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さて、コンビニでする話でも無いとヨシダさんは言っていたが、どこでする話なんだろう。殺人計画って。
夜神月は、大事な話は歩きながらする派って言ってたけど、こんなクソ暑い中歩きながらなんてまともに頭回んないだろうしなぁ。
などと考える僕をよそに、ヨシダさんはどこか目的地があるのか、てくてく歩いていく。汗かかないのかなこの人。
「どこに向かってるんですか」
「カラオケ」
2歩後ろを奥ゆかしく歩く僕の問いかけに、ヨシダさんは振り向きもせず答えた。
あー、なるほど。確かにカラオケなら個室だし、防音だし騒音だし、悪い話するのにぴったりだ。安いし。ただなぁ。
「言ってはなんですが、僕お金持ってないですよ」
「だろうね」
お金どころか、何も持ってない。家出た時は何か持ち物が必要だと思わなかったんだもの。こんなことなら三途の川の渡し賃くらいはポケットに入れとくべきだった。
「出すから大丈夫」
「少し時間くれたら、取りに帰りますけど」
「いいよ別に。私のお金じゃないし」
「え、誰のお金なんですか?」
「……」
無視である。よくもまあここまで正々堂々無視できるもんだ。なんだか聞いた僕が悪い事した気分だ。
話したくないなら気になる事言わなきゃいいのに。
「暑いね。タクシーで行こっか」
「あ、ちゃんと暑いって感覚はあったんですね」
「私をなんだと思ってんの」
「変なお姉さん」
「叩くよ」
「変なお姉様」
「よろしい」
「よろしいの?」
変な、はいいのかよ。
「てか暑いなら脱げばいいのに」
「エロガキ」
「誹謗中傷でしょこれもう」
もしくは痴漢冤罪。僕の人生で三本指に入るであろう名アドバイスをしたのに。
「お姉様がいいならいいんですけどね……。でも、わざわざタクシー使うほどでもないんじゃないですか?」
最寄りのカラオケまで、歩いて20分くらいだ。そりゃ暑いけど、歩けない距離じゃない。なにより、タクシー代まで出してもらうっていうのはなかなか気が引ける。
「だから私のお金じゃないからいいんだって」
「だから誰のお金なんですか。逆に気になります よ」
「……」
無視である。もはやちょっと面白く感じてきた。
都合が悪いのか話したくないのかわからないけど、誤魔化すんじゃなくてガン無視ってスタイルは、あまりにも潔い。下手に誤魔化してるのがバレバレの人より快いまである。
都合よく走ってきたタクシーを捕まえて、ヨシダさんが乗り込む。続いて僕も乗車し、ヨシダさんが行き先を告げて、タクシーは静かに出発した。
道中、何が無視されて、何なら答えてもらえるのか、実験も兼ねて色々ヨシダさんに質問してみた。
会話がとても盛り上がったことは言うまでもない。
「好きな食べ物はありますか?」
「スイカ」
「嫌いな食べ物は?」
「たくさん」
「下の名前はなんていうんですか?」
「…………」
「西高出身なんですか?」
「…………」
「特技とかありますか?」
「……無い」
「ご趣味は?」
「……これ何?面接?」
「……嫌でした?」
「嫌」
「……ごめんなさい」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………………………しりとりでもしますか?」
「…………リンゴ」
「それはやってくれるんだ……」
♦︎
「…………負けました」
「まだいっぱいあるよ」
「いやマジで思いつかないです……」
僕は、生まれて初めてしりとりで惨敗した。しりとりって時間を潰すことが主目的でほとんどの場合、勝敗なんか決まらないと思っていたのだが。
僕はどうやら、浅瀬でぴちゃぴちゃと遊ぶような、低レベルのしりとりしか知らななかったようだ。
どうなってんだこの人の語彙力……。
『る』で攻めるのはよく聞くが、『ぽ』で攻められたのは初めてだ。
タクシーに乗り始めて10分も経ってないと思うが、雪崩のように押し寄せる『ぽ軍』に、僕の貧弱語彙力城は必死の抵抗虚しく制圧された。
「なんだよ『ぽ攻め』って……」
「『る』は誰でもある程度対応できるんだよ。みんなやるから」
「しりとりにも環境メタとかあるんですね……。特技、しりとりでいいんじゃないですか?」
「やだよ」
「ちなみに、なんでそんなに強いんですか?」
「さあね。昔から、本ばっか読んでたからじゃない?」
「語彙力豊富なのに、あんま喋んないのもったいないですよ」
「うるさい」
感想戦をしているうちに、タクシーは目的地に到着した。
ヨシダさんは、ポケットからクレジットカードを取り出して支払いを済ませ、そのままカードをポケットに戻した。財布は持ってないようだ。
自分のお金じゃないということは、アレは他人のカードなんだろうか。
拾ったカードとかなのかな。だとしたら悪い人だなぁ。
……そもそも人を殺そうって人が良い人なわけないか。殺人の前では、窃盗なんて大事の前の小事ってことなのかもしれない。盗んだって決まったわけじゃないけど。
タクシーから降りて、カラオケに入ると、やる気なさそうな男性店員がぼーっとカウンターで受付をしていた。
ヨシダさんがスタスタと店員さんの元へ歩いて行ったので、僕も後ろでぼーっと突っ立って待つことにした。
「しゃーせ〜。2名ですか?」
「はい」
「う〜す。ご利用時間は?」
「フリータイムで」
奢られる側なうえに暇なので、別に異存はないのだが、フリータイムなんだ。20時までだから、5時間以上時間があるということになる。結構長く喋るつもりなのかな?
「フリーっすね〜。学生証持ってますか?」
「ありません」
「あ、そうすか。まぁ、彼氏さん学生服なんで、学割入れとくっすね〜」
「どうも」
微妙に聞き咎めたくなる言葉だったが、ヨシダさんはどこ吹く風だった。
あれって、ラブコメ的には、「か、か、彼氏じゃありません!!」ってなって、「もう! 変な店員さん! 行こ!」って動揺したヒロインの赤らめた顔が見れる定番シーンだと思うんだけどなぁ。
見よ、お姉様を。天下無敵のすまし顔である。やっぱ顔白いっすねぇ。
「部屋、302っす。ドリンクバーそこからどうぞ〜」
なにやらキーボードをカチャカチャッターンッとして、手続きは終わったようだ。
バインダーみたいなのを受け取ったヨシダさんが振り返り、
「行くよ、彼氏君」
などと言うなり歩き出してた。
「……うぃーす」
「ごゆっくり〜」
気の抜けた返事をして、気の抜けた店員さんに会釈して、後を追いかける。
相変わらずの鉄面皮だったとはいえ、流石に本人に彼氏君呼びされると、思春期純情ボーイとしては、ほんのりドキっとした……ような気がする。
もしかして、これが……恋……?
でもあの人これから人殺すんだよなぁ……。
初彼女が殺人犯はちょっと嫌なので、始まってもいない恋が冷めてしまった。
やっぱり僕とヨシダさんではラブコメは始まらないみたいだ。