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6話

 ふと、なにか見つけたら教えろよと言っていた暁斗を思い出したが、面倒なので黙っていた。そんなぼくを悟ったのかどうかはわからないが、久しぶりに向こうから連絡がきた。なにやらドラムを叩くらしい。



 当夜、アメからもライブハウスで演奏するという連絡があり、暁斗と同じ会場を指定して来た。


 暁斗がアメのサポートで叩くと知ったのは、当日だった。控室に行くと、アメと暁斗がなにやら親しげに話をしていた。ふたりは扉を開けたぼくに気付くと、ほとんど同時に声を上げた。


「おう、才––––」


「あっ、才––––」


「え、なに。アメちゃん、才の知り合いなの?」


「そうだよ。それよりちゃん付けやめてくれない?大阪のおばちゃんが言う飴ちゃんみたい」



 事態が飲み込めないぼくは目を丸くしていたと思う。



 どうやら急遽出演できなくなったドラムの代わりに、アメのサポートメンバーのひとりが暁斗に声をかけたらしい。


「そういうことか。まさか久しぶりに暁斗が叩くのがアメのサポートとはね」



 ぼくはそう平然を装っていたが、実際はかなり嫉妬していた。アメが唄っている後ろ姿を見ることはなかったからだ。


 心のなかでブツブツ文句を言いながら、この間と同じスタンド席に腰かけた。最後のトリにアメたちは出てきた。



 アメのサポートメンバーは皆、黒の衣装で統一している。暁斗も黒いTシャツに黒のリストバンドを両腕に着けていた。現役時代と変わらない。黙々と叩く正確なリズムも同じ。違ったのは顔だ。


「好きな女を口説くためには完全な姿になる必要がある」



 そう言っていた暁斗がメイクをせずにドラムを叩いている。暁斗も〝自然〟に帰結したのだろうか。いや、そもそもメイクをしないことが自然なわけではない。メイクをするのが自然と捉えられる場面もある。暁斗がメイクをせずに舞台に上がったのは、きっと年齢を重ねて引き算を覚えたからだろう。いや、単に面倒だったからか、それともアメの世界観に合わせたのか。でも合わせたのならメイクをしていたほうが混合するのではないか。やっぱり引き算だろう。そう思うことにした。もっとも、ぼくがコンタクトをやめて眼鏡にしたこともそうだ。


 きっと大人になって引き算を覚えて行くほどに、自然に対しての価値観も変化するのだろう。これが歳を重ねて行くということなのかもしれない。


 五曲を演奏してあっという間にライブは終わった。ぼくは途中、嫉妬なのか、それとも眩しさからか、熱の違いか、少し目を背けてしまった。


「才、帰ろう––––」


 控え室を覗いたぼくにアメはそう声をかけた。


「え、なにお前らそういう関係?」


 暁斗が汗を拭いながら、煙草に火を点けた。


「うん」


 アメは頷いた。暁斗以上に瞠目してぼくはアメを見つめた。


「セッション相手」


 アメは言った。


「え、なにそれ。なんかいやらしいぞ、お前ら」


「うわ、いやらしいって言うことはいやらしいって考えているからでしょ。才、こんな変態ドラマーからは早く逃げよう」


「そうだね」


「おい、ちょっと待て! 打ち上げ行くぞ、打ち上げ!」



 暁斗は足を絡ませて転げそうになりながら、機材を抱えて追いかけてきた。



 ライブハウスを出て、ドタバタと倒けつ転びつしている暁斗を待つ間、ぼくは近くのコインパーキングに停まっている二台の車をぼんやり眺めていた。9259とお揃いのナンバーで、文字は一台が「あ」、もう一台は「め」だった。その文字が「あ」「い」だったら、ぼくらの運命も変わったのだろうか。やがて二世帯らしき家族連れが二台の車に分かれて乗って去って行った。



 ぼくは去り行く車を見つめながら、その日、アメが演奏した最新曲を反芻した。「路上」と題された曲は、この町に対する彼女の最後通牒だったのかもしれない。その日を境にアメの存在は遠くなった。

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