6.
「ねえ、この辺に僕が乗れそうな鳥さんとかいないかな?」
「......え?主様が乗るの?」
「うん。シエルを通してみるのもいいんだけど、やっぱり直接景色を見てみたいなーって思って」
「人が乗るってなると魔物クラスの大きさだよなぁ?」
「ルナール様のお知り合いとかにいないの?」
「妾も眠っておったからのう。近くにいてくれたのはアニフィだけで他の眷属はどこにおるやら......。しばし待っておれ」
ルナールは狐の姿に戻って目を閉じた。眠っていたのってどれくらいなんだろう。封印されてたって話だけど。
その間ずっとそばにいたなんてアニフィは優しいなぁ。
アニフィを撫でるとなんともいえない不思議な感触が手のひらに伝わってくる。見た目はゼリーだけどすべすべぷにぷにしている。プルプル震えているからさらに感触が面白くなる。
『見つけたぞ。直にここへ来るであろう......何故アニフィばかり撫でているのだ!我も撫でるがよい!』
脳内に声が響く。あ、そういえば狐だとテレパシーなんだっけ。口の構造的に喋れないのかな?
幼女の姿ならともかく、その姿で撫でろと要求されると威厳もなにもあったものじゃないな。
「はいはい。ていうかなんでその姿と人型で1人称変わるの?」
狐の姿では『我』で、人の時は『妾』だ。統一した方が分かりやすくない?口調も若干違う気もする。
『それは気分というのもあるが、主の脳内では——』
「あー!分かった!分かったからもういいよ!」
僕の脳内を読み取って人化したから服装だけでなく言葉遣いも反映されているらしい。
だってケモッ娘と言えば”のじゃロリ”で1人称”妾”じゃないの!?
僕は悪くない!全ては前世の僕が偏った作品ばかり見ていたのが......。
「で、来るって何が来るの?」
「フフフ......ヒッポグリフじゃ!」
再び人化したルナールが薄い胸を張って答えた。
「......ひぽ?」
山賊一同には聞きなれない名前のようだ。
えっと、ヒッポグリフってあれだよね?たしか鷲とライオンが合体したグリフォンに、さらに馬が混ざったっていうキメラ的な生き物。
え、あれが今から来るの?っていうか乗るの?
「うーん、ありがたいけどそれって絶対目立つよね?」
「なんじゃ、ヒッポグリフ程度そのへんにゴロゴロおるじゃろうに」
ヒッポグリフが僕の想像通りなら、かなりデカいはずだ。そんなのがそのへんをうろついてたら怖すぎるでしょ。どこの魔界だよ。
「うーん......ま、いっか。どのみちここにはルナールがいるし今更でしょ」
「たしかに」
「それを言ったらもうなんでもありだけどね......」
「それに、ルナールが復活したってなればその陰で僕らが動きやすくなるしね」
「......逆に討伐隊が来たりとかしないかしら?」
「うーん、ここって伯爵領だしその領主がビビりまくってるし大丈夫じゃない?そもそもなんで封印されてたのか知らないけど」
「暴れてスッキリしたから邪魔をされずに眠るのにちょうどよかっただけじゃ。妾が人間なんぞに負けるわけがなかろう。ほれ、外に出んか。来たようじゃ」
ルナールに促されて全員で外に出てみると、アジトである小屋と同じくらいの大きさの生き物がいた。僕がまだ10歳っていうのもあるけど、思ってたより全然デカい。
実際に目の当たりにすると鷲の顔ということもあって迫力がすごい。
それがおすわりのようなポーズをして僕を見つめている。
「これがヒッポグリフじゃ。乗って飛ぶならこやつが適任じゃろうて」
そっと手を伸ばしてみると、ゆっくり頭を下げた。眷属の眷属だからなんとなく分かるのかな?
そのまま撫でてみる。ゴワゴワしてるかと思ったけど想像より柔らかかった。
「君の名前はサボだ。よろしくね」
「キュルル」
テイムと名付けもあっさりと完了。カッコいい見た目に反して鳴き声は可愛いな。
「よし、じゃあ早速空の旅に行ってみようか!ルナールも行く?」
「わ、妾のことは気にするでない!空には興味無いからの!」
「あれ?もしかして怖いの?」
「妾に怖いものなどあるものか!必要ないと言っておるのじゃ!」
以外な弱点を発見したな。空が怖い妖狐なんて......。
サボが足を折りたたんで姿勢を低くしてくれたのでよじ登って背中に乗る。するとルナールの代わりにスライムのアニフィが触手を器用に使って僕の左肩まで登ってきた。
ブランも乗る前から右肩にいたので、両手に花というか両肩に不思議生物だ。
「よし、サボ!ゴー!」
僕の号令と共に駆け出して翼をはためかせる。ふわりと浮き上がってあっという間に空の上だ。
すごい!空を飛ぶってこんな感覚なんだ!アジトの上を旋回してから僕の示した方向へゆっくりと進んでいく。
きっと背中の僕らのことを気遣っているんだろうなぁ。偉い偉い。あまりスピード出すとブランとか落っこちちゃうしな。
僕たちの周りにはシエルたちフクロウ軍団が一緒に飛んでいる。まるで護衛してくれているみたいだ。
あっちにこっちにと飛んでいたら、先行しているシエルが異変を察知したようで鳴き声をあげていた。
街道の先を見てみると、馬車が3台止まっておりその周りに人がたくさんいた。止まっているとはいっても、馬が混乱しているのか攻撃を受けたのか暴れまわっている。
「ん-、戦ってる?襲われているのかな。もう少し近づいてみよう」
片方は鎧を着こんでいて見るからに騎士といった感じで馬車を背に戦っている。もう片方はウルスたち山賊と同じような軽装。装備の差はあるが、人数は襲っている賊のほうが上だ。
別に放っておいてもいいのだが、いいことを思いついた。
「少し脅かしてみようか。ブラン、シエルと一緒に馬をお願いできる?さあ、賊狩りだ!」
ブランが一声鳴いてシエルに飛び移った。シエルには常にアニフィの分体がついているので、聞いていたシエルがブランを優しく受け止める。
そして僕の号令と共に一斉に急降下した。
突如響いた咆哮に戦闘中の一同が空を見上げれば、突進してくる巨大な生物とフクロウの軍団。戦ってる場合じゃないとばかりに慌てて避けていくのでその間を飛びぬける。
旋回して再び山賊へと迫る。フクロウ隊が嘴や爪で顔や手を重点的に攻撃して武器を落とさせ、いつのまにか降りていたアニフィが触手で次々と回収していく。
さてさて、リーダーはどこかな?......お、あれだな。
「撤退だ!」と叫んでいる男を見つけてサボが前脚の爪で鷲掴みにする。前脚は鷲だからまさに文字通りだ。
「アニフィ、シエル、退くよ!」
ブランのおかげで馬も落ち着いたみたいだしもう大丈夫だろう。
森の中に退却して捕まえたリーダーを地面に転がす。さあ、お楽しみの時間だ。
「さて、君たちのアジトはどこかな?」
「なな、なんだこのガキ......!いったい何がどうなって......」
「ただ質問に答えればいいんだよ。どのみち君の仲間は武器も無いから全員騎士に捕まるか殺されてるだろうね。あとは君だけだ。生きるも死ぬも君次第。分かるだろう?」
男の周りはサボとフクロウ隊が取り囲んでおり逃げ場はない。
サボは答えないと食い殺すと言わんばかりの迫力だ。
「わわわ分かった!教える!教えるから殺さないでくれ!」
堪忍した男に案内させてアジトへ向かう。
そこにあった物を全てアニフィが回収して僕たちのアジトに戻る。
「ウルス~!山賊捕まえて来たんだけど知り合い?」
「......あん?なんだ、ティックじゃねえか。知り合いつーか、俺たちと違って好きで賊やってて、貴族でも商人でも関係なく襲うような奴らだ」
「ふーん。じゃあ適当に縛って街の近くにでも転がしておこっか」
ふふふ、思いがけない収入があったな。
冒険者をやる前にこのあたりにいる賊を根こそぎ狩るのもいいかもしれない。
賊相手なら罪悪感も湧かないし森を掃除するのにもちょうどいい。
森は広いからどのくらいいるのか楽しみだなぁ......。