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ナルフェック王国にあるラ・レーヌ学園は、貴族の子女達の教育機関。
国内だけでなく、他国の貴族令嬢、貴族令息も留学に来ている程に有名な学園だ。
年が明けてまだ寒い中、聖誕祭休暇が終わり、ラ・レーヌ学園に再び生徒達が戻って来て賑やかになり始めた。
そんな時期に、ラ・レーヌ学園の食堂ではガレット・デ・ロワというアーモンドクリームが入ったパイが出される。
このガレット・デ・ロワにはフェーヴと呼ばれるそら豆形の小さな陶器の人形が一日一個だけ入れられている。
このフェーヴには恋の女神と呼ばれる美しい女性が描かれていることから、ラ・レーヌ学園食堂で出されるガレット・デ・ロワを食べて見事にフェーヴを引き当てた者は恋に関する幸運が訪れると言われている。
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伯爵令嬢レア・マチルド・ド・シャティヨンは、食堂で昼食を食べている最中ぼんやりとある一点を見ていた。
(……聖誕祭休暇後も、相変わらずベルナール様は素敵ね)
レアは表情を綻ばせる。
「レア様、またベルナール様を見ていらっしゃいましたの?」
レアの正面の席でふふっと柔らかく笑うのは、クラーキン公爵令嬢ルフィーナ。彼女はアシルス帝国からの留学生だ。彼女のナルフェック語は流暢で癖がない。まるで母国語のように話している。
レアとルフィーナは十五歳で、ラ・レーヌ学園の第三学年に在籍中だ。
「ええ」
レアはほんのり頬を赤らめて控えめに微笑んでいる。
「レア様は、ベルナール様を見つめていらっしゃる時が一番幸せそうですわ。せっかくですし、話しかけたりはしませんの?」
ルフィーナはきょとんとした様子で首を傾げている。
「そんな……。私なんかがベルナール様に……。そんなの、畏れ多いです。ベルナール様は公爵家の嫡男ですし。それに、私のような地味な女が、ベルナール様と釣り合うはずがありませんわ」
レアが見つめていた公爵令息、ベルナール・エドメ・ド・トゥアールはブロンドの髪にサファイアのような青い目で、パッと目を引く華のある顔立ちだ。年齢はレアよりも二つ年上の十七歳。第五学年に在籍している。
一方レアは褐色の長い髪にブラウンの目。そして黒縁眼鏡をかけている。醜い容姿というわけではないが、かなり地味である。
レアはその容姿故、自分とベルナールは釣り合わないと思っていた。
「もったいないですわ」
ルフィーナはそんなレアの様子に困ったように苦笑し、ガレット・デ・ロワをナイフで一口サイズに切り、フォークで口まで運んだ。
その所作には何とも言えない品があった。国は違えど流石は公爵令嬢である。
ダークブロンドの髪にペリドットのような緑の目。そして可憐な見た目に品のある所作。そんなルフィーナに、レアは思わず見惚れてしまう。
「レア様、ルフィーナ様、ここよろしいかしら?」
その時、レアの隣から柔らかで落ち着いた声が聞こえた。
「まあ、ミラベル様」
レアは驚き、ブラウンの目を見開く。
レア達に声をかけたのは、ルテル伯爵家令嬢ミラベル。レア達より一つ年上の十六歳で、第四学年に在籍している。栗毛色の髪にムーンストーンのようなグレーの目で、控えめだが品のある顔立ちである。
ミラベルはデザートであるガレット・デ・ロワ付きの日替わりランチプレートを持っていた。
「ええ、どうぞ。ミラベル様、珍しくお昼の時間が遅いのですね」
「ええ。昨日植物研究室に忘れ物をしたことに気が付いて、取りに行っていたの。私の友人達はもう昼食を終えてしまって」
意外そうな表情のルフィーナに対し、ミラベルはふわりと微笑む。
レア、ルフィーナ、ミラベルは放課後よく植物研究室で自分達の興味のある分野を研究している。
レアは花など植物の品種改良、ルフィーナは果物の保存期間延長技術、ミラベルは花などから香りの成分を抽出して香水の調香を行っている。
ラ・レーヌ学園では科学技術や研究分野の教育にも力を入れているのだ。
「先程から少しお二人のお話が聞こえたのだけれど、レア様はトゥアール公爵令息であられるベルナール様に片思い中なのね」
ミラベルは穏やかに品良く口角を上げる。
「ええ。ですが、ベルナール様と結ばれようだなんて思っていませんわ。私は、こうして遠くからベルナール様を見つめているだけで十分ですもの」
レアはベルナールに控えめな視線を向け、うっとりとブラウンの目を細めた。
そして、ガレット・デ・ロワをナイフで切ろうとすると、何か硬いものの感触がした。
(あら……?)
レアは不思議に思い、ガレット・デ・ロワを少し切り崩す。
するとそら豆形の小さな陶器の人形が、レアのガレット・デ・ロワの中から姿を表した。
「まあ、レア様、フェーヴですわ。私、初めて見ました」
ルフィーナはペリドットの目をキラキラと輝かせる。
「私もよ。ガレット・デ・ロワのフェーヴに当たる人は中々いないみたいなの」
ミラベルもムーンストーンの目を輝かせながら、レアのガレット・デ・ロワから出て来たフェーヴを物珍しそうに見ていた。
「これが……フェーヴ」
レアはフェーヴを手に取り、まじまじと見つめる。
「レア様、ラ・レーヌ学園のガレット・デ・ロワに入っているフェーヴは恋の幸運を呼ぶと言われておりますわ。もしかしたら、ベルナール様関係で何か良いことがあるかもしれませんね」
ルフィーナは優しく見守るかのような笑みである。
「そう……なのでしょうか……?」
嬉しさと、自身のなさが混在するレア。少し困惑した笑みになってしまう。
「具体的な根拠があるわけではないけれど、こういったことは気の持ちようだと思うの。レア様に良いことがあると願っているわ」
ミラベルは穏やかで品のある笑みを浮かべていた。
「……ありがとうございます」
レアは控えめに口角を上げる。先程よりも少しだけ表情が明るい。
(恋の幸運……ベルナール様と……ほんの少しだけでも良いことが起これば……)
レアの胸は少しだけ高鳴っていた。
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ルフィーナはシリーズ過去作『満月の夜、絡み合う視線』のヒロインです。また、ミラベルも同じくシリーズ過去作『地味令嬢と地味令息の変身』のヒロインです。