091. 帰路
早く帰還しなければなりません。妖精様の魔法により驚く程の速さで帰路を進むことができておりますものの、焦りは消えてくれません。
妖精様に強化して頂いた馬や馬車を必死に操っておられる御者や冒険者様方には悪く思いますが、馬車に乗っているだけの私にはもどかしさしかありません。
南部辺境のスタンピードは陽動のための虚偽情報であり、王都から戦力を引き離した上で王都近郊にスタンピードを起こし、その間に王城を攻める。そのような侵略を今正に帝国から受けていると言うのです。これが成功されてしまえば国がなくなる、それほどの脅威です。
「見えてっ、きましたよっ、王都です!」
「承知っ、致しました!」
永遠とも思えました時間が御者の呼びかけで終わります。逸る思いを抑え御者席に通じる小窓から王都を確認してみますが、ここからでは異変を感じ取ることはできません。西側の平原から若干煙が上がっておりますものの、今現在戦闘をされているような動きはなさそうです。
城壁に隔たれておりますため王都内部の様子は分かりかねますが、少なくとも街中に火の手が回っていましたり、見える範囲で城壁が打ち崩されているといったことはなさそうです。丘の上に突き出た王城にも変わりはなく、河には普段通りの様子で船が行き交っているのが見て取れます。
聞こえます音は驚異的な速さで走り続けております馬車のガラガラという音と、馬車内に吊らせて頂いた妖精様の鳥籠がカチャカチャと鳴る音ばかり。それ以外では、馬車がひときわ大きく揺れました際にときおり鳴る、馬車外に取り付けましたベルの音程度です。スタンピード規模の魔物が大移動するような音は聞こえてきません。
「何も起きてないように見えるわ! 少なくとも大っきな戦闘はしてないみたい!」
冒険者様も異変は感じられないようです。なんとかスタンピード前に帰還することができたのかもしれません。
「……いや、もう終わった後かも?」
「どういうこと? 街は無傷に見えるわよ!?」
「よく見て! 街の西側! なにかの魔物の残骸が転がっているように見える! すごい数!」
冒険者様方のやりとりを聞きまして再度王都の西側を観察してみますが、私には遠すぎて魔物の残骸などを確認することはできませんでした。
しかし、やがて近付くにつれ様々な状況が見えてきます。王都西側の平原を埋め尽くすように散乱しております魔物の死骸、それらを解体なされている冒険者様方の姿、大規模攻撃魔法を何度も撃たれた後のような地形の変形、状況確認中と思われます衛兵達、見物に集まっておられると思われます一般の方々……。
「うそ、スタンピードを無傷で乗り切ったと言うの? どこにそんな戦力が!?」
「うひゃー、これで王城も無事なら、今晩は良いお酒が飲めそうだねぇ!」
私共の速度が非常に速いため、状況が見えてきましてからすぐに城壁に遮られて西側の状況は見えなくなりました。それから間を置かず街の南門に着きます。
南門にて冒険者様経由で門番から状況を確認させて頂くことができ、スタンピードの終息を知ることができました。まずは一安心ですが、王城への襲撃がどのような状況であるのか確認が取れません。
門番は王城襲撃を認識されていないようです。しかし、内通していた冒険者の情報通り、王都でスタンピードが本当に発生していたのです。王城も襲撃されてしまっている可能性が高いでしょう。まだ気を抜くことはできません。
王都に入ると街中から歓声が上がりました。門番の話では、妖精様が事前にご用意されていたポーションで王都防衛に成功したとのことです。その話はすでに市井に広まっているのでしょう。皆、妖精様を称えておられます。
実戦に耐えうる攻撃魔術を使用可能な魔術師は魔術師団長様お1人のみだったそうですが、妖精様の魔力ポーションのおかげで終始攻撃魔術をお撃ちになることができたそうです。さらに治癒ポーションのおかげで、死者どころか負傷者1人でなかったとのことでした。
歓声で迎えられるのも納得です。通常であれば一度スタンピードが発生してしまいますと、たとえ防衛に成功したとしても犠牲者は付きものなのですから。死傷者なしで収束できたスタンピードは人類史上初めてかもしれません。
そのようなことを考えておりますと、不意に妖精様が馬車を出ていかれました。御者に指示しまして妖精様を追いましたところ、木箱を抱えられた魔術師団の若手を発見致しました。
どうやら逃げようとしていらしたようですが、馬車で行く手を阻む形となりました。さらには、妖精様を追ってこられていた街の方々に取り囲まれると、彼は観念したように座り込まれました。
すかさず妖精様が脇に置かれた木箱の蓋を少しだけずらして中身を確認されます。その際に私にも中身が見えてしまいました。
なぜ王冠がこんなところに!
2つの可能性が考えられます。1つは、帝国の王城襲撃が成功してしまったため、この男が命からがら王位継承の証となる王冠を確保して脱出してきた可能性。
しかし、妖精様に行く手を阻まれへたり込んでいるこの男の様子から、その可能性は低いように思われます。であれば残る可能性は1つ、混乱に乗じてこの男が盗み出してきたということ。
王冠が城外に存在するなどとは、一般に知られる訳には参りません。王冠が盗み出されたのであればもちろんのこと、たとえ帝国の魔の手から王冠を守るために確保してこられたのだとしても、そのような危機的状況であることを市井に悟られてはならないのです。
私は咄嗟に木箱を押さえつけて蓋を閉じました。思わず妖精様を凝視してしまいます。妖精様はどのようにして王冠がここに存在することをお知りになられたのでしょう?
王城が無事であれば、この王冠は急ぎ王城に戻す必要がありますね。魔術師団の男をひとまず衛兵に任せ、予定通り王城を目指すことにしました。