336. 嵐のようにやってきて
外が騒がしい。
そう思っていたら、薄着の3人組が冒険者ギルドに入ってきた。男1人に女2人、うち1人はガキだった。装備の見た目が明らかに普通の冒険者じゃない。顔だって美男美女だ。絶対に貴族だろう。
そんな奴らがギルドの中に入ってから寒い寒いと言って上着を着込む。
普通逆じゃねぇか? 寒い外から比較的暖かいギルド内に入って上着を脱ぐのが普通だろう? まぁ、ギルド内が暖かいかと言われたらそんなことはなく寒いんだが、外よりは全然マシな筈だ。
上着を着こんだ小さいのはモコモコになって可愛らしい。
「おいテメェら、そんな見た目で冒険者かぁ?」
その3人組が依頼出しじゃなく冒険者受付に行ったのを見て、無謀な奴が絡みに行く。
いつも粗暴過ぎて皆から遠巻きにされてる奴だ。俺も名前を知ってる程度。確かジェイドだったか。
まったく馬鹿な奴だ。さっきの装備を見てなかったのか? 貴族に喧嘩を売るなんざ明らかに悪手だろう。
「来ました」
「レス、嬉しそうにするな。話し合いで解決だぞ?」
「なんだぁ? 馬鹿にしてんのか?」
ジェイドが上着でモコモコになった小さいのに殴り掛かる。マジかよ、粗暴だとは思ってたがそこまでだったのか。
助けようか悩むが変に関係を持つより無視を決め込んだ。周りの奴らも俺と同じ判断のようだ。
小さいのはジェイドの脇をすり抜け裏手へ向かった。
あの動き、手慣れてる。貴族のお遊びじゃないのか?
「いきなり殴り掛かってきたのです。話し合いは無理ですね。模擬戦です。シル、やりますよ」
「ああ!? 良い度胸じゃねぇか! ……よく見たら良い顔してんな。よし、俺が勝ったら俺の相手しろや」
「レス、好戦的過ぎる。ったく、仕方ねぇな」
やけに好戦的な小さいモコモコに連れられ、残り2人とジェイドがギルド裏の演習場に向かう。無関心を決め込んでいた冒険者共もそれを見ていそいそと演習場へ向かった。
ただでさえ冬は娯楽が少ないんだ。それが今は大雪でなおさらだ。こんなイベント逃す手はねぇってな。
周りじゃ既に、どちらが勝つかの賭けが始まっている。
男の方は参戦する気はないようだな。
ジェイドは粗暴だがそれに見合った実力がある。威勢の良い貴族子女がどれ程健闘するのか見物だぞ。あれ程好戦的なのだからすぐにやられてしまうなんてことはないだろう。
見た目は全く強そうに見えない女2人だが、この大雪かつ魔物の大移動騒動の中ここまで辿り着いたんだ。それなりにやるんじゃないか?
……よし。
「俺は小さいのに賭けるぜ」
「マジかよ! いや、そっちに賭ける奴が居ないと賭けが成立しないから良いんだけどさ」
その模擬戦は突然始まった。
ギルドから借りた小さめの模擬剣を弄っていた小さいのが、女に声を掛けると突然光の柱が昇ったのだ。どうやら女は移動中に詠唱をしていたらしい。
ジェイドも見物人も皆まとめて大口開けて空を見上げることしかできない。
なるほど、最近町を騒がせてた光の柱はコレだったかぁ。
冬は情報の回りが遅い。さらに今は大雪だ。原因調査依頼を受けた奴が数日前に町を出たがまだ戻っておらず、光の柱で骨まで蒸発して死んじまったとか言われてたんだ。
コイツのせいで最近町じゃぁ色々な噂がたってたんだぞ。また帝国が裏で工作してるんだとか、魔王が実は倒されてなく王国に復讐してるだとか、光の柱が立った場所は草1本生えない荒野になってるだとか。
それがだんだん近付いてきていたのだ。町の不安は高まり最早恐慌状態と言っても過言じゃないってくらいになってたっつうのに。
それがどうだ。蓋を開けてみれば、ただ模擬戦で相手を威嚇しているだけだったと。とんだ迷惑3人組じゃねぇか。
「そ、そ、そんな大技、実戦じゃ使えねぇ! それに開始の合図もなかったぞ!」
ジェイドは光の柱を見てもまだ諦めてないらしい。ジェイドの文句を聞いて小さいのが1人前に出る。
「おりゃぁ!」
「おお!?」
ジェイドは剣を振り下ろすが、何かに弾かれ当たることはなかった。見物している冒険者共からどよめきが上がる。
小さいのは無言でジェイドに近付いて、やたらめったら模擬剣を相手に振り下ろした。ジェイドは抵抗しても何かに遮られるだけで、文字通りボコボコだ。
よく見れば小さいのの周りに防御魔法のようなドーム状の透明なモノが見える。これじゃジェイドは手も足も出ねぇな。
救いなのは見た目通り子供が剣を振り回してるだけで、大したダメージになってなさそうなことか。
しかし勝負はあった。
「てめぇら! 何してるんだ!?」
おっと、ギルマスの登場だ。
倒れ込んだジェイドを模擬剣でボコボコに殴りまくっていた小さいのがようやく止まる。
説教に巻き込まれないよう見物人共が退散を始めた。俺もギルドに戻りつつ、しかし賭けに勝った金を回収するのも忘れない。今日は贅沢ができそうだ。
その後、迷惑を掛けたとかで3人組が除雪作業をすることになった。何の面白みもない話だと思っていたのだが、その除雪方法は誰もが度肝を抜かれるやり方だった。
男が無造作に剣を抜くと、なんとその剣が光り雪を溶かし始めたのだ。男が歩くだけで除雪されていく。
なんという熱だ。あの3人が外で薄着だったのも納得できる。雪があっと言う間に湯気に変わって蒸し暑いったらないぞ。
その後、3人組は一躍町の英雄になった。全く追いつかなかった雪掻きが一瞬で完了したのだから。
っていうか、光の剣?
光の剣と言えば、帝国戦争最後の年、妖精から光の剣をもらった第二王子が光の刃で帝国軍を薙ぎ払ったとかいう話が有名だ。
当時は盛り過ぎた作り話だと思ったもんだが、あの男が雪を溶かしてる剣、まさに光の剣じゃないか?
ってことは貴族じゃなくて王族かよ! しかも実話だったのか!
だとすると、その横の小さいのはもしかして第一王女?
じゃぁあれが"特攻姫"か!
王国主力が全部帝国相手に東部に集結していたとき、その隙を突いて西から魔法国が攻めてきたらしい。
その魔法国軍に1人で突っ込んで自爆し全員ぶっ殺したとかいうイカれた女傑っつう話だ。
これまたぶっとんだ作り話だと思ってたんが、模擬戦んときの防御魔法を見れば1人で敵軍に突っ込んだって話も信憑性が出てくる。
まさかこれも実話なのか?
なんてこった。光の柱をぶっぱなした女が1番無名だなんて。
嵐のようにやってきた3人は、翌日北へ向かって風のように去っていった。
ジェイドはとんでもねぇのを相手に吹っ掛けちまったもんだな。こりゃ数年は滑らない話として弄られるだろう。
光の柱の調査に出ていた奴が戻ってきたのはその3日後だった。