2話
家の近所にある敗れた赤提灯が目印の立ち飲み屋は、今年で50周年らしい。
毎週金曜日に気が向いたら行く立ち飲み屋『さざんか』は、カウンターのみの小さな立ち飲み屋で、詰めても15名程度のキャパしかない。ありきたりな居酒屋メニューを比較的安い値段で提供している。いつも伏し目がちに仕事をこなす店主はほとんど視線を交わした記憶がなく、もう2年程通う馴染みの店だが店主の顔をはっきりと思い出せない。
トモとは今からちょうど1年半前にそこで出会った。
珍しくその日は店が混んでいて、オーダーしづらい雰囲気もありいつになくゆっくりとビールを飲み進めていた。カウンターの角に位置する場所にいた私は何の気なしに右隣に目を向けた。
いや、意図的だった。
丸みのあるヘアスタイルと少し垂れ目で頼りない顔立ち、お世辞にも上手いとは言えないネクタイの結び目。どことなく頼りないその風貌に私の心は掴まれた。
「あ、の…外の提灯、ああいう妖怪いましたよね」
不意に視線が合ってしまい、思わず目を逸らそうしたところに彼がそんなことを言った。少し顎を引きこちらの反応を伺うような顔をして。
「いますよね。うん、います」
ぎこちないそんな会話が私たちの最初だった。
特に共通点があったわけではないけど、良い温度感で進む会話が心地よくすっかり閉店時間になるまで話し込んでしまった。
「よく来るんですか?僕、この近くに引っ越してきたばかりで」
「金曜の夜によく来てます。また飲みましょ」
これから始まる予感のする物語に胸を弾ませてしまいそんなことを口走った。
その後、私は毎週金曜日に欠かさず店に行ったが3か月間彼と会うことはなかった。もう忘れかけていた3月の2周目。
「お久しぶりです。隣、いいですか?」
込み上げる言葉を飲み込んで私は深く頷いた。