昼下がりの死闘
「璃々朱から離れなさい。」
俺は眠い目で声のした方を見た。璃々朱の母親が俺を睨んでいた。
「どうしてこんなことを…。」
璃々朱の母親は俺に殴りかかってきた。異様に速い。やはり混じっている。俺に平手打ちをした時に、既に混ざってしまったのか。
「目障りなお前を殺すためよ。この力で殺せば、私や璃々朱を犯人だと疑う者はないでしょうから。」
狂っている。俺は必死に戦おうとするが、身体が重い。
「落ち着いて下さい。俺が死んだら璃々朱が悲しみます。」
「そうね。璃々朱がお前に心を開く前に殺すべきだったわ。」
話が通じない。万全の状態だったらこんな女、俺の敵ではないのだろうが、眠くてたまらない。躱しきれなかった攻撃を腕で受け、俺は右腕から血を流した。
「死ね!」
俺は止めを刺そうとしてくる璃々朱の母親の鳩尾に蹴りを入れた。璃々朱の母親は吹っ飛んで顔を歪めているが、まだ元気そうだ。
「いくら俺が憎いとはいえ、ここで殺したら後悔しますよ!」
「今更後悔なんてしないわ。お前の母親を殺した時だって、私は何とも思わなかったもの。寧ろ清々したわ。」
俺は自分の耳を疑った。
「俺の母を…殺した?」
「そうよ。本当はお前も殺したかったのだけど、失敗したのよ。あの女は私がお前たちに毎日毒を盛っていることに気付いて警察沙汰にするとか喚いたから、そのまま毒を無理やり呑ませたの。醜い死に顔だったわ。」
嘲るようなその声は、俺の中に眠っていた何かを呼び覚ました。
気がついたら俺は璃々朱の母親を殴っていた。璃々朱の母親は咄嗟に硬質化したようだが、俺の力の方が強い。俺は飛び散る血をものともせずに、拳を繰り出し続けた。
殺してやる。殺してやる。殺してやる。
俺は一方的に璃々朱の母親を殴り続けた。俺の脳内には目の前の女を殺すこと以外に何もなかった。璃々朱の母親は恐怖に目を見開いて叫んだ。
「助けて!」
俺は手を止めてしまった。大きな二重瞼の目が、どうしても璃々朱と被る。
璃々朱の母親は、俺が手を止めた一瞬の隙を突いて俺に馬乗りになり、筋力を上げて全体重をかけて俺の首を絞めてきた。殴られて醜く歪んだ顔は、殺意によって見るに堪えないものに変貌していた。俺は必死に抵抗したが、簡単に振り解けそうにない。
苦しい。意識が遠のいていく。殺さないと。でも、璃々朱の母親なのに?いや、殺さないと殺される。…あれ?
俺、何のために生きるんだ?
身体の力が急速に抜け、脳が思考力を失った。
「今度こそ、死ね!」
「何をしているの?」
静かな声がしたと思うと、俺を締め付けていた力が緩んだ。俺は激しく咽た。
璃々朱の母親は、馬之群の作品の中でも屈指の悪役かもしれません。殺害数は少ないですが、動機があまりに身勝手なので。長編ならもっと彼女のバックボーンを追う所ですが、皆様のご想像に委ねます。