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5話

 後日、ぼくはくだんの一件を役所に問い合わせた。そもそもどうしてあの雑然とした西口に図書館があるのか。役所の回答は、利用率を上げるため議会で決定したとのことだった。後日そのことをアメに伝えた。


「いかにも木っ端議員と木っ端役人が考えそうなことだね」


 アメは尚さら憤激したようだった。ぼくは予想通りの回答に思わず吹き出してしまった。


「知ってる? 副市長の比留間ってすこぶる評判が悪いの」


「ヒルマン?」


「ふふ。まぁそれでいいよ。ヒルマンはしょっちゅう職員を怒鳴りつけてるんだって。きっとそれだけ自分に自信がない証拠だね」


「へぇ。なんでそんなこと知ってるの?」


「大学の同級生が役所に就職してるんだ。それで嫌な思いしたみたいでさ。それで市長の池井戸は自分の権力保持のためにそのヒルマンを切れないんだって。アホらしい」


「市議会って確か二元代表制ってやつでしょ? 議会は? 議長は?」


「議長もてんで役立たずだって。そもそも議長なんて代わり番こだから、ある程度期数さえ積めば、バカでもアホでもできるんだよ。っていうか議員自体そうじゃん。思想は愚か、住民自治もまともにできない奴らが受け取る報酬って一体なに? やるべきこともやらないで次の市長選は誰々、都議選は誰々って言ってる連中だよ。ほんと馬鹿みたい。主要国の地方議員はほとんどボランティアでやってるっていうのに。ほんらいそうあるべきだと思う。なにかの職業を持った上でバッジを着けるべき。議員を職業化するのは間違ってる」



 そうなんだ、とぼくは相槌を打つだけだった。まぁそんな市長とヒルマンでは西口問題も解決しないのだろうなと漠然と思うだけだった。



「これを言うと、地方議会の軽視だって言われるけど、むしろ逆。重視しているからこその主張だよ。職業化しているからバカらしい権力闘争が生まれるんだから」



 もしかしたら、この一連の出来事がアメの中でなにかしらの変化を与えたのかも知れない。



「それより、なに? それ」


「あぁ。これ? 最近、noteっていう個人メディアみたいなものを初めてさ。文章を書いてるんだ」


「へぇ。どんなこと書いているの?」


「まぁ、その時々だけど、思ったこととか感じたこと、かな」


「ふーん」



 アメは画面を覗き込んだ。



「なんで写真の加工するの。自然の色合いが失われるじゃん」


「こっちの方が目立つかなと思って。そうすればアクセス数も増えるかなって」


「私は自然のままが好き」



 アメならそうだろう。生き方そのものが自然なのだから。ぼくはアメの言葉を引き取らなかったが、ほんとうは加工しているからこそ、加工をしないありのままの自然が一発でわかるようにもなっていた。なにより、ぼく自身が誰よりもありのままの自然に飢えていた。



 noteに添付するための写真を撮りに川原を歩いたときにはっきりそう感じた。そこから見渡す景色は首をどちらの方向に向けるかではっきりと違いがあった。


 左側は川向こうに人工的に造られた複数のマンション。右側は橋。その上を車や人が行き交う。



 右でも左でもない、その真ん中だけが滔々と流れる川の先にすすきが風に揺らいでいて、視界の先には雲がかかった山が見えた。そこだけに自由が拡がっているように見えた。美しいと思った––––見事に自然のものしか目に映らない瞬間が、日常の中でどれくらいあるだろう。


 ぼくは初めて、十代、二十代のときは人工的な造形物にある程度の美を感じていたことに気付き、この齢にしてようやく自然の美を悟ったのかもしれない。いや、きっと子供の頃はちゃんと自然を感じていたのだろう。



〝俺はいつからアメのように自然に生きていけなくなったのだろう〟



 自由に見えて、実はなにもかもが狭量だ。ぼくもアメのように感性だけで生きていたいのだと思う。



「表現の場があるっていうのは素晴らしいことだね。私の路上も、あなたがやっているその、note?も。その気次第でどこでも表現の場になる」


「ぼくが書く理由は表現というより、たぶん、自分が生まれて来てよかったのか、とか、生きていていいのかっていう問いなんだと思う」


「深いのか浅いのか。まぁ才にしては深いということにしましょう」


「どういう意味だよ、それ」


「でもきっと才に出会えた人たちは、出会えてよかったって思ってるよ。それはもう生があることが前提でしょ」


「アメもそう思ってくれてるの?」


「さぁね」


 アメは舌を出して戯けてみせた。



「でもそれはきっとひとりの神様でなくて、たくさんの神様がそうしてくれたんだと思う。あるいはたくさんのご先祖様か」



 アメはぼくの抱える窮屈さを吹き飛ばすように、まるで旋律を奏でるように言った。




 音楽をやっていたことも、これまで生きて来たことも、全部この瞬間の言葉のためにあるのだとしたら––––ぼくは震えそうな心身を初めて自然に任せられた気がした。

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