St.Valentine Day 幼なじみのディスタンス
今日はバレンタインデー。
前から気になっていた吉永先輩に、手作りのガトーショコラを渡そうと思っている。
昼休みにひとりで先輩の教室の前まで来た。勇気を出してここまではきたんだけど、人の目も気になって足はもう帰ろうとしている。
扉の外からチラリと覗くと、友達と一緒に笑顔で話している先輩の姿が見える。
でも、どうしよう、呼ぶ勇気がない。早くしないとお昼休みが終わっちゃう。深呼吸をしながら教室の前をウロウロと歩く。
「なにしてんの?」
「?!」
突然背後から声をかけられて飛び上がる。
「な、なんだトモキか」
トモキは保育園の時からの幼馴染みだ。
「それ、渡したい?」
そう言って私が手に持つ紙袋に視線を向ける。
「あ、うん、まぁ……でもちょっと緊張しちゃって」
「ふうん。かわいいところあるんだな」
そう言ってトモキは微笑んだ。
今まで私には見せたことのない、他人行儀で少し大人びた表情だった。
ぎゅっ。え?! あれ?!
なんか変な感じ……胸の奥の方、ちょっとぎゅうっとなってる?
いつもなら、幼馴染みのノリで、なにバカにして、とか言い返して怒るとこ、なのに……。
「かわいいところあるんだな」
その言葉と表情にキュンとしちゃってる……私がいる。
なんで、嘘でしょう?
トモキが教室の扉をガラッと開けた。
扉の枠に手をかけて顔を突っ込む。
トモキの肩が私の目線にある。
中1のときは私の方が身長高かったのに、いつの間にこんなに伸びてるの。
「吉永先輩! ちょっとすみません!!」
トモキは先輩と同じ野球部で、私が先輩のことを好きなのも知っている。
トン、とトモキに背中を押された。
先輩にチョコを渡して、何を話したかは全然覚えてない。
それよりも、あの日から、トモキの言葉と表情が私の頭の中でしつこくループしていて困る。
惚れ要素なんかひとつもなかったはずの幼馴染みが、私の中で急に気になる人になってしまった。
どうしよう、ただの幼馴染みっていう、そんな安直で近すぎる距離にはもう戻れないかもしれない。
(了)