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〇〇は誰だ  作者: 北崎世道
一章
16/43

ブタ女

本当にすいませんでした

 人って言っても、家具だけどね。


 女の子じゃなくて家具だけどね。


 家具が壊されただけなんだけどね。


 殺されたんじゃなくて壊されただけなんだけどね。


 人というのは、家具屋の店長サムさんの家具への認識、愛情を表した言葉で、実際には何の命も奪われていない。

 家具は木材であり、木材は植物、そして植物を命と捉えるならその限りではないが、ごく一般的な考え方で捉えたら、別に何の命も奪われていない。

 さっきも言った通り、家具が壊されただけだ。


 そう。

 家具が破壊されただけなのだ。


 しかし、それだけと言うにはこの所業はあまりに非人道的過ぎる。

 今日購入した家具はどれもサムさんの愛情をめいっぱい注がれていた大切なモノだ。

 それこそ家族と呼ぶくらいに大事だった。

 僕だってその価値観に感銘を受けて、家具のひとつひとつに女の子の名前を付けたぐらいだ。

 これから家族になろうね。なんて思ったりもしたのだ。

 だから、僕の部屋で人が死んでいたというのもあながち嘘ではない。

 嘘ではないのだ。

 うん。

 きっと。

 そう。

 たぶん……。

 その筈……。

 ギリギリで……。

 嘘にはならない…………筈だ。

 てか、そういう事にしておいてください。

 お願いします。


 そんな訳で、僕の部屋に人が死んでたってのは嘘になるけど(おい)、それでも家具が壊されてたってのは覆しようのない事実だ。


 サムさんの事を考えたら、この惨状はものすごく胸が締め付けられる。

 彼にたった数時間で家族とも呼べる家具を壊されただなんて、とてもじゃないが言えない。

 口が裂けたって無理だ。

 僕自身、とても悲しい想いで胸がいっぱいである。


 僕は頭を抱えた。

 それと頭を抱えてたら、なんだか吐き気が込み上げてきた。

 悲しみに暮れるあまりに吐き気だろうか。

 いや違う。

 確かにそれも原因の一つかもしれないが、それよりももっと直接的な原因があった。

 考えるまでもない。


 部屋の中が腐臭で満ちているせいだ。


 しかし、どうしてだ。どうして腐臭がするのか。

 家具が壊されてるからって、腐臭が出てくるのはおかしい。

 理屈に合わない。

 まさか家具は生モノだったか。


 違った。

 よく見ると、部屋の中には執拗に壊された家具以外に、得体の知れない赤黒いモノが散乱していた。

 これはなんだろうか。

 しゃがみ込んで確認しても、よく判らない。

 もしかして本物の死体とかだろうか。

 いや、違う。

 臭いの源はこの赤黒い半液状のモノというのは確かだが、どうにも死体とかではなさそうだ。

 肉片っぽくないし。

 それにいくら得体の知れないモノとはいえ、死体かどうかくらいは、死体初心者の僕でも見分けがつく。

 これは間違いなく人間の死体ではない。

 なら何かと問われると、答えに困るのだが。


 しかしどうしよう。


 突然の惨状にうまく頭が回らない。

 これは一体どうしたものか。 

 しかも、思い出してみれば、この部屋には鍵が掛かっていた。

 あおり止めという合鍵とかない超原始的な鍵で、この部屋の扉は施錠されていた。

 念の為、窓も見てみるけど普通に鍵が掛かっている。


 つまりは密室だ。


「おいおい密室って……ミステリー小説かよ」

 という事は僕が探偵だろうか。


 しかし、ミステリー小説を読んで犯人判明するところでの感想が、「誰だこいつ?」となる僕に、とてもじゃないが探偵役が勤まるとは思えない。


 僕なんか、探偵じゃなくてそこで見るも無残に破壊されてる魔力仕様の扇風機役(名前はスクリューちゃん)の方がお似合いだ。

 脳みそよりも股間を回転させる方が得意だし。


 まったくもって、どうやって犯人がこの密室を作り出したのか分からない。

 見当もつかない。

 そもそも密室というのは被害者が犯人、つまり自殺と思わせる為に仕組むものであって、家具が壊されてる今回のケースには含まれない。


 いや、もしかすると本当に家具の自殺なのかもしれない。

 って、そんな訳あるか。


 ……でも、なんかもう、感情がぐっちゃぐちゃになって、犯人探しとかしたくなくなる。

 全てに嫌気が差す。

 現実から目を背けたくなる。

 このまま何もなかった事にしておこうかな、って考えてしまう。


「……………………」


 本当にそうしちゃおうかな。


 ああ、駄目だ駄目だ駄目だ。

 ちょっとドストレートな悪意をぶつけられて、どうにも心が弱ってる。

 精神がまいってしまっている。

 僕はそこまで打たれ強くないから、ガチガチにへこんでしまっている。

 下手くそな比喩すら思いつかないくらいに。


 とりあえず、犯人探しをどうするかとかは置いといて、まずはこの惨状をどうにかしよう。


 てか、片付けよう。


 できれば誰にも知られないように。

 特にヒオカさんには絶対知られないように。

 本当に死体を処理してるかのように片付けよう。

 なんというか、僕はこういう自分の不幸を誰かに知られるのは、あまり好きではない。

 てか嫌い。

 誰にも自分の事を知られたくないタイプだ。

 殻に引き籠る系男子なのだ。

 それに、こうなるともう誰も信じられないという想いが出てくる。


 これはメタな考え方ではあるが、こういう状況では犯人はあの五人の中にいる可能性が高い。

 あえてメタ読みを外してそれ以外の人物、外部犯とかブルババとか、これまで会ってきたモブらの中に犯人がいるという可能性もあるにはあるけど、それでもあの五人が容疑者筆頭である事に変わりはない。

 五人が信じられないなら、他の全く関わりのない人間が信じられるって道理もある訳がない。


 つまりもう僕は誰も信じられない。

 心の弱い僕は、もう誰も信じる事ができないのだ。


 ん?


 …………いや待て。違う。誰もじゃない。


 落ち着いて考えてみれば、一人だけ信じる事が出来る人がいる。 


 そうだ。彼女だけは信じられる。


 信じられる人が一人だけでもいるって気付くと、少しだけ気持ちが楽になる。


 何もかもがぐちゃぐちゃになった部屋の中、少し落ち着いた僕はベッドに寝転んだ。


 …………そういえば、家具が壊されたとは言ったが、厳密には全ての家具が壊された訳ではない。

 無事なのが三つだけある。

 ベッドと机、それと壁に固定されたタンスは無事だ。

 この三つの共通点は分かる。

 最初からこの部屋に備え付けられていた家具だ。


 逆に言えば、今日家具屋さんで購入した家具は、全て壊されている事になる。


 一応、何を買ったのか覚えてはいるけど、それでもここまで執拗に破壊され、そしてそれらの残骸がしっちゃかめっちゃかに混ざり合ってるこの惨状を見ると、今日購入した家具が何だったのかを思い出すのは、どうしても無意味に感じてしまう。

 それだけこの惨状は酷いものだという事だ。


 一体、どうして犯人はこんな事をしたのだろう。


 ここまで執拗な破壊となると、余程の恨みを買っていたのか。

 僕はそれ程までに罪深い事をしたのだろうか。

 それとも…………。


「…………これ以上、考えるのはやめておこう」


 とりあえず明日だ。明日にしよう。


 僕は一人で部屋の片づけを行った後、唯一信じられる人物の為に準備を始めた。



 ◆



 孤独というのはその人の何かを歪めてしまう。

 自分は大丈夫だと思いながらも、知らず知らずのうちに歪んでしまう。


 例えるなら山の中で遭難するようなものか。

 何も目印がない状態で真っ直ぐ歩こうとしても、少しずつ曲がって、結果、ぐるぐると同じところを回ってしまう、アレに近いんじゃないかと思う。


 世界に比べて個人の視野は狭い。


 他人から見たら自分はどう見えるのかと、どれだけ客観視を心掛けても、独りの眼ではどうしても限界がある。

 世界の広さは人それぞれ感じ方は違うが、世界の数は誰にとっても膨大だ。

 膨大であり、一つだ。


 膨大な数を一まとめにした混沌。人間社会。

 それを独りで歩き続けるのは大変きつい。

 無理をし続ければ当然、歪みが発生する。

 自分自身では気付かない、もしくは気付きにくい歪みだ。


 だから人々は誰かと手を繋ぎ、誰かと一緒に歩いていくのだろう。

 それが発展し、家庭を作り、社会を形成し、世界が生まれていく。

 たとえ道を誤っても、皆がいれば、誰かが過ちに気付き、指摘してくれるし、時には新たな道だって切り開かれる。


 だけど、独りでは無理だ。

 過ちに気付きにくいし、気付けても引き返せない事の方が多い。

 新たな道を切り開いたところで、基本的には誰からも受け入れられない。

 余程偉大な人物であればその限りではないかもしれないが。そういうのは独りとは言えない。

 道というのは沢山の人が歩く事で創り出されるもので、独りの足跡だけでは道とは呼べないのだ。


 ────ここに、とある人物の生涯について綴られた本がある。


 そいつはとても優秀で、誰からも慕われていた。

 彼が新たな道を切り開くと、皆がその後を追った。

 道として受け入れられた。


 彼の名はグラハム・ベントレー。後に英雄として祀り上げられる男だ。


 この本には彼の生涯が物語として語られてある。

 おそらくその内容の大半はフィクションだろう。

 いや、間違いなくフィクションだ。

 というのもこれは、主人公の女の子がヒーロー役であるグラハムに求愛されたりする本で、ぶっちゃけると少女漫画みたいなもんだ。

 小説だけど。


「…………」


 えっと、この場合は夢小説と言うのだろうか。

 そこら辺にはあまり詳しくはないが、とりあえずグラハムさんが元の世界でなら男体化信長とかそういう扱いなのは、なんとなく判った。

 …………あれ? 僕、今なにかおかしい事を言ったような……? まぁいいか。


 ともかく僕はこの本を一晩掛けて読んだ。

 一冊を読み切った。

 これは中々に苦しかった。

 一晩が一晩くらいに感じた。

 意外と物語がしっかりしていて、楽しくはあったが、それでも俺様系のイケメンが主人公兼語り部である女の子にダメだしみたいなツンデレかますところは、見ていてサブいぼが止まらず、吐き気も催して、結果的に±0となって、楽しい地獄みたいな感じになった。

 SAN値が5くらい減った。


 閑話休題。


 僕は一晩掛けて、俺様系英雄グラハムさんの小説を読んだ。

 読み切った。

 中々にキツイ体験ではあったが、これでどうにか彼女とお近づきになるきっかけを作ったと考えれば、そう悪い事でもないと思った。

 ただ、SAN値5減らした甲斐があったと思えるかどうかは、結果次第だ。

 世の中、何でも結果次第だ。

 過程が大事だという人もいるけど、自分以外に過程を見てくれる人はそうはいない。

 友達のいないぼっちには皆無と言っていい。

 人によっては自分すら過程を見ない事もあるぐらいだ。

 ストイックな人だったり。

 あるいは自虐的な人だったり。


 本を読み終えた頃には既に朝日が昇り始めていたので、僕はそのまま眠らずに朝の支度を整えた。

 異世界に来て、チート能力のおかげか、もしくは身体が別人のものに入れ替わってるせいか。とにかく体力が有り余っている。

 一晩二晩徹夜しても、然程辛くないぐらいにタフになっている。

 なので眠気はそれほどでもない。

 それよりも家具を壊された件で、精神的にまいってるくらいだ。


 物理的にすっきりした自室で朝の支度を整え、朝食の為に食堂に向かう。

 まだまだ早い時間帯なので食事に来ている生徒はまばらだ。

 それらの生徒が頼むメニューを確認してから、食堂のおばちゃんに注文する。


 この食堂は朝早ければ早いほど、人気メニューが余って、時間が経つにつれてどんどん不味いメニューしか残らないよう調整されてある。

 昨日、デート前にヒオカさんから教わった事だ。


 食事を終えたら、目的の場所に向かう。

 が、まだそこは開いていなかった。

 開館時間まで二時間以上あったので、とりあえず僕は自室ではなくブルババのいる理事長室に向かう事にする。


 自室に戻るのはやはり気が進まなかった。

 読書で気分転換したものの、まだ、あまり気が進まない。

 なので代わりに理事長室だ。


 まだ朝早くではあったが、理事長室にブルババは居た。

 朝から仕事熱心なババアだなと感心した。


「おや? 朝早くからご苦労なこったね。何か用事かい?」


 僕を見るなり、ブルババも相手に感心したような言葉を吐いた。


「うーん。そういう訳じゃないけど…………」


 僕の曖昧な反応にブルババが目を光らせ、


「なにがあったんだい?」

 と、確信を持った口調で問い詰めてくる。


 僕は、それなりに沈黙が得意な方だけど、問い詰められた場合はその限りではない。

 嘘も誤魔化す事も苦手な僕は、問い詰められるとすぐにゲロしてしまう。

 沈黙が得意というのはあくまでお喋りではないという意味だ。

 なので、つい吐いてしまった。

 自室で家具が壊された件を全てゲロってしまった。


 ただ、話している途中で僕は、ブルババは疑うに値しないと思った。


 ブルババには、僕の部屋の家具を壊す理由がない。

 というよりも、ブルババならたとえどんな目的があろうとも、こんな手段は使わないと思った。


 何故なら、こんなやり方では弱みがうまれてしまうからだ。

 やるなら堂々と。弱みが出ないカタチで、だ。

 権力者だからこそ取れる手段は無数にあるだろう。

 こんな真似をするほどブルババは愚か者ではない。

 それぐらいの事はアンポンタンな僕でも判る。


「────という訳なんだ」


「ふむ」

 僕の説明を聞いた後、ブルババが言った。

「あんたの言う事が正しいなら、その件については容疑者が六人に限られてるね」


「六人っていうと? まずはあの五人?」


 ヤオ・ワン、ヒオカさん、カナ・ニサン、クリネさん、コアカさん、の五人。


「それとアタシさね」

 当然のようにブルババは自分を容疑者に加えた。


「外部犯はあり得ないって事?」


「そうだね。理由だってちゃんとあるさ。初めてあんたを寮に案内した時の事を覚えてるかい?」


「うーん。うっすらと」


「あの時、寮の前で魔法陣を起動させた事は?」


「…………ああ、そういえばそういう事があったような」


「あんたがアタシにキスされると思って、滅茶苦茶ビビッてただろ」


「思い出したけど、思い出したくなかったな」


 アレはものすごく怖かった。死ぬのより怖かった覚えがある。


「アレは防犯用の警報魔法だよ。寮の建物内に、アタシが認めた奴以外の人間が侵入すれば、アタシのところに通知が来るようになってる。昨日、そういう通知は来なかったから間違いない。あの五人が客人を招待したという可能性も考えなくていい」


「どうにかして侵入する事は……?」


「無理だね。少なくとも学生レベルでは絶対に不可能さね。

 アレは侵入者を防ぐ力がない代わりに、侵入した者を見逃さない効果に特化しているんだ。

 アレを無効化して侵入するくらいなら、アタシの方に直接出向いて、アタシを殺したりする方が百倍手っ取り早いさね。

 だからアタシが認めたあの五人に、あんた視点ではアタシが嘘を付いてる可能性も含めて計六人だね」


「…………だったら、僕は含めるべきなんじゃ?」


「含めなくていいさ」とブルババは言う。

「そりゃあ確かにあんた以外の視点では、あんたを含める必要があるが、この件で犯人探しをする必要があるのはあんただけだよ。だから、あんたは含めなくていいさ。

 ────探偵はあんた一人だってきちんと認識しときな」


「…………分かった」


 今回の件に警察とかは介入しない。これはあくまで個人的な事だ。


 それを忘れないでおこう。


「勿論、あんたがアタシを信じると言うなら、アタシを容疑者に含めなくてもいいさ」


「そうだなぁ…………ま、考えておくよ」


 とまぁそんな感じで、ブルババの情報から容疑者がはっきりと定められてしまった。


 ヤオ・ワン。ヒオカさん。カナ・ニサン。クリネさん。コアカさん。ブルババ。


 以上六人が容疑者で、外部犯の可能性は限りなく低い。


 個人的にはヒオカさんの信者とかが怪しいと思ってたけど、どうやらその可能性はなさそうだ。

 あくまで六人。ボディガード対象の五人とブルババ、計六人。


 ブルババはさっきいった理由で除外できるので実質五人。


 どうしよう。


 なんだか辛くなってきちゃったよ。



 ◆



「ほら、小遣いだ。ヒオカ・ニサンに家具を買わされて、金がなくなったんだろう?」


 六人の中に犯人がいる、とはっきり分かってから一時間以上が経過した頃、突然ブルババがそう言って、見覚えのある封筒を渡してきた。


「中身は前回と同じさね」


「いいの? もしかして貸しで、利子がトイチとか言わないよね?」


「小遣いだって言っただろう? 純粋にくれてやるって言ってんのさ」


「…………何が目的?」


「疑り深い奴だね。いらないなら返してもらうよ」


「いらないとは言ってないだろ」


 僕はブルババの手からお金の入った封筒をふんだくる。


 ちょっと我ながら失礼だと思ったら、ブルババに頭を叩かれた。


「文句あるかい?」とブルババ。

 若干むすっとしている。少し意外だ。


「いいえ。滅相もございません」


 僕は素直に頭を下げる。咄嗟にしたこととはいえ、こればかりは僕が悪い。


 悪いと思ったら、素直に謝らないといけない。これは人として当然の事だ。


「何もかも安易に信じろとは言わないが、せめて他人の厚意を無下にするんじゃないよ」


「はい。ホントすいませんでした」


 やれやれ、とブルババがため息を吐く。


「一応、自分の非を認めるくらいには賢いんだね」


「賢いとは違うような気もするけど…………まぁ、そうなるのかな」


 確かに、元の世界での馬鹿は自分の過ちを認めないタイプが多い気がする。

 素直 = 賢いとは違うと思うけど。

 それでも、馬鹿な奴ほど自己正当化の屁理屈ばかりこねてると思う。


 僕は、ふっと息を吐いてから、

「それじゃ。そろそろ時間だから行くわ」


「ああ、唯一、信用できるコだっけ。頑張っておいで」


 僕がこれからやろうとしている事を知っているブルババが、応援の言葉をくれる。

 ババアの応援なんて1ジンバブエドルくらいの価値しかねぇよと思わなくもないけど、裏のない善意の言葉なので一応は感謝しておく。


 理事長室を出る。

 目的地はいつもお決まり、例の場所だ。


 右手に昨日の戦利品を、胸には極大の不安を抱え、独りで歩く。


 目的地に彼女はいるだろうか。

 いたらどうやって話を切り出そうか。

 その為の準備は一晩掛けて行ってきたが、成功するだろうか。

 考えるだけで、胸の中には工場排水のような暗雲が立ち込める。


 今回の家具の件で、容疑者でありながら唯一それから除外できる彼女。


 すれ違う学園の生徒を横目に見ながら、僕は進む。


 目的地まではそう遠くない。

 理事長室のある校舎から屋外に出て、それから道なりに進めば、五分で着く。 


 空を見る。

 青く、高い空。

 雲一つない晴天。

 爽やかな風がさらりとこちらの肌を撫でていく。

 こんな状況でなければ、きっと気持ちよく日向ぼっこでもできただろう。

 硬いコンクリートの道のすぐ横にはおあつらえ向きの広場がある。

 青く若々しい草木が並び、そこには先客の学生たちが座ったり、寝転んだり、思い思いの時間を過ごしている。


 前言撤回。

 こんなに先客が居たら、僕は気持ちよく日向ぼっこなんてできない。

 きっと彼女もそうだろう。

 僕に一番近い彼女。


 目的地が近付くにつれ、どんどん鼓動が高鳴ってくる。

 ここまで緊張する必要はない筈なのに、小心者の僕には緊張を止める術はない。


 大丈夫大丈夫。と自分に言い聞かす。

 何故なら、相手は五人の中で一番僕と気が合いそうな女の子。

 これまでろくに話もできてないけど、きっかけさえ掴めれば、きっと無問題。

 その為の準備はやってきた。


 だが、ふと気づく。


 彼女の真実。


 これまで集めてきた彼女の情報が、どれも僕が彼女の外見から一方的にこうだと決めつけた、ただの印象でしかない事に。


 それらが全て僕の都合のいい妄想と何ら違わない事に。


 僕みたいな薄っぺらい人間が、一体彼女の何を見抜いたというのだろうか。


 同類と感じた?

 僕程度の観察眼で、どうしてそれを正解だと言えるのか。


 不安から免れる為に拠り所にしてきた情報が、いざ本番を前に手のひらを返し、牙を剥いてきた。


 駄目だ駄目だ、今更そんな事に気付いたところでどうしようもない。

 計画通りに事を進めるしかない。

 ここに来るまでに何度もシミュレーションをやって…………いや、シミュレーションを何度もやったところで、僕が本番で成功する訳がない。

 これまでの人生だってそうだっただろう。

 何を今更、成功すると思ってるんだか。

 馬鹿じゃないのか、自分。


「…………ッ」


 いや待て。違うだろう、自分。

 そうじゃないだろう、自分。


 失敗が目に見えている。だとしても、もうやるしかない。


 考えてみれば、いくら失敗の可能性が高いからといって、それから逃げる事が一体何の解決になるのか。

 失敗は成功の母とか言うし。冒険するしかないんじゃないか。

 勇気を出して挑戦するのが男じゃないか。

 この世界に来て、変わろうと決心したじゃないか。


 こういう時は、成功する為に動くのではなく、失敗する為に動くぐらいの気持ちで行くべきだ。

 失敗の黒歴史が増えても仕方ない。

 嫌な思い出ばかりが増えたって、それらは成功の為の必要経費。

 悶えたくなるような失敗の思い出は、できるだけ減らすように心がけるのではなく、それらを笑い飛ばすだけの心の強さで受け止めるべきなのだ。


「…………よし」


 頬を叩き、覚悟を決め、いざ目的の建物に入る。


 朝なので、そこはまだ開館したばかりで、まだ利用者は少ない。

 だが、彼女がいる可能性は高い。

 ブルババから彼女の時間割を聞いた。

 彼女はこの時間講義はない。

 あっても基本的に彼女は課題で済ます。

 対象となる課題で出席を肩代わりできるなら、座学が優秀な彼女はそれで済ます。


 僕は、本が多くて静かな室内を見渡し、対象の彼女を探す。


 …………いた。目的の彼女。

 女子力を捨てたパンツを履いた少女。

 瞳よりもパンツ越しの股間の方が見た時間が多いであろう女の子。


 ヒオカ・ニサンの妹である彼女は、図書館のいつもの席でいつものように読書に励んでいる。


 僕はそっと近付いてから、彼女の顎をいきなり掴んで、こう言う。



「────おい、そこの。俺様に挨拶はどうした。この役立たずのブタ女」



 カナ・ニサンが泣いた。



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