087. 王妃
「――ということです。母上は全て知っておられたのですね?」
息子が言うには、今回の帝国兵侵入を初夏から知っていた私は、妖精様ドールを防御力の高い素材で発注し、その妖精様ドールを使用して帝国兵侵入を察知した上で城内に厳戒態勢を敷いた上で、そのまま妖精様ドールを帝国兵の中に放り込み、敵を混乱に陥れた、とのことです。
もちろん、そんなことはありませんが。だいたい、初夏の時点で帝国兵侵入を察知していたのであれば、もっと正攻法での対処があったでしょうに。どうしてわざわざ戦闘用の妖精様ドールを用意するという発想に至るのでしょうか?
しかし、王族や貴族というものは相手が良いように勘違いしているのであれば、それに乗っておくものです。私は無言で微笑みました。
「やはり! さすが母上ですね」
「お母様……、すごい」
息子と娘、それからこの場にいる宰相は羨望の眼差しで私を見つめてきますが、夫は苦い表情をしております。納得はいっていないのでしょうが、偶然とは思えないほど状況がピタリとハマった結果があるため、納得せざるを得ない。そういった表情です。
それにしても、私は事前に帝国兵の侵入を察知していることはありませんでしたが、妖精様は確実に察知されていたのでしょう。そうでなければ、あのような奇天烈な人形をご用意される理由がありません。
「お兄様、妖精様の行動に全て意味があったのだとすれば、失態だと思われた地図の表示にも、何か意図があったのでしょうか?」
地図の表示。王都スタンピードの一報の際、妖精様は冒険者ギルド代表に同行されて会議に参加していたそうです。その際に冒険者ギルドが地図を持参していたにも関わらず、わざわざ妖精様が地図を表示されたと報告を受けています。
その地図には王城地下の構造も詳細に示されており、内通していた公爵令嬢はその地図から地下道に通じる隠し扉を発見したということでしたね。
「ああ、妖精様はおそらく内通者がその場にいることも知っておられたのだろう。その上でわざと地図を表示された」
「なぜ?」
「それはね、例の侍女が隠し扉を発見できなかった場合の方がやっかいになるとご判断されたんじゃないかな。もし隠し扉を開けられなかった場合、隠し通路には帝国兵が大量に取り残されていた筈だ。そうなれば、奴らは別の手段を考え実行していただろう」
「そうですね、そうかもしれません」
「だろう? 妖精様は、"無限に可能性が広がる未来"よりも、"敵が隠し扉を通って侵入する"未来に限定されたのだろう。その方が対処が確実になる。そもそも妖精様の地図は、妖精様が行かれた場所のみが表示されるのだろう? 地下道が表示されていたということは、妖精様は事前に地下道の探索を終えていたということだ」
「なんと、では失態と思われた行動も、実は策の内だったということですか……。そうなのですか、お母様?」
もしそれらが本当であれば、妖精様の策略は非常に高度なものと言わざるを得ません。もちろん、私はそのようなこと知りませんでしたが、再度微笑んでおきました。
「さすがですね、お母様も妖精様も……」
ふふふ、ウソは言ってませんからね。
「ところでアーランドよ、スタンピードで一騎当千の活躍を見せた冒険者は、事前に妖精殿から果物を頂いていたと言ったな」
「はい」
夫の問いに息子が短く答えます。妖精様がご用意された果物を食べただけで、オークキングを含む1000ものスタンピードを圧倒するなど、その果物は少々危険ですね。
「それな、ワシも食べたわ」
「なんと! では陛下が暗殺者や帝国兵を一刀両断できたのも、妖精様のおかげということですか!? あの動き、常人ではないと思っておりました」
夫の発言に宰相が驚きの声をあげました。アナタも食べたのですか、ズルいですね。ではなくて、妖精様は夫への襲撃も予測していたことになりますね。
「妖精様はお父様にのみ果物を与えたのですか? つまり、今回の襲撃で国王陛下のみが危険にさらされることを、妖精様は事前に知っていたと?」
「うーむ……」
「これではまるで、未来予知ではないですか。妖精様は未来予知ができるのでしょうか?」
ティレスの疑問ももっともですね。しかし、その問いに答えられる者はおりません。
「どちらにしても、あの果物は危険だ。あの果物はおそらく西棟の聖域の木から採れたモノだろう。西棟の聖域は封鎖し、許可のない立ち入りは禁止するべきだな」
その意見には賛成です。食せば一騎当千など、危険極まりない。今後その果物を狙う輩が必ず出てくるでしょう。
「聖域と言えば父上、霊石も聖域にあるのでしょう? 今回のドールの動力源は霊石だったというではないですか。つまりあの聖域も布石の1つであったと」
「そうですお兄様、霊石と言えば妖精様専属侍女に与えられたネックレス。あれも霊石でできていました。そのネックレスを得た侍女は強力な魔術を行使できるようになったのです。あのネックレスにも何か意図があったのでしょうか?」
「ふむ、報告によると妖精様は自らのご意思で、辺境スタンピード対策の先発隊に参加されたとか。王都スタンピードや王城襲撃を事前に知っておられてもなお、ご自身が王都に不在でも問題ないように対処されたうえで、辺境に赴かれた。そして妖精様専属侍女もそれに同行している……」
「つまり?」
「先発隊に何かあるのかもしれないね。妖精様本人が対処しなければならない程、重大な何かが……」
「それについてはここで話していても仕方がありません。急ぎ確認に向かわせましょう」
私はそう言って話を纏める方向へ舵を切ります。
「それから、妖精様の行動に関しては王族からの発表は致しません。ましてや王城に帝国兵が襲撃していたなど、民に知られる訳にはいきませんからね。アナタ達も公の場で明確な発言は避けなさい。ただし、貴族共にはそれとなく匂わせるのです」
息子の発言の大部分は予想でしかありませんからね。後で間違っていましたでは済まされません。王族が間違うなどあってはならないのです。
「そうだな、アーランドよ。相手が我々だから今は良いが、あまり断定口調でものを語るなよ。いつか痛い目にあうぞ。ティレスもな」
「はい」
「……はい」
「では今後のことだ。まず西棟の聖域は封鎖、それからアーランドの言うようにティレスへの処罰はなしだ。内通していたバスティーユを拘束するために第2騎士団を再度北へ向かわせる。そして城内の内通者洗い出しと、あとは先発隊の状況確認だ。あー、まだあったな。ティレスの専属はニーシェに戻そう」
「陛下、王都スタンピード対策の参加者への報償と、王城防衛の功績者への褒賞も考えねばならないでしょう」
「む、そうだな宰相よ。特に一騎当千であったという冒険者と、スタンピードの大半を殲滅した魔術師団長、指揮した冒険者サブギルドマスターには報償が必須か。それから、帝国兵の大半を討った衛兵2名。しかし宝物庫から出せる物も少ない。今後、辺境のスタンピードで活躍する者も出てくるだろう。褒賞の選定は辺境のスタンピードが解決してからだな」
「は、承知致しました」
「思えば、妖精殿が宝物庫に妖精剣を残されたのは、報償に使えという厚意もあったのかもな。いや、妖精剣を報償としてバラ撒くには少々強力過ぎるか……」
「……ところで皆様、これなのですが」
陛下から今後の方針も出されてようやく話も終わりかと思われましたが、宰相からまだ何かあるようですね。宰相は瓶を1つ取り出しました。
「いつの間にか厨房にあったとのことです。中身は聖域の木になっている果物と思われますが……、妖精様の行動に全て意味があったのだとすれば、この瓶詰め果物にも何か意味が……?」
皆が一斉に私を見てきました。
私はもちろん、微笑んでおきます。
失態だと思われた地図の表示:65話、66話
その地図には王城地下の構造も詳細に示されており、内通していた公爵令嬢はその地図から地下道に通じる隠し扉を発見した:66話、75話
地下道が表示されていたということは、妖精様は事前に地下道の探索を終えていたということだ:11話
スタンピードで一騎当千の活躍を見せた冒険者は、事前に妖精殿から果物を頂いていた:33話、34話
それな、ワシも食べたわ:49話、50話
陛下が暗殺者や帝国兵を一刀両断できた:77話
西棟の聖域の木:14話
霊石も聖域にある:31話
ドールの動力源は霊石だった:55話
霊石と言えば妖精様専属侍女に与えられたネックレス。あれも霊石でできていました:50話
そのネックレスを得た侍女は強力な魔術を行使できるようになった:51話
報告によると妖精様は自らのご意思で、辺境スタンピード対策の先発隊に参加されたとか:63話、64話
妖精殿が宝物庫に妖精剣を残された:18話
いつの間にか厨房にあったとのことです。中身は聖域の木になっている果物と思われますが:32話