088. 王冠
何故だ!? まさか襲撃が失敗するなんて! 僕は木箱をかかえて地下道をひたすらに走る。
「待ちなさい!」
ニーシェか。思えばアイツの存在も想定外だったよ。せっかく王都に2人しか残っていない魔術師団員の3人目として潜り込めたというのに、まさかの4人目。さらには規格外の5人目ときたもんだ。
「待つわけないだろう!」
短めの魔術杖の先端に短刃を装着した杖を振るう。柄は両手で持てばいっぱいになる程度しかない。見た目は杖というよりは柄が長めの短剣だ。走りながら後ろへの発動なので狙いは甘いが、足止めにはなるだろう。
「きゃっ!? 無詠唱!?」
ニーシェは馬鹿正直に長い標準杖を持ってきている。それじゃぁ長すぎて地下道では扱いにくいだろう。場に不適切な装備しか持たない駆け出し魔術師など、帝国魔術師の僕の敵ではない。
この木箱、これを帝国に届けてしまえばここからでも大逆転が狙える。この中にはファルシアン王国の王位継承の証でもある王冠が入っているのだ。普段国王がつけている偽物ではなく、宝物庫にあったこちらが本物だ。
これがあれば、正式な王位継承順をスキップして特定の者を王位に就かせるよう脅迫できる。ファルシアン王家の血は、相当薄いが帝国にも入っているのだ。王国が要求を飲まなくても、古いしきたりに縛られた王国は王位継承儀式を執り行うことはできない。
5本あるという妖精剣はあいにく持ち出されており入手することはできなかったが、これさえあれば問題ない。王冠を宝物庫に放置したまま宝物庫番を全員連れ出すという愚行を犯すとは、さすが王女は視野が狭いと言われるだけある。
地下道を抜けて街に出た。できれば直接街の外に出たかったのだが、どうやら街の外へつながる道は塞がれているようだった。子どもでも侵入したのだろうか? 子ども向けの警告文が貼られていた。
しかし、ニーシェももう追ってきていない。後は城から街の門番へ通達が行く前に街から出てしまえば勝ったも同然だ。直接東門から出たいところだが、西門から出て北側を迂回することにする。
西門ならもともと練度が甘い上に、さらに今はスタンピード直後だ。目撃者も多くなるが、どうせニーシェに見つかっているのだ。大勢の人間に紛れた方が脱出しやすいだろう。そろそろ日も落ちる。
そうして顔を上げた俺の前に、西日をバックにして黒々とした小さなシルエットが浮いていた。