089. 盗人
日中でも日差しが黄色くなってきた。たぶん秋が近づいてきたんだと思う。8月下旬の、まだ夏休みは終わらないと思いつつも薄々宿題の残量が心にひっかかり始めて夏休みを心から楽しめない、そんな独特の雰囲気を思い出す空気感だ。つまり、今まではやっぱり夏だったんだね。そして私は不機嫌だ。
そりゃ私も純粋な観光旅行だとは思ってなかったさ。お城を巻き込んだ会議をした上で冒険者が大勢集まって大移動、何か大事件が起こって解決に駆り出されたとは思っていたよ。
でもでも、初めての遠出で期待していたのに、まさか目的地に着かずに引き返すことになるとは思わないじゃん。返してよ、私の期待を返してよ! ずーっと道中の退屈を我慢してきたのに! おのれナヨ冒険者め!
だけど状況がよく分からない。何か大事件が南の方であって、その対応に冒険者を大勢船で移動させる必要があった。私たちはその先遣隊として少人数で一足先に出発したんだと思う。その道中で欲に目がくらんだ冒険者が、鳥籠メイドさんのネックレスを盗もうとした。それに鳥籠メイドさんと私が反撃、盗人を数人ヤっちゃった。んで、1人捕まえた。
ここまでは把握している。最後に捕まえたナヨ冒険者が何故逃げたのかはよく分からない。逃げるなんて怪しいと思ってとりあえず捕まえたけど。普通に考えたらグルだったということかな?
捕まえても性懲りもなく悪意みたいなのを出していたから、ちょっと腕をふっとばして反省させた。悪意みたいなのは消えたし、腕も元通り生やしてあげたから問題はない。解決だ。
ここまでは理解の範疇。だけどその後、いきなり2手に分かれて引き返しているのが分からない。
作戦行動中に犯罪者が出て街に護送する必要が出たのなら、作戦離脱組に捕まえた犯罪者を託すハズだ。だけど捕まえた2人は筋肉オバケが連れて行ってしまった。あっちはそのまま進んだから、あっちのグループが作戦続行組で私たちが離脱組のハズなんだけどなぁ。
離脱組は女性冒険者2人と鳥籠メイドさんに私、そして御者のおじさんだ。作戦続行組は男性、離脱組は女性+御者のおじさんって感じ。
今現在、離脱組がめちゃくちゃ焦っているのもわからない。襲ってきた冒険者は撃退したのに何をそんなに焦っているんだろう? よく分からないけど早く帰りたいみたいだ。目的地にも着かず観光もできない私も同じ思いなので、ここは馬と馬車にバフでもかけてとっとと帰るか。退屈な道中はもういっぱいいっぱいだよ。
ちょちょいとバフったら、馬に乗っていた女性冒険者2人がすぐさま気づいたようだ。1度馬車に寄ってきて鳥籠メイドさんと話した後、一行は猛スピードで走り出した。
わはーっ! さすがにこの揺れには鳥籠メイドさんもキツそうだね。もちろん私も耐えられないよ。とりあえず移動中はずっと浮いとこう。定期的に回復魔法もかけつつ、後はひたすら無心で耐える。はよ帰りたい。
行きで寄った街々を全て素通りしてぶっ通しで走る。朝ご飯の支度前に例の事件があったから、朝は食べていない。それなのに昼も食べずに走り続けて夕方、ようやくお城のある街が見えてきた。いやー、やればできるもんだね。数日かけた道中を1日で戻って来れたよ。
夕日に照らされて左側は茜色に、右側は黒々としたシルエットになった丘の上の城壁、そして転がる何か。ん? 転がる何か? なんだあれ? 街から西側に何かいっぱい転がってるし、煙も上がってるね。だけどすぐに城門に入ったので見えなくなった。まぁ、今はいいか。疲れてるし早く休みたい。
門番さんと話してた女性冒険者が嬉しそうにこちらに話しかけてくる。それを受けて鳥籠メイドさんもなんだかホッとした感じだ。ようやく街に着いて安心したんだろうね、暴走気味のスピードだったからな。
街に入ると歓声が上がった。すごい、めちゃくちゃ歓迎されてる! なんで? 多少街の人気者になったとは思ってたけど、こんな全員から歓声上げて歓迎されるほどじゃなかった気がする。私が数日街を離れてた間に街のみんなが私の真の愛らしさに気付いたのかな? 自慢じゃないけど、妖精の見た目はやっぱりかわいいからね。いやぁ、照れるね。
手を振ると近場の人から歓声が大きくなって後ろの方に波及していく。すご。これが真の人気者か。みんな嬉しそうだ。ほらほら、かわいい妖精さんが手を振ってるよ、喜べ! うわー、気分良いね!
む、また悪意みたいなのだ。みんな喜んでる中に1つだけあるとめっちゃ目立つ。また盗人か? おのれ盗人め、せっかく気分良く忘れていたのに盗人のせいで目的地に着けなかった恨みを思い出しちゃったじゃないか。私は馬車を飛び出して悪意みたいなのを確認しに行ってみた。
あいつか。あれ? 見たことある顔だね。お城の魔法使い3人衆の1人じゃないか。木箱かかえて走ってるなんて怪しい。とりあえず行く手を遮る。お巡りさん、こいつです!
逃げようとした盗人魔法使いを、追いついてきた鳥籠メイドさんの馬車が遮る。さらにそのまわりを、さっきまで歓声あげて付いてきていた街の人たちが取り囲んだ。そうして、さすがにもう逃げられないと悟ったのか盗人魔法使いはへたり込んだ。
さてさて、その木箱の中身は何かなー? 木箱を少し開けて中身を確認しようとしたとき、すごい形相の鳥籠メイドさんが木箱を閉じてしまった。そしてすごい形相のまま盗人魔法使いを睨みつけ、木箱を回収してしまった。
すごい、盗人冒険者に襲われてもそんな形相してなかったのに、いったい何を盗んだんだ。ちょっとその木箱の中身見せて。ダメ? ごめんごめん、わかったわかった。だからその顔やめてくれないかな? 近い近い、顔近い。
盗人魔法使いはやってきた衛兵に連れられて行った。