

。冷たい床の静寂に満ちた自分の部屋。どこか無機質なベッドに腰掛け、これからの生活について思いを馳せようとするが、そのままジッとしていたら、眠りこけてしまいそうになったので、慌てて立ち上がり、今日すべき事を行う。

ひとまずは風呂だ。

今日は色々な事があった。


 異世界に来て、巨大狼やら竜に襲われ、それから半日森の中をさまよい、そして盗賊を追っ払って、学園の生徒となって五人のボディガードとして雇われた。

 後半がやや意味不明だが、あまり細かい事は気にしない。

 とりあえず色々あって、身体も随分汚れてしまった。汗もかいた。

 このまま寝るのはさすがに不衛生なので、風呂に入らないといけない。

 風呂に入らねば。

 風呂に。

 精神のオアシス風呂ンティアに。


「…………」


 僕は自室を出て、風呂場に向かった。

 風呂場は僕の部屋のすぐ隣で、寮生共用のモノとなっているらしい。

 中に誰かいるのか分からないので、扉を開けて確認する。


 いない。

 よかった。

 やや狭い脱衣所には誰の姿もなかった。

 僕はほっと息を吐いて、入室する。


 壁に温泉などでよく見るタイプの棚がある。

 脱衣籠も置かれてるのでここに脱いだ服を入れるというのが分かる。

 棚の隣には洗濯機があるが、どこか形状に違和感がある。

 これは電気で動くのだろうか。

 コンセントなどは見当たらない。

 ホースがあるので、脱水はできるようだが、どこからどこまで元の世界と同じなのだろう。

 少し興味を惹かれるが、今はどうでもいいと思い、服を脱ぐ。

 全て脱いで裸となったところで、ふと、ある事に気付く。


「…………こ、これは」


 僕が脱いだ服を入れたところの隣の隣に衣類が置かれている。女性用の衣類だ。


 僕はそれを手に取り、広げてみる。

 眩いほどの純白の生地。

 二つの三角形の頂点がそれぞれくっついた様な形状。

 パンツだ。

 布面積が驚くほど小さく、生地もしっかりしっとりした感触の割には薄い。

 光に翳すと透けてしまう薄さだ。

 これだと股間の大部分が零れるだろうし、透けてしまうだろう。

 尻肉も間違いなく覆えない。布というよりも紐と呼ぶべき細さだ。


「ふむ」と僕は頷き、頭と腰のどちらに着けるか考える。

 その判断におよそ十五秒迷った頃、不意に背後でガチャリと扉の開く音が聞こえる。


 振り向くとそこには裸の少女が立っていた。


 タオルを頭に置き、髪を拭きながら唖然とした面持ちでこちらを見ている。


 予想外の光景に頭が回っていないのが、表情からして判る。

 こちらも似たような表情をしている事だろう。


 さて、どうする?

 

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