阻まれた復讐
「何てことを…。」
「嗚呼、やはりお前もオレと同じだったのか。まさか璃々朱ちゃんまで同じだとは思わなかったけどね。」
芝は学生の頭を踏みつけながら言った。
「もう止めろ!」
俺は芝に銃口を向けた。芝はまだ笑っている。
「止めるなよ。オレがどんな目に遭わされたかを思えば、このくらいどうってことないだろう?お誂え向きに、復讐を果たせる力も手に入れた。オレは捕まる前に全員に復讐しないといけない。どいてくれ。」
「そうはいかない。俺は中学の時、お前を助けてやれなかった。今はもう見て見ぬふりはしない。その力は俺の妹のものだ。返してくれ。今ならまだ引き返せる。」
芝は俺に拳を突き出してきた。耳元で空を切る音が響く。
「嫌だね。今更身勝手すぎるよ。もう引き返したってオレの居場所はどこにもないんだ。せめて復讐くらい見逃してもらわないと割に合わない。」
俺は足元の学生を巻き込まないように注意しながら、芝の攻撃を躱し続ける。徐々に威力が増しているようだ。
「気持ちは分かる。でも、このままだとお前は後悔する。」
「五月蠅い!」
俺の手元の銃を目掛けて放たれた蹴りは、直前で失速した。芝は毒々しい紫に変色した足を押さえて呻いている。俺は銃口を芝に向けているアルテミスの方を見た。アルテミスは呻く芝に一切動揺せず、まだ芝を狙っている。
「邪魔するな!」
背後で芝が立ち上がる気配がする。アルテミスの指は引き金を引こうとしている。俺は咄嗟に芝に覆い被さった。
パーン。
銃声が響いた。弾丸は俺の前の壁に当たったようだ。
「…どいて。」
「待ってくれ。芝は混乱しているだけだ。突然自分の身体が妙なことになったら、誰だってそうなる。俺が説得するから、銃を納めてくれ。」
「馬鹿なこと言わないで!これが彼の本性だよ。放っておけば全てを破壊するだけ。そんな奴のために血を流す必要はない。さっさと片を付けて帰ろう。これ以上は時間の無駄だ。」
芝は弾丸が足に当たっただけでも苦痛に呻いている。そして、妙な力の気配は一向に消えていない。この銃で力を全て消してしまったら、深刻な後遺症が残るだろう。それは駄目だ。
「じゃあ、今から証明するよ。」
俺は銃口を自分の方に向け、銃身を持って、銃の握りを芝に差し出した。アルテミスが銃を構える音が聞こえる。
芝は銃を受け取った。手が震えている。大丈夫だ。芝には撃てない。
「…。」
心臓がバクバクいっている。汗が止まらない。膝が笑いそうだ。俺が緊張の限界に差し掛かった時、芝はフッと笑って、銃を投げ捨てた。静寂の中を金属音が響く。
「お前、本当に信じられないくらいの馬鹿だな。」
芝の声に、俺の緊張は一気に緩んだ。
「オレが撃ったらどうするつもりだったんだ?」
「お前は撃たないと分かっていたからさ。」
「あーあ、オレの負けだ。警察に突き出すなり、銃で撃ち殺すなり、好きにしてくれ。」
アルテミスは銃を納めた。芝に歩み寄ると、いきなり手を掴んだ。一分ほど経っただろうか、芝はばたりと床に倒れた。もう妙な気配はなかった。
「彼の言う通りだ。キミは大馬鹿者だよ。」
「心配してくれたの?アルテミス?」
妹は盛大に舌打ちした。
「キミが殺されてもボクは黙って見ているつもりでいた。ボクを当てにするのはお門違いだ。」
芝の名前の由来は、インドの神、破壊神シヴァ様です。彼は人間の道を踏み外しきれず、踏みとどまってしまって破壊の限りを尽くせませんでしたが。