8話
「アメ、聞こえる?」
「うん」
「アメはさ、俺がなんの仕事してるかいっさい聞かなかったよね。ほんとうは俺に興味なんてないんでしょ」
「不動産屋でしょ」
「へ?」
「不動産屋でしょ」
「え、なんで」
「私たち四年前に会ってるじゃない」
「そうなの?」
「私が上京したとき、初めて行ったのが才の勤める不動産だった。あのときカウンターの向こうで死んだ目をした才を見て、あぁ、東京はこういう町なのかと思った」
「あんときはバンドやめた直後で、やさぐれていたからなぁ」
「きみはいつも辛そうだった」
「そんなことはない。アメといられて幸せだった」
「ほんとうに?」
「うん」
「時々、才が働く不動産屋の前を通ってたんだ」
「なんだよ、早く言ってよ」
「才はどうして私のそばにいてくれたの?」
「人が––––いや、アメが夢に近付いて行く過程を見てみたかったからかな。数年後か、十年後か、いつかわからないけどアメがその夢を叶えたそのとき、そばに誰がいるのかわからないけど、一度しかないその過程を一緒に過ごしたら––––いつかアメに思い出してもらえるかなって」
「思い出すことなんてしないよ。だって私はずっと––––」
白いベールに包まれた世界でぼくらは言葉を交わした。
ぼくは今でも時々、もしかしたらアメがこの町にふらっと戻って来ていて、ふと扉の外からぼくのことを見守ってくれているような気がしている。
【完】