3話
『あれから全然会わなかったね』『仕事忙しかったの?』『彼女いるの?』口を開けば質問攻めにしてしまいそうで、言葉を出すより先にビールを口に含んだ。
「経理の仕事やってるって前言いましたよね」
彼の注文したビールを待ってる間にふと彼が喋り始めた。
「今月決算で毎日残業なんですよ」
やっと来れました、と言い切るくらいでビールが彼の前に置かれた。
改めて彼は私の好みだった。意味もなく言葉の最後で口角を上げる仕草や狭い肩幅。お世辞にも男らしいとは言えない話し方とその姿が母性本能をくすぐる。
「僕、前に奥川さんとここで会ってからお酒も飲んでなくて久々のビールです。来てました?」
「そうですね。たまに…」
「敬語なくていいですよ。もう2回目だし」
そう言ってまた彼は口角を上げた。
「店移動しませんか?」
3杯目のビールが半分になった頃、彼がそう言った。今日は会社帰りにそのまま来たからパンプスを履いている足も限界が近い。それにまだ帰りたくないし彼を知りたい。
「移動しよっか」
時刻はちょうど22時頃で帰るのも惜しい時間帯。しかもここは自宅から徒歩5分圏内ということもあってますます帰る気になれなかった。
駅前の少し賑わっている通りに行くと全国チェーンの安い居酒屋がいくつもあって、その中でも比較的落ち着いていそうな店に入った。私はそろそろほろ酔いであと2杯くらいが限界という状況だったが、彼は顔色一つ変えずに少し猫背気味に私の前を歩いた。
「奥川さんって彼氏いるんですか?」
初めて正面から私を見つめながら彼は言った。少し照明の暗い店内で彼の瞳は真っ黒に見える。
「いないよ。いたらこんなとこで飲んでないよ」
「可愛くないなぁ」
どこか嬉しそうに彼は笑う。
「それ空いたら帰りましょっか。」
「え、何で?」
「いや、奥川さん連れて帰りたいなって」
何だか照れくさくて彼に彼女がいるかどうかを聞く間もなく、目の前にあるビールをどれくらいのペースで飲みきればいいのかそればかりが頭の中でぐるぐる回っていた。