51.
「——まさか、私が手も足も出なかったなんて......」
「たしかに技術は素晴らしいが、剣が軽すぎる。ま、俺たちは少々特別な鍛え方してるからってのもあるけどな。だからあんまり気にすんな、ガハハ!」
なにが少々だ。私の自慢の奥義を剣圧だけで吹き飛ばすなど有り得ないだろう。
優勝して勇者に挑戦どころか、準優勝すらも出来ないとは。1から鍛え直さないと師の名前にも泥を塗ってしまう。
シュヴェーレン家と言ったか......そこに強くなる秘訣があるのだろうか。だけど貴族ってのは女だからといって軽く見てくる。
それに、私は騎士になりたいわけじゃない。私の目的は強くなること。その為に師となるべき人を見つけるのだ。
「ハーハッハッ!剣術大会の優勝者ってのはどいつだぁ!?この俺様、勇者ヘルトが相手してやるぜェ!」
控え室で1人考え込んでいたら外から大きな声と歓声が聞こえてきた。外を覗いてみれば、1人の男が剣を掲げてアピールしている。
勇者?ってことはもう決勝戦も終わったのか。まぁあの筋肉ダルマに勝てるわけないだろうし、瞬殺だったということか。
しかしアレが噂の勇者?なんとも軽薄そうな人物だ。だが人は見かけによらないし、いったいどれほどの実力を秘めているのかこの目で見届けよう。
......ん?勇者が筋肉ダルマを見て驚いている?知り合いだったのか?まぁ勇者は王家の所属だから貴族と繋がっていてもおかしくはないが、騎士団と知り合い?
ここからじゃ何を喋っているのかあまり聞こえないけど、筋肉ダルマのほうは肩を組んで気さくに接しているようにも見える。
「それでは!剣術大会優勝者グランツと勇者ヘルトによるエキシビションマッチです!始め!」
開始の合図とともに一際大きく歓声が上がり、両者打ち合い始める。......が、思わず鼻で笑ってしまいそうになるほどつまらない試合だ。
勇者は真面目にやっているようだが、筋肉ダルマのほうは明らかに手を抜いている。直接やり合った私にはわかる。
どうせ互角に見せ掛けて盛り上げようとでもいうのだろう。......ていうか互角?
王国が誇る勇者が騎士団長と互角?そんなことが有り得るのか?いや、筋肉ダルマが手を抜いているならば互角ですらない。
勇者が弱いということはないだろう。言動は少しアレな気もするが、体捌きはなかなかのものだ。
つまりはあの筋肉ダルマが異常なのだ。何故勇者すら凌ぐ強さを持っていて騎士団長という役職に収まっているのだ。
その新公爵とやらはそれほどまでの人物ということか?それとも他に理由が?
結局、互いに体力を消耗しつつも、筋肉ダルマは勇者に勝ちを譲ってしまった。まぁ勝ってしまうと後が大変なんだろうが、なんともスッキリしない試合だった。
あの筋肉ダルマともう1度戦えば何か分かるかも——
「——っ!なんだ!」
突如として出現した強大な気配と濃密な殺気に私の背筋が凍りついた。勇者でも筋肉ダルマでもない......上か!
見上げれば、勇者と筋肉ダルマを見下ろすように、人影が宙に浮いていた。
「貴様が勇者か。よくも我が同胞を殺してくれたな。おかげで計画がだいぶ遅れてしまった。その報い、受けてもらう」
影はそう告げるといきなり火球をステージへといくつも放ち始めた。マズイと思った時にはすでに勇者たちの頭上に降り注いでいた。
だが流石というべきか、2人とも難なく避けてしまった。代わりにステージは見るも無惨な状態だが。
「いきなり攻撃とは......何者だ、貴様!」
「何者か、だと?しらばっくれやがって。我が名はコレール。貴様に殺された魔族の同胞だ」
「ま、ぞく、だと......なんのことだ!」
「殺した相手などいちいち覚えていないか?ならば俺もそうしてやるまでだ!」
土煙が晴れた場所にいたのは、2本の角を生やした長い赤髪の男だった。あれが魔族?それまでは全くそんな気配は感じなかったのにいったいどこに潜んでいたというのか......。
しかし勇者がすでに魔族を倒していたとは、彼もまだ実力を隠しているのか?倒したという魔族がどの程度の強さだったのかは分からないが、今あそこにいるのは勇者ではとても太刀打ちできるような相手ではないだろう。
パニックに陥っていた観客はいつの間にか現れた騎士っぽい人たちが誘導して避難している。あれは筋肉ダルマと同じ鎧?団長抜きでもこの事態に咄嗟に対応できるということは相当優秀な騎士団なのだろう。
「魔族だかなんだか知らんが、俺たちがいる限り好き勝手はさせねえぜ」
「ならば貴様も死ね!」
筋肉ダルマもなにやら喋っているが魔族は聞く耳を持たずに襲い掛かった。武器も持たずに今度は接近戦?と思ったが、何故か金属が打ち合うような音が聞こえてくる。
......すさまじい戦いだ。魔族もだが、やはりあの筋肉ダルマも只者ではない。もはや勇者など足手まとい以外の何物でもない。
だがそれでも筋肉ダルマが不利だ。勇者を庇いながら戦っているようにも見えるし当然だろう。私も出て行って戦うべきなのだが、体が固まってしまって動かないとは情けない。
魔族は執拗に勇者を狙うし、筋肉ダルマはそれを庇って動いているから2人とも傷が増えていく。このままでは......動け、私の体......!
今だに動くことが出来ずに見ているしか出来ない私の目に、唐突に衝撃の事態が映った。
筋肉ダルマが魔族と少し距離を取ったかと思うと、いきなり勇者の腹を殴ったのだ。勇者は防ぐことも出来ずにその場に崩れ落ちてしまった。
「待たせたな、準備完了だ!」




