宇宙の彼方にて
「璃々朱の方から乗らないでくれて、かえって好都合だったな。」
俺はポケットから地球人破壊爆弾を取り出し、指の間で転がしながら言った。
「アルテミスは上の人に怒られるかな。まあ、今更謝りようもないけど。俺が一度見ただけでは、箱の開け方や閉め方を覚えられないとでも思ったのかな。不用心すぎるよ。」
俺はアルテミスが箱を地球の中心に落とす前に、箱を開けて中の爆弾だけを取り出していたのだ。まあ、並みの地球人には真似できない芸当だろうが、幸い、俺は手先だけは器用なのだ。流石に爆弾を破壊することはできずに困っていたが、爆発圏外まで飛んでくれる宇宙船を用意してくれるとは、何とありがたい。
「いつ爆発するか分からないものを待ち続けるとは、どうにも暇だな。本でも持って来ればよかった。」
俺は落ち着かずに狭い船内を歩き回った。そこでふと気付いた。地球の中心部で爆発したと仮定した時に爆発圏外にある宇宙船は、地球の全域を爆発圏外にすることが可能なのか?
「念の為。」
俺は爆弾を呑み込んだ。酷く苦い味がして吐きそうになったが、どうにか堪えた。どの道助からないなら、少しでも他の人類が助かる可能性の高い行動を取るべきだ。これで全身を硬質化させていれば、何もしないよりはましだろう。
不気味なくらい静かだ。辺りには星だけが輝いており、俺は生まれて初めて、完全な孤独を味わっていた。外の美しさは、俺にとっては妙に焦燥感を掻き立てるだけで、少しも楽しめなかった。
「こんな荘厳な景色を眺めながら死ねるのなんて、俺くらいだろうよ。」
走馬燈にできるような思い出もない人生だったが、案外最期は悪くないな。もしかしたらすぐに第2弾の爆弾が仕掛けられるだけかもしれないが、一度は人類を救って終われるのだ。争いの火種として一生を送るしかない運命にあったと思うと、大出世だ。
心残りは璃々朱のことだが、もう毒親とろくでなしの兄の呪縛から逃れたのだ。後は時間が解決してくれるだろう。璃々朱は聡明で美しく、資産もあるし優しい。俺が心配するには及ぶまい。きっと良い仕事に就いて、素敵な男性に出会って、温かい家庭を築き、幸せな生涯を送るだろう。
「駄目だ。考えると欲が出る。」
俺はネックレスを撫でた。随分前に決心はついていたはずなのに、いざ独りになってみると、何の未練もなかったはずの人生を手放したくなくなってしまうから不思議なものだ。
「来た。」
俺は何となく、爆弾の起爆コードが言われたのを感じた。ここから3分か。もう泣こうが喚こうがどうしようもない。俺は全身を硬質化させながらぼんやりと窓の外を眺めていた。
「人生最長の3分間だな。」
俺の予想通り、この時間は千年にも思えた。いつまで経っても死は訪れず、俺は何度も深呼吸しながら、窓の外を眺めてはその時が来るのを祈るしかなかった。
窓の外に、小さな白い光が見える。俺は頭が悪いので、星の名前は分からないが、アルテミスのように柔らかく、上品な光だった。ただ、その光を見ても心は穏やかになれなかった。
「ん?こっちに来る。」
その白い光は、急速に迫っているようだった。俺は別に慌てもしなかった。隕石で宇宙船が爆発するのも、爆弾で死ぬのも大差ない。中途半端に宇宙船が壊れたら嫌だが、どの道俺には操縦できない。そうしている間にも、光はどんどん近付いてきて、遂には宇宙船に激突した。
俺は反射的に身構えたが、予想していたような衝撃は訪れなかった。恐る恐る目を開けると、その光は音もなく宇宙船の中に入ってきて、内部を飛び回っていた。
「アルテミス?」
「爆弾はどこ!?」
この時の主人公は、処刑台の上に立たされた死刑囚のような心境だと思います。想像しただけでゾッとします。逃げ出そうにもどうしようもないことだけが救いでしょうか。