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今日のフェーヴは誰のもの?  作者: 宝月 蓮
この想いは国境を超える
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 その出会いは今から約一年前。ナルフェック王国筆頭公爵家の令嬢であるファネット・ルシール・ド・メルクールがラ・レーヌ学園第三学年になったばかりの時のこと。


 新たな学年が始まったばかり。そしてこの年に入学した新入生は緊張しながら食堂で昼食を食べている。

 ファネットは真っ直ぐ伸びた黒褐色の長い髪を揺らし、アメジストのような紫の目を優しげに初々しい新入生達に向ける。

(今年も可愛らしい子達が入学したわね)

 ファネットはふふっと口角を上げた。


 その時、少し離れた場所でちょっとした騒ぎが起こる。

「お前、その振る舞いは何だ?」

「流石は野蛮なニサップ王国の奴だな。ナルフェック王国のマナーがなってない」

「そりゃあ、ニサップ王国と言えば、昔戦争で我がナルフェック王国に負けた国だから仕方ないよな。敗戦国の奴がよくこの学園に入学出来たものだ」

 新入生と思われる複数の令息が、同じく新入生と思われる留学生の令嬢を囲んで嫌がらせをしていた。

(一人の令嬢を取り囲んで嫌がらせ……! マナーがなっていないのはどっちかしら!?)

 ファネットはすぐに令息達を止めようとした。

 しかし、彼女よりも先に彼らを諌める者がいた。

「君達、一人の令嬢を取り囲んでみっともないと思わないのか? 大体、彼女はまだ新入生。学園どころかナルフェック王国にも慣れていないだろう。そんな彼女を取り囲んでマナーをどうこう文句を言ったり、ましてや昔の戦争を持ち出して侮辱するのは紳士として問題がある」


 凛として堂々とした態度。

 アッシュブロンドの髪にタンザナイトのような紫の目。長身で凛々しい顔立ち。

 ファネットと同学年に見える令息である。


(わたくし)も彼と同意見だわ。むしろ、一人の令嬢を取り囲んでとやかく言う貴方達の方が余程マナー違反よ。それに、彼女の国を侮辱するなんて品性を疑うわ。恥を知りなさい」

 ファネットも加勢した。

「メルクール筆頭公爵令嬢だ……』

 すると令嬢に嫌がらせをしていた令息達はファネットの方を見て罰が悪そうな表情になり、そのまま立ち去った。

 筆頭公爵家の令嬢ということで恐れをなしたらしい。

(自分より下だと判断した相手には強く出て、自分より上だと判断した相手からは逃げる。あの方々は紳士失格ね)

 ファネットはため息をついた。

 そして先程令息達に囲まれていた令嬢に目を向ける。

「不快な思いをさせてごめんなさいね。学園内において身分や国籍で人を差別することは禁止行為だから、彼は相応の罰を受けることになるわ。それに、国が違えばマナーも違う。最初は慣れなくて当然よ。気にすることはないわ」

 ファネットはアメジストの目を優しく細める。

「彼女の言う通りだ。俺もドレンダレン王国から留学しに来た身だから、最初は戸惑った」

 最初に諌めた令息もフッと優しげに微笑む。

「お二人共、ありがとうございまシタ。あの、私、ニサップ王国から参りまシタ、バロリア子爵家次女アダリナ・ロイダ・デ・バロリアと申しマス」

 令嬢――アダリナはおずおずとそう挨拶をした。少しカタコトで辿々しいナルフェック語だ。

 赤毛にアズライトのような青い目の、小柄な令嬢である。

(わたくし)はナルフェック王国、メルクール筆頭公爵家次女のファネット・ルシール・ド・メルクールよ。(わたくし)は第三学年だから、分からないことがあればなんでも聞いてちょうだい」

 ファネットは優しげな表情をアダリナに向ける。

「さっきも言った通り、俺はドレンダレン王国から来た。オーヴァイエ公爵家長男、オリヴィエ・コーバス・ファン・オーヴァイエだ。俺も第三学年なんだ。困ったことがあれば、微力ながら力になろう」

 オリヴィエは頼もしそうな表情である。彼の方は流暢なナルフェック語である。

 アダリナは改めて二人にお礼を言い、その場を立ち去るのであった。


「同じ学年だったのね」

 ファネットはオリヴィエを見てふふっと笑う。

「そのようだ。一応、オーヴァイエ公爵家はドレンダレン王国では筆頭公爵家だが、この国では何の意味もなさないな。君が来たら先程のバロリア嬢に嫌がらせをした者達が逃げて行ったじゃないか」

 オリヴィエは苦笑した。

「でも、誰よりも先に彼らを止めに行った貴方はとても格好良かったですわ」

 ファネットはアメジストの目を細める。

 改めて、アダリナに嫌がらせをしていた令息達を真っ先に諌めたオリヴィエの姿を思い出し、ファネットはときめいてしまう。

「そう言われると……照れるな」

 オリヴィエははにかみながら頭を掻いた。


 これがファネットとオリヴィエの出会いである。

 ここから二人の交流は始まった。






♚ ♕ ♛ ♔ ♚ ♕ ♛ ♔





 

 そして一年が経過し、ファネットとオリヴィエは第四学年に進級し、聖誕祭休暇明けの今に至る。


「つまり、ファネット様はオリヴィエ様と仲は深まってはいるけれど、まだ恋仲ではないと」

 昼休み、食堂で昼食中にアダリナはアズライトの目を丸くする。

 入学当初は辿々しかったナルフェック語も随分と流暢になっている。


 アダリナはファネットに助けられて以降、彼女に懐いている。

 ファネットも元々国籍、学年問わず幅広く交流する方なので、こうしてアダリナと昼食を取ることはよくあるのだ。


「ええ、そうね」

 ファネットは苦笑し、軽くため息をつく。


 ファネットがオリヴィエに好意を寄せるきっかけになったのは、もちろんアダリナが複数の令息達に絡まれていた際に真っ先に彼らを諌めたこと。

 ファネットは正義感が強い分、同じように正義感が強いオリヴィエに惹かれたのだ。


「私から見たら、ファネット様とオリヴィエ様はもう恋仲かと思っていました。あんなに仲が良さげに見えますので」

 アダリナはふふっと笑う。

「まあ……友達以上恋人未満という感じね」

 ファネットは牛肉の赤ワイン煮込みを一口食べる。

 筆頭公爵家の令嬢なだけあり、その所作はとても品があった。


 ファネットとオリヴィエは出会って以来頻繁に話をする仲になっていた。

 

「お互いに婚約者がいらっしゃらないのですし、くっついてしまえば良いと思います」

 アダリナは一口サラダを食べる。

「そうしたいけれど……オリヴィエ様はドレンダレン王国の筆頭公爵家の後継ぎよ。ドレンダレン王国内の貴族との繋がりも大切なはずだわ」

 ファネットはアメジストの目を食堂の窓の外に向ける。

 窓の外はファネットの心を表わすかのようにどんよりと曇っている。

「……上級貴族は色々と大変ですね」

 アダリナはデザートのガレット・デ・ロワを食べ始める。

「お互い筆頭公爵家だから、一筋縄ではいかないのよ」

 ファネットもガレット・デ・ロワを食べ始める。

 ナイフで器用に一口分に切ろうとすると、何か硬いものが当たった。

(何かしら?)

 不思議に思ったファネット。

 すると、コロンと皿の上にフェーヴが転がった。

「まあ、フェーヴ。初めて見ましたわ」

 アダリナはアズライトの目をキラキラと輝かせる。

「確かに学園全体の人数を考えると、フェーヴが当たる確率は低いのよね」

 ファネットはそっとフェーヴを手に取り、ハンカチで拭く。

「ファネット様はご存知だと思いますが、ラ・レーヌ学園のガレット・デ・ロワを食べて、フェーヴを引き当てた方は恋の幸運が訪れると言われています。もしかしたら、オリヴィエ様関係で何か良いことがあるかもしれませんよ」

 アダリナはまるで自分のことのように嬉しそうである。

「そうだと良いわね」

 ファネットはほんのり頬を赤く染め、フェーヴを見つめていた。

読んでくださりありがとうございます!

少しでも「面白い!」「続きが読みたい!」と思った方は、是非ブックマークと高評価をしていただけたら嬉しいです!

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ファネットはシリーズ過去作『クリスティーヌの本当の幸せ』に登場したルシールの娘、オリヴィエは同じくシリーズ過去作『返り咲きのヴィルヘルミナ』に登場したコーバスの息子です。

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