078. 侍女
ようやく本日、辺境伯領都に到着という日、珍しく妖精様は私よりも早く起きていらっしゃいました。私は腰辺りでなにやらゴソゴソとされている妖精様の行動により目覚めたのです。
馬車を出て見張りをしてくださっていた女性冒険者の1人と挨拶を交わします。この強行軍のメンバーに女性冒険者2名が編成されておりますのは、間違いなく妖精様と私への配慮でございましょう。
朝日が顔を出して辺りが明るくなった頃、冒険者ギルドのマスター様が私をお呼びになり、妖精様に向けてサインを出されます。両手の親指と人差し指で四角を作るそのサインは、妖精様に地図を出して欲しいという意思表示です。
城の皆様は妖精様が言葉をご認識されていると思われておられるようですが、おそらく妖精様は言葉をご認識されておられないでしょう。いくつかの単語はご理解されているようですが、文章となると全く通じているようには見受けられません。
以前、国外の来賓の応対をさせて頂いた経験がございますが、その際に、来賓の付き人の数人は我が国の言葉が通じませんでした。妖精様の反応は、その方々の反応と似ておられるのです。
身振り手振りは通じるのですから決して知能が低いということはなく、むしろ高度な知性を感じさせてくださいます。そのため1度、言葉を教えて差し上げようとしましたところ、妖精様には逃げられてしまったのですが……。
ギルドマスター様の要望を受け、妖精様が私から離れられて地図を出してくださいました。緑色の半透明な立体地図は何度見ても驚嘆せざるを得ません。色さえ付けばまるで本物のようです。
「あー、点が集まってるから、今はここか?」
「そうですねぇ。なんで、あっちに真っ直ぐって感じですかい」
私達は現在、街道を無視して目的地まで真っ直ぐ進んでおります。曲がりくねった街道を進むよりも直線的に進んだ方が遥かに早いというザンテン様の提案で、妖精様の地図を頼りに道なき道を進んできました。と言っても草原ですから、それほど苦になる程ではありません。
「うぉーい、侍女の姉ちゃん。朝飯の用意手伝ってくれや」
冒険者の1人が私を呼びました。ギルドマスターはまだ地図をご確認されておりますから妖精様とは離れてしまうことになりますが、これまでもそうだったのです。初日に妖精様が馬車を飛び出された際にはヒヤヒヤ致しましたが、それ以降、妖精様は実に良く私共に付き合ってくださっています。突然居なくなられるようなことはないでしょう。
「よぉ、まずはそのネックレスを外せ」
……?
離れた場所に連れてこられ、冒険者5人に囲まれてしまいました。冒険者は粗暴な者が多いと聞いておりましたが、同行者の持ち物を堂々と盗み取ろうとするとは、迂闊に付いてくるべきではありませんでしたね。これまでの7日間ご一緒させて頂いていた間は、このようなことはございませんでしたのに、最終日でこれですか。
「どうした、早く外せ」
「お断りします」
このネックレスは妖精様に頂いた大切なモノでございます。このような輩に渡す訳には参りません。そうでなくても、このネックレスは他人には触れないのですが。
「じゃぁ死ね!」
そう言うなり男は突然剣を抜いて私に斬りかかってきました! 当然私は反応などできる筈もなく目をつむってしまいます!
「きゃっ!」
「ぐっ!?」
首を狙ったのでしょうか、首に強い衝撃を受けて私は倒れてしまいました。しかし同時に相手も動きを止めます。剣が妖精様のネックレスに当たったのでしょう。このネックレスは、他人が触ると痺れるそうですから。
「たたみこめ! 詠唱する隙を与えるな!」
「殺せ!」
3人駆けてくるのが見えます。1人は弓を番えていました。もう1人はまだ痺れているようですが、詠唱する暇などございません。であれば、これでどうです!?
「ぐあ!?」
「眩しいッ!」
「目がッ!」
生活魔法なら無詠唱で使用することができます。私は照明の生活魔法を、妖精様のネックレスのお力を借りた最大出力で発動させました。目をつむってから発動させたというのに、まぶたを通して視界に光が溢れます。これをまともに見た男達など、しばらくは十分な視界を得られないでしょう。
「我シルエラが求める……、炎よ、我が敵を穿て!」
ズドン!!
「……っ!!」
射手の男が脚だけを残して消えました。それと同時に、倒れ込んでいた私は立ち上がります。私も魔術師団長様から教えを得ていますからね、潰せるならまず遠距離攻撃職から潰せと。
「クソッ!」
「このアマが!」
射手の男がやられたことを悟った男達が、がむしゃらに剣を振るってきました。
「我シルエラが求める……」
「させるかよぉ!」
「ぐっ」
左腕を斬り付けられてしまいましたね。視界がまだ回復していないようですので致命傷とはなりませんでしたが、それでももう左腕は使えそうにありません。詠唱する隙も無くなりました。
相手はこちらの照明魔法を警戒してか、顔の前に片手を掲げて向かってきます。――先ほどネックレスを外せとおっしゃられておりましたか。では望みどおりにして差し上げましょう!
私は妖精様のネックレスを外して端を持ち、腕を振ります。ネックレスと剣が触れた瞬間、剣が弾かれました。
「――炎よ、我が敵を穿て!」
ズドン!!
胴をなくした男の顔と腕が落ち、脚が転がります。
「な!? 詠唱短縮かよぉ?」
「いや、詠唱をやめてなかっただけだろう」
「我シルエラが……」
「調子に乗るなよぉ!」
後少し、後もう少し時間を稼ぐことができればこちらの勝ちなのですが……。しかし詠唱する隙はありません。私は仕方なく妖精様のネックレスを相手に投げつけました。
バチッ!
「うぎゃっ」
バチバチバチバチ!!
倒れ込んだ男の上に妖精様のネックレスが落ち、ネックレスが男を弾き続けます。男の体が河から釣り上げた魚のように跳ね回りました。
「クソこのアマ!」
万事休す、最早手はありません。私は背を向け身をかがめました。すると腰の辺りから何かが飛び出す感覚が……。
「な? カエル?」
よく理解できませんが、何故か男が怯み動きを止めます。
「私の勝ちでございますよ。時間をかけ過ぎましたね」
「なんだと……」
直後2本の、人の背丈以上もある太い光が迸り……
「あ?」
「え?」
残りの男2人を消し去りました。同時に私は別の優しい光に包まれ、これまで受けた傷が癒されていきます。妖精様の魔術を初めて拝見させて頂きましたが、凄まじい威力でございますね……。
妖精様が飛んでこられます。遠くにはこちらに走ってこられる冒険者達の姿も見えました。
ふぅ、後はこの男から事情を聞き出せば解決でしょう。
私は、未だ打ち上げられた魚のようにビクンビクンと跳ね回る男を見るのでした。