19.
「いや~、ここへ来るのも久しぶりだなぁ」
「ここが主の生まれた街か。なにやら騒々しいのう」
「人間などどこでも騒がしいものであろう」
「無理もないよ。ここもロクな統治をしていないからね。ヘタしたらシュヴェールより酷いよ」
ペルダン伯爵領の領都、ペルディア。そこには笑顔というものが無かった。領民から搾り取られたお金が伯爵家で好きなように使われているというのもある。
さらには騎士団が森にちょっかいを出してしまって妖狐の怒りを買ってしまったことで住人は日々恐怖しているのだ。巨大化した姿はここからでも十分に見えただろうし当然の反応である。
「ふむ。で、そんなところへ何の用なのじゃ?」
「ん-、ちょっとねー。公爵の不正を告発したってことは伯爵にも捜査の手は伸びるからさ。その前に色々とやっておこうかなって」
すでに王都から大規模な部隊が向かってきているのを確認しているけど、伯爵たちはまだなにも知らないだろうしね。
しかし、他の街も少し回ってみたけど、ここは特に酷いな。本来、領都なら他より栄えているだろうに、領主が直接治めているからその分搾取されてしまう。支出が増えれば物を売る側は物価を上げざるを得ないし、そうなれば消費者の生活は更に圧迫される。
負の連鎖が嫌だからと街を出ようにも、引っ越すのもそう簡単ではない。馬車を使うにもお金はかかるし、家や荷物を捨てて行くにしても新生活にお金はかかる。仕事にありつけるかも分からないしね。
この辺りに賊が異様に多かったのもそのあたりが関係しているのだろう。つまり、諸悪の根源は公爵と伯爵だ。まぁきっちり報いは受けてもらうけどね。
「まずはここだね」
「ここはすらむとかいう場所か?酷い臭いじゃのう」
妖狐だから人間より鼻が利くのだろうか。僕自身も思わず顔をしかめたくなるような臭いだから無理もない。
シュヴェールの孤児院は支援を打ち切られながらもプリエが1人で踏ん張っていたからなんとかなっていた。だが、ペルディアの孤児院の管理者はそうそうに逃げ出してしまった。残された子供たちにはなすすべなどあるはずもない。元々街の隅にあったので、スラムに吞み込まれるのに時間はかからなかった。
僕がそれを見つけた時には、とても孤児院だったとは思えない状態ですでに手遅れだった子供も何人かいた。
フィーニア孤児院もけっこうギリギリな状態だったから、伯爵領の孤児院はどうなんだろう......と探さなければ見つけることすら出来なかっただろう。
「ここだ。......みんな、いるかな?」
「......だれ?」
「あ!ふくろうさんだ!」
「ほんとだー!いつもごはんありがとう!」
「おにいちゃんはかいぬしさんなの?」
僕だけだと怪しまれるけど、肩に乗ったシエルを見た途端に子供たちははしゃぎだした。
「そうだよ。この子を通して喋っていたのも僕だ。リュシオルは奥かい?」
「うん、またすこしおねつだしちゃってるの......」
ここでは5人の子供たちがなんとか生き延びていたが、そのうちの1人がしょっちゅう寝込んでいるのだ。栄養が足りないのか病に侵されているのかは不明なんだよね。他の子が無事ということは感染病ではないと思うけど、どちらにしろ医学の知識なども無いしね。
だがこのまま放っておけばこの子の命も危ういだろう。危険は伴うが、試してみるしかないな。
「リュシオル、聞こえる?」
「......」
返事が出来ないようだが、微かに首が動いた。
「急な話だけど、僕は君を治したい。でも、まずは僕を信用してほしいから、今からみんなにはお引越ししてもらおうと思う。隣の街に孤児院があるからそこへ行って、信用できると思ったら治療を受けてほしいんだ」
「ぼ、く......いき............た、い」
生きたいなのか行きたいなのかは分からないけど、了承ということだろう。
ルナに妖狐化してもらって布団ごと、そーっと背中に乗せる。こっそり覗いていた他の子たちは驚いていたようだが、その瞳は輝いている。そりゃ人が獣になったらそうなるよね。
「みんなも聞いてた通り、今から新しい孤児院へお引越しだよ。大切な物だけ持ったら行くよ~」
「......あたらしいって?」
「隣街にあるとこだよ。優しいお姉さんとか君たちの新しい家族が待ってるよ。もちろん美味しいご飯もたくさんあるからね」
「ほんとに......?」
「りゅしおるもなおる?」
「もちろん。僕が治すよ。行ってみて、嫌だったら帰ってきてもいいからさ」
ここで語るよりは、実際に連れて行ってみてもらった方が早いだろう。迷っている子もいたが、ここにいてもどうしようもないと決断したようだ。
荷物といっても必要な物は向こうにあるし、思い出の詰まった物をアニフィに入れておくくらいだ。
そしてみんなで森まで歩いて、龍化したエリィにみんなで乗る。さすがにドラゴンには驚いて声も出ないようだったが、ひとたび背に乗ってしまえば大興奮だった。アニフィの触手で子供たちを固定してもらって崖を越えればすぐにシュヴェールに到着だ。
「わー!すっごいおっきいたてものー!」
「ここが君たちの新しいおうちだよ。プリエー!」
「あ、お早いお帰りでしたね」
「とりあえずこの子たち、お風呂に入れてご飯食べさせておいて。顔合わせはその後でいいかな。じゃ、よろしく~」
どのみちお風呂とご飯を済ませたら子供たちは寝てしまうだろうしね。
ルナを連れて寝室に向かって、リュシオルをベッドに寝かせる。シーニュや元々ここにいる子たちが何事かとついてきてしまった。眷属ご一行もいるし勢ぞろいだね。
リュシオルはブランが気に入ったようで、傍にいると安心するようだ。動物も魔物も人も虜にしちゃうんだからやっぱりブランはすごいや。
「どうかな。ここで暮らしてみる気になった?」
「うん......ぼく、なおるの?」
「僕を信じてくれるなら、ね。リュシオルも他の子たちも、僕やこの街に必要なんだよ」
「......しん、じる。みんな、わらってる、から......」
たしかに、自分と同じ子供というのは良い判断材料になるよね。リュシオルのその言葉で、テイムが完了した。
しばらくすると、リュシオルの呼吸は落ち着いて起き上がることすら出来た。
「あれ、なんで?からだがかるい......」
「上手くいったようだね。これでもう大丈夫だよ」
まぁ単純にテイムの効果で体力を増やしただけだ。やはり元々体が弱かったのだろう。逆に体に負担がかかる可能性もあったし、いきなりここまで回復するとは思わなかったけど。結果良ければすべてよしだよね。
さーて、もうひと仕事しに行きますかー!