060. 拒否
「妖精様は相変わらずお可愛らしいですね。――こちらのドールも本当によくできておりますこと」
王妃様が妖精様を撫でられ、次に妖精様のドールを撫でられます。本日私共はマージンのお支払いと、重要なご相談のために伺わせて頂きました。
「先日も、外から戻られて1番にご自身のドールのところへ飛んで行かれましたよ」
「それはそれは、喜ばしい! ご用意させて頂いた私共だけでなく、製作したドール職人たちも喜びましょう」
妖精様付きの侍女の返答で、妖精様と妖精様ドールの愛らしい情景をありありと思い浮かべることができました。
「おお、こちらが妖精様。ようやく拝見することができました」
今回、強引に付いてきた私共商業ギルドのサブマスターも感動しているようです。しかし、ゆっくりしている場合ではありません。まずはマージンのお支払いを済ませて早々に本題に入りたい次第です。私はサブマスターに目配せをし、行動を促します。
「おほん、それでは……。――こちらが、お約束のお支払いになります」
妖精様が金貨の入ったケースをご確認になり、その後サブマスターを、そして私を見てこられます。もう1度ケースをご覧になり……、おっと、サブマスターがケースを閉じてしまいました。まだ妖精様がご確認中でしたよ、まったく。
「ではこちらを」
「確かに、頂戴しました」
これでお支払いの方は完了ですね。さっそく本題に入りたい次第ですが、まずは場を和ませましょう。本日連れてきた事務員に目配せをし、クッキーを用意させます。
その間、私は新作のオルゴールを用意します。こちらは先日ご用意させて頂いたような急ごしらえのものではなく、お抱え職人が時間をかけて製作した会心のできとなっております。これなら妖精様もご満足される筈!
「まぁまぁ、これはまた、精巧な造りですね」
王妃様も興味深く見つめられるなか、妖精様はクッキーを食しながらオルゴールを観察されます。顔を確認し、羽を確認し、興味津々のようですね。ご満足されているようで安心しました。それではさっそく、本題に入らせて頂きましょう。
「おっほん。妖精様、本日はご相談がございまして……」
妖精様はオルゴールの観察を続けられながらも、ちらりとこちらを見ました。話を続けろということでしょう。
「王城には霊石と聖結晶、さらには霊薬の類が生えてきているとか……。それらを定期的に私共商業ギルドや冒険者ギルドに卸して頂くっ!?」
私が言い終わる前に、妖精様はお怒りのご様子で部屋を飛び回りだされました! しまった、怒りをかってしまったようです!
「ひゃぁ!?」「きゃっ!」
連れてきた事務員も巻き込んでしまったようですね。
このようなご提案をさせて頂くことになったきっかけは、数日前にさかのぼります。ある冒険者がバスティーユ公爵様のご依頼を受け、霊石と聖結晶を入手できないかと私共に打診してきたのです。バスティーユ公爵様と言えば、最近次女がティレス王女殿下のお付きになられました。おそらくそこから情報を得たのでしょう。
まったくの買い被りなのですが、一部では妖精様との交渉事は私が最も適しているという話が出回っているそうで、そうした話を聞きつけた冒険者が私に話を持ってきたのでした。
そうして、冒険者ギルドとも協議の結果、霊石と聖結晶と霊薬の類を定期的に卸して頂けないか交渉することになり、まずは国王陛下へ確認させて頂いたのです。
しかしながら、周辺国家や貴族間のパワーバランスを崩す可能性があるという理由で却下されてしまいました。ただ、私共の後ろにはバスティーユ公爵様が控えられております。簡単には引き下がることができない私は交渉の末、妖精様が了承するなら良しという返答を得られたのでした。
しかしこの怒り様、失敗しました! 今までこちらの提案はなんだかんだと承諾して頂けておりましたから、ここまで拒絶されるとは思いませんでした。欲をかき過ぎましたね。
「す、すみません妖精様! では……、冒険者ギルドだけでも……、あっ」
妖精様は私の周りを飛び回ります。
「いえいえ! いえいえ!」
「ふふふ、だから言ったでしょう。妖精様は賢明なお方です。霊石などのような力あるものをむやみに世にばらまく愚行など、ご了承される筈ありませんよ」
王妃様が勝ち誇られた顔で優雅におっしゃられます。確かに事前にそのようなご意見は頂いておりましたが……。
妖精様がようやく落ち着かれ、テーブルにお戻りになられました。なんとかしてご機嫌を取らねば……! 私は最後のとっておき、妖精様の姿絵を取り出します。これでなんとか!
「妖精様。せめて、せめて霊石2つ、聖結晶1つだけでも恵んで頂けないでしょうか……?」
冒険者から伝えられているバスティーユ公爵様の要求を満たす最低限の数です。妖精様の姿絵でご機嫌を窺いながら、最低限の要求をさせて頂きました。これで駄目ならお手上げ、あきらめざるを得ません。返答はいかに……。
妖精様は勢いよく腕でバッテン印を示されました――。
「ふふ、諦めなさいな」
「マスター、諦めましょう。これ以上は不興を買うことになります」
王妃様がおっしゃられ、サブマスターも続きます。
「ええ、ええ。公爵様がかかわっておいでですが……、これは諦めざるを得ませんね」
あの公爵様は高圧的であまり機嫌を損なわせたくありませんが、どうせ怒られるのは直接依頼を受けた冒険者ですしね。
私も浅はかでした。今後は妖精様に恥じないように、もっとよく世の平穏を考慮して行動していかねば……。