092. 1日の終わり
冒険者様方と別れ、ようやく王城に帰り着くことができました。
幸いなことに帝国兵に占拠されているといったこともなく、馬車は王城前の広場を進むことができています。
通常、私共のような侍女は正面入口ではなく勝手口を使用しますが、今回は妖精様がご一緒されていますため馬車は正面入口に止まりました。ここでようやく、私は集まってこられた城の者達から現状を把握することができたのでした。
馬車の荷物を下女達に任せて、私は王冠が納められた木箱を慎重に運びだします。妖精様は自由奔放なお方ですので王城到着後はまたどこかへ行かれるのだと思っておりましたが、何故か私の胸に収まっておられました。
早く王冠を戻してしまいたいのですが、国王陛下への謁見がすぐ実現する筈もありません。迂闊に動きますと自派閥優先の貴族様方に何を言われるか分かったものではありませんので、まずは落ち着いて妖精様のお部屋へ向かうことに致しました。妖精様がご一緒であれば、王城の主要な方々に向こうから来て頂くことも叶うでしょう。
妖精様のお部屋に着きますと、扉が開け放たれたままで廊下には掃除用具が散乱しておりました。ここも襲撃されたと言うのでしょうか。
そのような現状を目の当たりにしまして立ち止まっておりますと、思惑通り王妃様方がやってこられました。損傷した妖精様ドールを抱えられた王妃様、激しい運動後のようなご様子のティレス第一王女殿下、お疲れ気味と思われるアーランド王太子殿下と、その付き人達です。
妖精様ドールが帝国兵を引きつけてくださっていたと城の者より聞き及びましたが、聞きました話よりも損傷が激しいようです。着せられておりましたドレスは切り裂かれ、片腕は取れてなくなり、お顔にはヒビが入って全体的にお汚れになられております。そのご様相から帝国兵との戦いが如何に激しいものであったのか、ありありと読み取ることができました。
王妃様をはじめ、皆様が妖精様に御礼を申し上げられました。国をお守りになられた功績でありますのに、妖精様は誇示されることもなく王冠が納められた木箱を静かに指さされました。その動きに合わせ、私は少しだけ蓋をずらして中身をお知らせします。
場の空気が一転、何も言わずとも王妃様方に事の重大さが伝わりました。そして、妖精様が頭を下げられたのです。
「まぁ! 妖精様にここまで助けて頂いた上で、謝罪を受けるなどあり得ないことですわ」
「そうです。帝国の思惑を事前にここまで把握し、完璧な対策を取られたのです。これが城外へ運び出されてしまったことに対して謝罪されているのでしょうが、それさえもこうして取り戻してくださったではありませんか。謝罪の必要などありませんよ」
王妃様の言葉にアーランド王太子殿下が続かれます。なるほど、私は納得致しました。妖精様は今回の件を全て事前に予見されて、その全てに完璧な対策を施されていたのでしょう。
帝国に内通した冒険者が先発隊に紛れ込んでいることも、その内通者に私共が襲われてしまうことも予見されており、王都の問題に完璧な対策を施された上で王都をお離れになったのです。
しかし、あの男が宝物庫から本物の王冠を持ち出してしまうことまでは想定外だったのかもしれません。
私はスタンピードや帝国襲撃の状況を知りましてから疑問がありました。王都の問題に事前対策を施されていたのであれば、妖精様はあれほど急いで王都に帰還する必要はなかった筈です。しかし実際には、妖精様はわずか1日で王都にたどり着くほどお急ぎになられました。
おそらく王冠が盗み出されてしまうことも予見されていたのでしょう。そして、それに対する何らかの対策が失敗して、王冠は城外に持ち出されてしまいました。妖精様は、王冠がそのまま王都外まで持ち出されないようにあれ程お急ぎになられたのです。
ああ、なんという謙虚なお方でしょう。城外に持ち出されてしまった王冠を取り戻したことを誇るのではなく、王冠が城外に持ち出されてしまったことに謝罪されるなんて。
私は木箱をアーランド王太子殿下に手渡しました。これにて今回の騒動に対する私のお役目も完了です。
これから今回の件に関して様々な話し合いが始まるでしょう。今回の貢献者に対する褒章、そして誰が責任を負うのか、どのような罰が課せられるのか。再発防止策や内通者の洗い出しに、今後の帝国対策。
問題は山積みですが、それらの問題に対処していくことができるのです。国が残らなければ問題に対処するなど、できようがありません。王国は今日という日を乗り切ることができたのです。
王族の方々の前でありますのに、安心した私の腹部から非常に大きな音が鳴り響きました。
……今日は朝から何も食べておりませんでしたからね。