姉妹喧嘩未満
ヤオ・ワンと付き合ってるのかとカナ・ニサンに尋ねられた。
どうやらさっきのやり取りを見てたらしい。
「違うよ」と僕は言った。
「あれが、色っぽいやり取りだったらよかったんだけどね。残念ながらそういう感じじゃなかった。どっちかというと、殺伐としたやり取りだったかな」
これは事実。
本当にそうだった。
チート能力がなければ、血生臭い事になってた可能性だってあるくらいだ。
正直、足を舐めてる時以外は、僕も頭から性欲が抜け落ちていた。
それぐらい殺伐としてた。
しかしカナ・ニサンは、
「色っぽいやり取りだったらよかった? 残念ながら? ゴンベー君はヤオさんの事が好きなの?」
言葉尻だけを捉えたような反応。声のトーンが驚くほど平坦である。
僕は背筋にうすら寒いモノを感じつつ、
「特別好きではないけど、足の裏を舐めるくらいには好きだよ」
答えた瞬間、突如、カナ・ニサンから平手が飛んできた。
僕は咄嗟にスウェーで躱す。
「……っと、あぶなっ」
なんて言ったが、それ以上の追撃がないのでそれほど危なくはなかった。
狂犬ヤオ・ワンだったらここからがスタートだけど、カナ・ニサンにそこまでの暴力性はなかった。
「何でいきなり……」
攻撃するの、と続けようと思ったが、カナ・ニサンが爆発寸前なのが判ったので、黙った。
ダンっ、とカナ・ニサンが地団太を踏み始めた。
怒ってるけど、感情表現がヤオ・ワンの如く幼稚だ。
…………どうしよう。
正直、ここで僕が謝って、この場を収めるのは簡単だ。
だけど一つ懸念がある。
カナ・ニサンが僕の事を好きなのはなんとなく判っているけど、本当に僕が好きなのかって、疑問を覚えている。
言葉遊びじゃなくて。これは────、
「…………グラハム様ならこんな事しないのに」
…………まぁ、そういう事。
なんとなく僕をグラハム・ベントレーと被せてるのが判ってたから、あまり謝る気にはなれない。
よく考えたら、たった一日二日でここまで依存するのがちょっと変なのだ。
一目惚れとかならともかく、不細工だと思ってた訳だし。
気が合うとしても、ちょっと感情の動きが性急過ぎると思う。
俺様系……っていうか単に性格の悪いグラハム・ベントレーと僕は似てないと思うけど、それでも彼女にとっては何かしら通ずるものがあるのかもしれない。
もしくは初めて身近に来た異性ってだけかもしれない。
とりあえず、何がどう転んでも、僕はグラハム・ベントレーではない。
そして、彼女にとって都合のいいだけの男でもない。
…………ハーレム系を目指している男の発言でないのは自覚しているけど。
でも、異世界チートならそういうのを意識するのも仕方ないよね。クソだな、僕。
ともあれ、僕はあまりいい感じに想ってる訳ではないカナ・ニサンに向かって、こう言った。
「僕はグラハム様じゃないから」
「…………」
カナ・ニサンは黙った。僕はあれこれ言い訳もせずに、
「どうする? ここで寝る? それとも自分の部屋に戻る? …………それとも、僕の事をボディガードとして認めるのやめる?」
「…………やめはしないよ」
と、カナ・ニサンは言った。
「ごめんなさい」
と、謝りもした。
「今日は帰る」
そう言ってカナ・ニサンは部屋を出ようとする。僕は彼女の背中に向かって、
「こちらこそごめんね。変態的な事を言って」
「…………ふふっ、それはホントそうだよ」
カナ・ニサンはここでようやく笑った。
パタンと静かに扉が閉まり、静寂が訪れる。
「……ホントごめんね。ご期待に沿えなくて」
残された部屋で僕は一人ボソッと呟いた。
◆
翌日。昨晩ひと悶着あったものの、今日は何事もなく訓練をしている。
昨晩の事はどうやら引き摺ってないようだ。
朝食時にクリネさんに会ったので、明日付き合ってもらうよう約束をし、それから朝食を済ませた後に、自室にてカナ・ニサンが来るのを待った。
カナ・ニサンは朝、たぶん九時ごろに体操着姿で現れた。
昨晩の事には何も触れなかった。
運動情報へ向かい、そこで訓練を始めた。
一応、今日が訓練最後の日となるからだろうか。
あ、でも、ボディガードを続けられるのなら、今日の訓練が最後となる訳ではないか。
いや、この際、ボディガードを続けるかどうかは関係ないのだった。
ボディガードを続けられなくても、この学園の生徒を止める訳ではないので、訓練に付き合う事はできる。
そういう事までカナ・ニサンが知ってるかは分からないけど、彼女は特に何をいう訳でもなく、訓練に集中している。
僕はそれを見ている。ぼんやりとではなく、そこそこ集中して。カナ・ニサンがどういう風に魔力を使って、魔法を使っているかを、チート能力を駆使して観察している。これがなかなか面白いし、勉強になっている、ような気がする。
これこれがこうなって、こういう流れで魔法が発動している、という流れを実際にこの目で見ているのは意外と楽しい。
チート能力があれば、そんな観察とかいらないじゃん、と思われるかもしれないが、これはそもそもそういうのではない。
楽しいからやってるだけだ。
深い理由なんて必要ない。
それに、仮にチート能力が使えない時には、こういう観察で培った技術をどうにか利用できるかもしれない。
ただ、知識自体がないから、具体的な名称とかそういうのが分からないままだ。
そのせいで、これこれがこうなって、こういう流れで魔法が発動している、みたいな感じにしか喋れないけど。
でもまぁ、何もやらないよりはマシだ。
さっきまでカナ・ニサンの体操着姿を、発明中のエジソンくらいの集中力で凝視し続けてただけだから、その人間の限界を超える集中力をちょっと有意義な方にまわしただけだ。
そしたら意外と魔法について詳しくなった感がある。
スポーツ漫画の主人公がレベルの高い選手達の練習を見学して、色々学んでいくみたいな感じだ。
チート能力の補正でカナ・ニサンがどういう風に魔法を発動させているかが一目で解かる。
初心者な僕でもガンガン吸収して、成長していく感触がある。
「…………はぁ、すごいな」
思わず感嘆のため息が出る。
メカクレ少女のカナ・ニサン。
コミュ障で単なるグラハムオタクの美少女かと思ったが、どうやら魔法に関して言えば、とてつもない才能の持ち主なようだ。
他の人間がどれくらい魔法を扱えるか。比較対象がないせいで、その凄さがはっきりとは感じ取れないが、逆に言えば、それでもカナ・ニサンがとてつもない才能の持ち主だと判るのだから、これはもう本当に凄い事だ。
「どうしたの? 私の成長に驚いてるの?」
カナ・ニサンが軽口を叩く。やっぱり昨晩の件は引き摺ってない。少なくとも表面上に出さないくらいには。
「うん。それもある。けどそうじゃなくて、カナさんの努力と才能に驚いてる感じかな」
「努力と才能?」
カナ・ニサンは一旦首を傾げ、
「そう。あ、ありがとう。褒めてくれて嬉しい。でも、やっぱりヤオさんに比べたら、ちょっと見劣りするかな」
「そうなの?」
「うん」
カナ・ニサンが少し悲し気に頷く。
「正直、私はヤオさんの事があまり好きじゃないの。あまり他人の意見聞かないし。自分の事ばっかり押し通してくるし。
でも、ヤオさんの努力は、認めない訳にはいかないとも思ってる。あの人はすごい努力家。学業も貪欲で、魔法工学とかにも手を出してるぐらいだし」
「ふうん」
魔法工学というと、電気系統だろうか。
「勿論、本人自身の才能もあるんだけど、それ以上にストイックさがすごい。どれだけヤオさんの事が苦手でも、こればかりは本当、尊敬してる」
「ほぅ」
ただの足の裏の臭いが素敵な我儘乱暴ヒステリック美少女じゃなかった訳か。
というかここでヤオ・ワンの話を出してくるという事は……。
「もしかして、僕とヤオ・ワンの戦いが気になってる?」
「うん」
カナ・ニサンが頷く。一応、ヤオ・ワンと戦う事は説明しているせいか。
「ゴンベー君が強いのは疑ってないよ。一発で魔法を成功させたし。でも、ヤオさんも凄い。私じゃ相手にならないくらい強いもの」
「そっか。でも大丈夫。安心して」
ヤオ・ワンがどれだけ強くとも、僕には異世界チートがある。
これをきちんとした決闘の場で出すのは少々ズルい気もするけど、勝負の世界はいつだって残酷無慈悲。
勝てばよかろうなのだ。
それに、この決闘の話を持ち出す時に、ヤオ・ワンとはひと悶着あった。
暴れるヤオ・ワンをなんとか力尽くで黙らせたのだ。
それで、ヤオ・ワンの実力がそこまで恐れるモノじゃないって事は分かっている。
勿論、あれがヤオ・ワンの実力全てではない事は百も承知だが、異世界チートに迫る強さでない事は確実なので問題ない。
この勝負は貰ったも同然。
余裕のよっちゃんだ。
それに一応、明日クリネさんから戦闘訓練(というよりは戦闘経験?)を受けるつもりだから、全く動けなくて勝負にならない、なんて事にもならない筈。
そもそも僕は竜を撃退した男であり、ヒステリックボンバーなヤオ・ワンに負ける要素なんて微塵もない。
クソゲーの良心くらい何もない。
拳で胸を叩き、己の頼もしさをアピールする。
「うん。頑張ってね」
カナ・ニサンはそう言って、僕のポケットに手を伸ばす。
何事かと思ったら、カードを取り出した。
ヤオ・ワンから貰ったカードだ。
ボディガードとして認めてもらったら、そいつに印をつけろって言われたカードである。
カナ・ニサンがそのカードに指を当てる。
すると、カードが光り、空白だった四角の中にチェックマークが入る。
その上にはカナ・ニサンの名前が表示され、これでカナ・ニサンが認めてくれたのが証明された。
こうなってるんだ、と少し感心しつつ、僕は、
「ありがとう。頑張るよ」
そう言ってカナ・ニサンの手を握る。
ボディガードとしてこれから宜しく、的な握手だ。
つまり、それはヤオ・ワンに勝つという意味でもある。
◆
「おや、おめでとうございます」
日が暮れ、訓練が終わり、寮に戻ると、コアカさんが出入口のところでこちらを出迎えるかのように立っていた。
「……もしかして出迎える為に待ってたの?」と僕は訊ねる。
カナ・ニサンは僕の腕にしがみ付いた状態で、僕の後ろに隠れている。
「違いますよ。お風呂上りに少し涼んでいただけです。随分と自分に都合のいい考え方をしていらっしゃるようですね。プレイボーイさん」
確かに、よく見れば湯上りだ。
湯上りコアカさんは僕の隣に……後ろに隠れているカナ・ニサンをチラリと見ながら言った。
「それじゃおめでとうございますってのは、どういう意味?」
「貴方の表情とカナさんの態度から、ボディガードとして認められたのが一目瞭然だからですよ。ああ、そうだ。それならわたしも貴方をボディガードとして認めなければなりませんね」
コアカさんがそう言って、手を差し出す。カードを出せという意味だろう。
僕はカードを手渡した。コアカさんはそれを受け取り、カードの表面に指を当てる。
瞬間、カードが光り、二つ目の印が刻まれた。
「どうぞ」コアカさんがカードを返してくれる。
僕はそれを受け取り、念の為にと確認してみる。
「おぉ、二つ目」
ちゃんと印がついている。二つ目だ。名前もコアカ・ファルゴときちんと記されている。
「これで二つ目ですね。おめでとうございます。ヒオカさんとクリネさんのところにも顔を出したらちゃんと捺してくれるでしょう。残りは、ほぼ一つと言ってもいいですね」
「…………ヤオ・ワンだな。ああそういや、昨日行ったら、作戦通りに上手くいったよ」
「ほう。それはおめでとうございます。彼女なら、煽れば簡単に乗ってくれるのは分かってましたから。むしろ、話を始めるまでが大変じゃありませんでしたか」
「見てきたように言うね。ホントその通りだったよ」
不意にカナ・ニサンの僕の腕を掴む力が強まる。
「どうしたの?」
僕がカナ・ニサンの方を振り向くと、彼女は何か言いたげだが、でも何も言わずに、ふるふると震えながら俯いていた。
それを見てコアカさんが言った。
「あぁ、すいません。別に彼に対しては何も思ってませんから安心してください。状況によってはカナさんの応援だってしますよ。ですからこちらに敵意を向けるのはやめてください」
「ん? 敵意?」
どういう事だろうと、カナ・ニサンの顔を覗き込もうとするが、彼女は僕から離れ、そっぽを向いた。
「よく分からないけど、僕は嫌われたって事?」
「さて、どうでしょうね」
コアカさんは何故だか愉悦のに歪んだ笑みを浮かべている。ちょっと腹立たしい。
「それじゃ、ワタシは嫌われないようさっさと退散しますね。失礼します」
コアカさんはそう言って、颯爽と寮内の奥へ歩いていく。僕達はその背中を見送る。
彼女の背中が見えなくなったところで、カナ・ニサンが僕の後ろから横へと移動した。
「なんなの、キミは……」
仲間にしては随分と距離感があるようだけど。てか最初、理事長室で会った時はこんなんじゃなかったような…………。
カナ・ニサンは僕の腕に抱き着きながら、絶対離さないと言わんばかりの意思を見せつける。
「とりあえずコアカさんの言う通り、他の人達のところに認めてもらったっていう印を貰いに行こうと思うんだけど…………カナさんも来る?」
カナ・ニサンは少し迷った後、こくりと頷いた。
ならそのままカナ・ニサンを連れて、他の人達のところに行くとしよう。
最初に行くのは、一階奥の部屋のクリネさん。だが、扉をノックしても出る気配がない。
チート能力で気配を察知したいところだけど、チート能力に気配察知能力についてはやや微妙なところで、五感は鋭いけど、第六感は元々の僕準拠みたいなところがある。
そんで僕が元々備えてる第六感はその時の状況や気分や集中力などで大きく変動するから、あまり頼りにならない。
ピンと来るときは来るんだけど、それ以外はまるでダメだ。
空腹時のサイ●人(少年時代)くらいダメダメだ。
まぁ、そんな事をしなくても、クリネさんはカナ・ニサンと違って居留守を使うような人ではないと分かってるので、ノックをして出て来なければいないって事になる。
「もしかしたら今、お風呂かも」
とカナ・ニサンがぼそっと呟き、ああ、それだと直感する。
「なら、お風呂に行かないとね」
そう言ってお風呂に向かおうとすると、カナ・ニサンが僕の頬を引っ張ってきた。腕じゃなく頬。
「痛い痛い冗談です。ごめんなさい」
頬肉がギチギチいって顔面の皮膚から引き千切れんとするくらいに引っ張られたので、僕は断念し、謝罪をする。
「もしかして私が止めなかったら、本当に行くつもりだった……?」
「うん」
結構マジで。
というのも、クリネさんが入浴中で裸になってるという可能性が頭から抜け落ちてたからだ。
下心なしの素で。
だからたまに、自分が天然なんだなって思う時がある。
普通に考えたら気付く事に気付かなかったりとか。
基本的にアホではあるから。
そのせいだろうか。
「痛い痛い痛い痛い痛いっ」
ともあれ、カナ・ニサンが僕の頬を更に引っ張り、僕は自分の愚かさを反省する羽目となった。
「痛い痛い。ホントすいませんでした。ごめんなさい。許してください」
ブチィッ。
クリネさんが留守という事なので、お次はヒオカさんとなった。
だが、次がヒオカさんだという事に気付くと、途端にカナ・ニサンの身体が固くなった。
さっきまで女の子特有の柔らかい感触が腕に拡がってたというのに、ヒオカさんのところに向かうのが分かると、そのお肉がレンチン前の冷えたお肉みたいになってしまった。
心なしか体温も下がってる気がする。
運動部の試合でお情けで出されたベンチウォーマーみたいだ。
どうしてかと思うが、すぐにカナ・ニサンがヒオカさんの妹である事を思い出す。
姉妹という事なら、何かしら思うところがあるのだろう。
ヒオカさんの方は妹と仲良くしたいと言っていたが、カナ・ニサンの方がどうもそんな単純な言葉で表せないような感情を持っている感じだ。
「お姉さんの事が嫌いなの?」
尋ねると、カナ・ニサンはビクッと肩を震わせた後に、首を横に振った。
怖がってるのだろうか。
別にヒオカさんは怖い人ではないと思うのだが。
もしかすると妹の前だけでは態度が一変し、恐怖の姉となるのだろうか。
世の一般的な兄弟もそういうところがあるみたいだし。
姉妹もそういう事があるのかもしれない。
「どうする? ついてくるのをやめる?」
カナ・ニサンは固まったままだった。
暫く待っても、特に変化が起きる様子もなさそうだ。
面倒くさくなってきたので、僕はカナ・ニサンを引っ張りながら、ヒオカさんのところに向かう。
カナ・ニサンを引っ張る時は、まるで散歩中の犬(別のところに行きたい時)みたいに、ずるずると引き摺らざるをえなかった。
引き摺られてるカナ・ニサンはものすごく哀れな感じだった。
ここが廊下ではなく外だったら、砂やらコンクリートのザラザラでカナ・ニサンのお腹、太股辺りが傷だらけになってた事だろう。
階段を上る時は屋内でも痛そうだったけど。
「ふぇっ」
「泣くくらいなら付いてこなければいいのに」
そういう訳にもいかないのだろう。
そこら辺の感情の機微は僕にはよく分からないが、面倒くさいところだけは僕に似ている。
203号室前まで行き、扉をノックする。
ヒオカさんが出てくるのを、おそらく涙目になってるであろうカナ・ニサンと一緒に待つ。
すぐに反応があった。
「はーい」と朗らかな返事。
ヒオカさんが扉を開ける。
「お」
と僕のかを見て声を上げ、
「おや?」
と僕の後ろの人物を見て、疑問符を出す。
「…………」
「…………」
僕とヒオカさんが見合う。少しの沈黙の後、
「…………仲良くなったみたいだね」
とヒオカさんが安心したような顔を見せる。
ただ、どことなく寂しげにも見える。
「そうですね。趣味が合うのが分かると、意外と簡単に心を開いてくれますよオブゥッ」
直後、カナ・ニサンからの膝蹴りが脇腹に入った。
ヒオカさんはそれを見て一瞬目を丸くした後、
「わはははっ」と快活に笑った。
「本当に仲良くなったみたいだね」
「そうですね」
ま、グラハム様という白馬の王子様の代わりに懐いてるだけだけど。
もう少し言うと、王子様に片思いしている貴族のお嬢様が、ストレスのはけ口に執事に当たってるような図である。
言ってしまえば、空想の存在に負けてる訳だ。涙。
「それで用件は? もしかしてボクの部屋に上がりたくなったからかい? お茶なら出すよ。それともまたあのハンバーガーを食べたくなったのかい?」
「違う」
と僕ではなく、カナ・ニサンが否定の言葉を発する。
「ゴンベー君は、お姉ちゃんに印を貰いに来ただけ。だから部屋に上がらないし、お茶もハンバーガーもいらない」
「そうなのかい……」
ヒオカさんは少し残念そうだった。
「でもまぁ、そういう事なら悪いけど、断らざるをえないかな。ボクがゴンベー君を認めるのは、カナが認めた後って決めてるからね。印をつけるのはカナが付けてからさ」
「いや、だから、私が印を上げたから、お姉ちゃんに印を貰いに来たんだってば。相変わらず察しが悪いよね」
確かに察しが悪いかもしれないが、妹の方は口が悪い。
ずっと僕の後ろに隠れてるくせして、なんでこんなに偉そうなんだ。
「ああ、そうなのかい」とヒオカさん。
「あ、だからそんなに打ち解けてるのか」
「そうですね」
本当に察しが悪い。
相変わらずポンコツさんである。
「それで、何の用だったかな?」
「…………」
記憶力も悪い。
ポンコツっていうよりも痴呆が始まってそうだ。
本当に大丈夫なのか。この人。
こういうところを見ると、妹ならこういうところに苛立つのも仕方ないかと思えてくる。
悪い人ではないのだけど。
それでも、それだけで納得できないだろうとも思う。
「印」
とカナ・ニサンが苛立ちを隠せてない声で言う。
「ああ、そうだった。すまない」
「ほら、ゴンベー君もカードを出して」
「あ、はい。すいません」
僕は後ろのカナ・ニサンに謝りながらポケットの中のカードを取り出す。
そしてそれをヒオカさんに渡す。
「指で押せばいいんだったかな?」
ヒオカさんが念を押すように尋ねる。
「見れば分かるでしょ」
そうなのか? 僕は分かんなかったけど。
ヒオカさんがカードに指を推し、カードが発光する。
「ふむ。できた」
とヒオカさんが出来栄えを見て、納得を示し、僕にカードを返す。
カードには確かに印が付いていた。
ヒオカ・ニサンという名前と共に、印が記載されていた。
「…………これでよし」
ヒオカさんがカードを返す。僕はそれを受け取り、ポケットの中に仕舞いこむ。
「残りは二人。クリネさんとヤオ・ワンか。クリネさんは明日会えばいいから、後はヤオ・ワンだな。そっちは明後日に試合するから、それに勝てばいいだけだし。大丈夫かな」
「ほう。明後日試合するんだね。何処でするんだい?」
「あ、それについては考えてなかった……確かこの学校には魔闘場ってあるんですよね。予約ってできるのかな。今からでも場所が取れたりできるんですかね?」
ヒオカさんは妹の様子をチラチラ見ながら、
「うん。たぶん明日でも大丈夫だと思うよ。というか今の時間じゃ受け付けやってないと思うから、どちらにせよ明日だね。余程の事がない限り、魔闘場の予約が埋まる事はないからそこは安心していいかな」
「そうなの?」
僕はカナ・ニサンの方を見る。彼女は首肯を繰り返していた。
という事は、彼女も今の姉の言う事に間違いがないと思ってるようだ。
「…………ボクの言う事はあまり信用がないみたいだね」
「すいません」
でもこれまで散々なポンコツ振りを発揮してたからこれは仕方ない事だと思う。
ただ、今のツッコミは、ポンコツさんの割には意外と鋭い指摘ではないだろうか。
ヒオカさんにはヒオカさんなりの得意分野とかあるのかもしれない。
鋭い部分と鈍感な部分みたいな。
「それじゃ、今日はこれでお終いなのかな」とヒオカさん。
「そうですね。今日はもう他にする事がないから、お風呂に入って寝るだけです」
「そうかい。カナはもうお風呂に入ったのかい?」
「お姉ちゃんには関係ないでしょ」
姉にはツンと態度のカナ・ニサン。
でも、最初に比べたらだいぶ距離が近付いた、いや、戻ったのではないかと思う。
「猫みたいで可愛いよね」
とご満悦そうに笑みを浮かべるヒオカさんと、
「ふんっ」とそっぽを向くカナ・ニサン。
「……一応これも一件落着なのかな」
家具デートの時の相談。妹の事を心配していたヒオカさんだったが、この調子なら大丈夫そうだ。
それじゃ、とヒオカさんに別れを告げて、ずっと腕にくっついていたカナ・ニサンもひっぺがえして、僕は自室に戻る。
さっきも言った通り、今日はもう、お風呂に入って寝るだけだ。
明日は明後日の準備で、本番は明日。
頑張ろう。
◆
あ、ちなみにカナ・ニサンとお風呂でドッキリイベントはありました。
省略するけど。




