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〇〇は誰だ  作者: 北崎世道
一章
14/43

ムキムキパンチパーマ

 陰キャ = 友達がいない、ではない。

 そんな事は分かっている。百も承知だ。

 陰キャには陰キャなりのコミュニケーションがあり、コミュニティがある。

 そういうところでなら、彼らは自由に活動できる。

 特にインターネットが発達、普及した現代社会なら、同好の士が集まりやすくなって、ますます活動の場が広がっている。

 だから、陰キャ = 友達がいない、という認識は誤りだ。

 間違っているのだ。


 …………だからといって、僕に友達がいないのは純然たる事実なので、説得力を感じないかもしれないけれど。


 どれだけコミュニティが発達しようと、拡がったりしようと、そういうところですらうまく場に交われない輩は出てくるものだ。

 それが僕だ。


 たぶん、僕が勇気を出せば、そういうコミュニティにも加わる事はできる筈だ。

 自分で言うのはちょっと恥ずかしいが、僕はそれほど攻撃的な性格ではないし、活発でもない。

 だから、よほど排他的な場所でない限り、たぶん普通に入れると思う。

 ただ、僕が勝手に疎外感を覚えて、入る事は出来てもうまく混ざり切れないだけだ。


 …………まぁ、僕がぼっちな理由はどうでもいい。

 それよりも論点はカナ・ニサンとどう仲良くなるかだ。カナ・ニサンは見たところ陰キャぼっちではあるが、それは細かく見ていくと一体どういう陰キャぼっちなのか。

 それについて考えてみよう。


 まずこの世界にインターネットはない。たぶん。

 少なくとも元の世界のような普及はしていない。

 なので、ネット上で同じような人間が集まるコミュニティが存在しない。

 もしもこの世界にネットがあればカナ・ニサンはそういうコミュニティに加わる事ができるタイプの陰キャなのか。

 むしろそういうコミュニティ内では積極的に皆を引っ張っていくタイプなのか。

 もしくは僕と同じように同好の士が集まるようなところでも全然輪に加わる事の出来ない、生粋のぼっちなのか。

 カナ・ニサンに近付く為にはそういう事も知っておいた方がいいと思う。


 前述の通り、陰キャと言っても、全ての陰キャが同じタイプという訳ではない。

 陰キャ同士なら積極的になれるタイプもあれば、全然そうではないタイプもいる。

 そもそも、陰キャが全員同じ趣味をしているという訳ではない。

 元の世界では数多のサブカルチャーが発達、発展している。

 そしてそこには、数多くの譲れない咎やら業やら闇を抱えた輩が、それこそ世界人口を越えるレベルで存在してるんじゃねぇか、ってくらいいる。

 たぶん譲れない咎を複数抱えた輩が複数いるのが原因なんだろう。


 ともあれ、陰キャが全員同じタイプではないどころか、同じ趣味ではない。

 てか、そんな、砂糖は甘いレベルで当たり前な事を言う為に僕はこんなクソ無駄な前置きをしていたというのか。

 我ながらアホだな。


 とにかく僕が言いたいのは、陰キャぼっちだからといって、カナ・ニサンが僕と同じようなタイプではないという事だ。


 ────だから僕は後悔していた。

 カナ・ニサンの姉であるヒオカさんこと、ヒオカ・ニサンの前で、カナ・ニサンと仲良くなってみせます、と大見えを切ってしまった事を深く後悔していた。


「あーうー」


「大丈夫かい? なんだかさっきから随分悩んでいるようだが……」


 前回から状況はほとんど変わっておらず、家具を買わされた美人局デートの帰り道。

 僕は隣にヒオカさんが心配しているにも関わらず、一人で頭を抱えていた。


「い、いえ大丈夫です。ちょっと右手と左足の区別がつかなくなっただけですから」


「それは本当に大丈夫なのかい?」


 心配そうにヒオカさんが顔を覗き込んでくる。

 普段の僕なら隣に他人がいるだけで、そっちの方に意識を取られがちだが、どうにもカナ・ニサンと仲良くなろうイベントの件が頭を離れず、ヒオカさんへの態度も蔑ろになってしまう。

 それだけヒオカさんからの期待が重かったというか。

 カナ・ニサンと仲良くなろうとするのが気が重いというか。


 てか、なんだよ。陰キャの誇り高き宣言とか。

 陰キャが誇り高く生きていける訳ねぇだろ。

 己の過去の発言に黒歴史を感じて悶えたくなるのはコミュ障あるあるだが、モノローグにまでそういう憤りを感じるのはやや上級者、人生で見たら低級者だと思う。

 そんなん恥じるくらいなら、ビッグマグナム大回転を恥じろってものだ。

 我ながら。


 一息。


 考えてみれば、ヒオカさんの頼みを除いても、ボディガード認知の件で、どうせカナ・ニサンとはお近づきして仲良くなる必要があったのだ。

 だから状況的には何も変わってないのである。

 こんな事で落ち込んで、折角のヒオカさんとのデートを楽しまないのは損ではないか。

 しかもデート料は高くついたんだから、余計に勿体ない。


 よし。気持ちを切り替えデートを楽しもう、と思った矢先、唐突に大量の視線を感じた。

 チートなしでも気付きそうな強い殺気だ。


 僕は少し考え、ヒオカさんとはここで判れようと判断した。

 この殺気の持ち主ならもしかすると…………という想いがあったからだ。


「すいません。先に帰っててもらえますか?」


「うん? 何か忘れ物かい?」


「ええ、そんなところです」


「もしかしてエッチなモノを買い忘れたとか?」


 どうしてそんな発想が出たのだろうか。


「サムさんもよくそれで一人になろうとしていたものだよ」


 サムさん……。


「分かったよ。ボクが一緒にいると、そりゃあ買いにくいからね。悪いが先に帰らせてもらうよ」


 という感じでこちら的にはやや納得のいかない理解を示して、ヒオカさんは一人で帰っていった。

 変に疑わずに帰ってくれたのは、確かにありがたいのだが、どうも僕に不名誉な印象を持たれたようで、あまり釈然としない。


 ただ、視線の主たちは僕の期待通りに、ヒオカさんの方を無視して、僕の方へと集まってきた。


「なあ、さっきの女の方を追わなくてもいいのか? すっげぇ美人だったぜ?」 


「いいんだよ。それよりもこっちのガキを優先だ。舐めた真似をしてくれたお礼をしっかりしておかないと、あまりに腹立たしくてバイト中も寝られねぇよ」


 バイト中に寝るなよ。


 とまぁ、そんな感じでさっきのチンピラどもの再登場である。大量の仲間を引き連れて、戻ってきやがった。


「おい。今からでも謝ったら、土下座アンド靴舐めで許してやらん事もないぜ」


「いいえ。遠慮しときます」


 僕は丁重にお断りした。


「なんでだよ」と怒鳴り散らかすチンピラ。


「そりゃあ、そうでしょ」


 軽く頭を下げるだけならともかく、何の非もないような状況で、土下座靴舐めをさせようとする神経が信じられない。モンスタークレーマーかよ。


「四つん這いになってケツを出すのでもいいぜ」


「嫌です」


「なら俺に抱き着いて、耳元で囁くだけでも……」


「なに交渉しようとしてんの」


 てか交渉内容が怖いんだけど。


 これ以上話しても何の利も得られないと判断した僕はそっと拳を構える。

 異世界チートの力で非常識な輩をバッコンバッコン撃退だ。

 チンピラ共も、僕の構えを見て、攻撃態勢を取る。

 こういう判断が早いのがチンピラがチンピラである所以なのだろう。


「掛かれェっ!」


 掛け声を機に、チンピラ共が一斉に飛び掛かってくる。


 まず僕は一番前に来てた、セクハラ野郎をグーでぶん殴る。


「ぐべぇっ」

 セクハラ野郎は恍惚の笑みを浮かべながら吹っ飛んだ。


 余裕。さすが異世チー。

 屁もでない。じゃなくて、屁でもない。


 僕は次に飛び掛かってこようとする奴に拳を向ける。そして────、


 ────と、ここで突然、チンピラどもの背後で何やら大きな声がした。


「うおぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ! 見つけたぁあああああっ!」


 とんでもない怒号。

 空気がビリビリ震え、声だけで人が吹っ飛びそうだ。

 てか、実際吹っ飛んだ。

 人形のように軽々と。

 あ、いや、違う。確かに吹っ飛んだけど、そうじゃない。

 原因は声ではない。


 筋肉だ。


 その筋肉によって、チンピラ共が、ちぎっては投げちぎっては投げ、って感じに投げ飛ばされている。

 見るとそこにはすごい筋肉ムキムキマッチョマンの…………あ、いや、違う。

 確かに筋肉ムキムキだけど、そうじゃない。

 性別は男じゃない。


 女だ。


 プロレスラー顔負けの筋肉を搭載した一目でヤベェと判る女が、チンピラ共を軽々投げ飛ばして、こちらに近付いてくる。


「ガハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!」


 海賊の船長みたいな笑い声だ。

 ピッチピチ過ぎて破れてないのが不思議なくらいのTシャツと半ズボン姿の女が笑いながら近付いてくる。

 その顔には見覚えがない。

 初めて見る顔だ。

 睫毛が長く、目鼻立ちが整っている。

 結構美人。

 だけどパンチパーマ。


 筋肉ムキムキパンチパーマの美人さん。


 略してムキンチさん(仮)。


 ちょいと属性過多なムキンチさん(仮)。

 こんな濃い人、一目見たら絶対忘れないだろう。


 呆気に取られてるうちに、ムキンチさんが大暴れして、噛ませチンピラ共が一人、また一人と吹っ飛ばされ、あっという間に消えた。

 やられたら消えるって、まるでRPGの雑魚敵みたいだ。

 ま、はるか遠くに投げ飛ばされただけなんだけど。


 ちなみにこれは元の世界だったら即死級の投げ飛ばしだが、今はギャグ補正が入ってるので死にはしない。よかったね。


 さて、そんな事よりもムキムキパンチパーマのムキンチさん(仮)。


 彼女と一対一で相対している訳だけど、これは一体どうすればいいんだろう。


 僕もモブチンピラ達と同様に投げ飛ばされるのだろうか。

 バイバ●菌とかや●感じィとかそういう台詞を吐きながら、空の彼方に飛ばされ星となるのだろうか。


 なんて思ったけど、違うようだ。

 なんか僕の前で止まってしまった。

 なんとなく予想していたが、やっぱり僕が目当てみたいだ。


「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ! 見つけたぞぉおおおおおおおおおっ!」


 地響きするような怒号。近くに来ると音圧が更に凄い。ビリビリと、鼓膜じゃなくて全身に来る。もしかしたら最初の奴は本当に声だけでぶっ飛んじゃないかってぐらいに凄まじい。


 声もさることながら本人そのものも凄まじい。

 身長はさっきの家具の店長さん一九〇センチと同じくらいだけど、質量というべきだろうか。

 密度というべきだろうか。

 対峙していると、なんとなくその人の物質的な密度が伝わってきて、圧倒されてしまう。

 本来はそんなこと全く意識しないのだけど、こうも凄まじいモノを目の当たりにすると、嫌でも意識してしまう。

 勿論、店長さんの密度が薄いって訳じゃない。

 目の前のムキンチさん(仮)が圧倒的過ぎるのだ。

 一九〇センチはあくまで外形の話で、皮膚を突き破り中身が解き放たれたら、五〇メートルくらいは軽く超越してしまうんじゃないかって思えてしまう。


 それくらいにヤバい。本当にヤバい。マジでヤバい。

 とにかくマジでヤバいっていうか、マジヤバい。

 それくらい超ヤバい。マジで。


「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」


 と、ムキンチさん(仮)が叫んだ。

 てか、さっきから叫んでばっかだな。この人。


「お前ぇええええええええええええええええええええええええええええええっ!」


「あっはい」


「オレと交尾しろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」


「…………ん?」



 ◆



 交尾しろ、とムキンチさんは言った。

 逞しい胸筋に押し上げられた乳房をこれでもかと張りながら、彼女は吠えた。


「オレは強いオスを求めてるッ!」


「…………はぁ」


「てめぇは強い! ものすごく強い! この目で見てたぞ! アレでもまだまだ全然本気じゃねぇ! 見たら判るっ! アレは一パーセントも出してねぇ! 精々…………っ精々…………と、とにかく一パーセント以下だ!」


 …………うん。まぁ、確かにそうだけど。


「だから交尾しろぉぉぉぉぉっ! てめぇの子種をオレに寄こせェェェェっ!」


 僕は頭を下げる。


「ごめんなさい」


「何故だぁああああああああああああああああああああああああああああっ!」


 当たり前だろ。とは勿論言わずに、


「すいません。頭がパンチパーマの人には、ちょっと欲情できなくて」


「成程ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」


「え? 納得した?」


「? そりゃぁお前に言われたら納得するしかねぇだろ?」


「うわ、いきなり冷静になんなよ」


「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」


「あ、ごめん。やっぱ冷静になって」


 スン、とムキンチさんが大人しくなる。


「……一体なんなんだよ、あんた」


 ライブ中のロックンローラーでも情緒の上下幅はここまで狂ってないだろう。


 ムキンチさんは涙ぐみながら、言う。


「…………振られたから、落ち込んでんだよ。んな事、言わせんな」


「あ、すいません」


「…………帰る」


「あ、はい」


 ムキンチさんはとぼとぼと大人しく帰っていった。


 デカい身体の筈が、去り行く背中は妙に小さく見えた。


「……………………」


 呆然と、ムキンチさんの寂しげな背中を見送った後、僕は考える。


 アレは一体なんだったのか。

 マジでなんだったのか。

 いきなり現れたと思ったら、意外と素直に言う事を訊いてくれた。

 本当に訳が分からない。

 一瞬、●●●ー●・●ー●●の世界に入り込んだのかと思ったくらいにハジケて、訳が分からなかった。

 てか、交尾て。


「…………ふぅ」


 とりあえず忘れる事にする。


 色々思うところはある。

 だが、よく考えたら元の世界でもアレくらい頭がハジケた人は街中にごろごろ居た気がする。

 ならば異世界にもああいうのが居たっておかしくない。

 むしろあれだけハジケてたにも関わらず、こっちの言う事には素直に聞いてくれたのだから、元の世界より百倍マシだろう。

 元の世界、●ー●●よりも狂ってた説。


 そう考えると、なんだか色々と楽になってきた。


「帰ろ」


 帰った。


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