332. 増殖
330話の魔王のカタカナ発言を平仮名まじりに修正しました。
朝の素振りを終えて領主館に戻ってきたら何やら騒がしく、領主館に出入りしていた人間が狭いホールに集められた。
騒ぎの原因は、ゲームボードとやらがなくなったんだと。
たかがボードゲームと思うだろう?
俺だってギルマス業を通して貴族と関わってなけりゃ、そう思ったさ。
これが庶民の持ち物なら気にする必要なんざねぇんだが、王侯貴族を飛び越えて妖精様の所持品とくりゃぁ話は変わってくる。
しかも聞いた話じゃ魔王討伐における重要物だ。王家が黙っちゃぁいない。
さらに魔王討伐となりゃ王国だけの話じゃなくなるだろう。場合によっちゃカティヌールにも影響する問題だ。
あそこは今、魔王討伐に貢献したってぇのを盾に国家間のいざこざを帳消しにしようとしてっからな。魔王討伐という偉業を通して代替わりしたばっかの国王の足場を固めたいが、他国は魔王討伐戦なんざ本当にあったのかと半信半疑な状況だ。
んな訳で、王国とカティヌールは魔王討伐に関わる物はどんな些細な物でさえ証拠として残そうとするだろう。
その1つが無くなった。
これが公になるとリースタム男爵は処罰される可能性が高い。たかがボードゲームで馬鹿馬鹿しい話だが、貴族社会なんて何処もそんなもんだ。
そうなると、ボードゲームを持ち込んだアウリ嬢の領内での立場はさらに悪くなるだろう。
アウリ嬢の護衛依頼を受ける前にちょいと調べたが、ここリースタム男爵領ってところは先々代まではそれなりに豊かな土地だったらしい。なんでも、その頃に何処かからやってきた農学者とやらが地下水から水を大量に汲み上げる仕組みを作ったんだとか。
しかし水を急速に汲み上げたからか、先代の頃には地下水の枯渇が問題になった。んな訳で、今代は昔のやり方に戻して雨水に頼る農作に戻したって話だ。
が、そこで新たに致命的な問題となっちまったのが帝国と魔法国による渇水工作。そのせいで王国内は数年まともな雨が降らず国中で餓死者が出た。もともと水不足に陥っていた男爵領も大打撃を受けたってぇ訳だ。
それなりの死者が出たらしい。
今目の前に居る冒険者3人組が借りたってぇ空き家も、その頃に亡くなった人間の家なんだと。アウリ嬢の友達連中も死んだか嫁いで領を出たかで誰も残っちゃいない。
アウリ嬢は領内が1番苦しい時期に領内に居なかった。だから一部の領民からは苦労知らずと思われてるらしい。友達も居ない状態で敵ばっかって訳だな。
対して弟のキース殿は幼い頃から畑仕事を手伝っていたりと領民の受けは良い。
横目で先生とやらをチラ見する。
先々代の成功例があったからか、今代男爵もまた何処かから農学者とやらを食客に迎えているんだ。
が、この先生とやら、胡散臭ぇったらありゃしねぇぜ。
農地改革を行ったとかで領内からの信頼はやけに高ぇが、詳しく聞いてみると具体的な改善話が全く出てこねぇ。
アウリ嬢が王都で調べてきた不作対策を聞いても、表向き褒めるだけでよく分からん長話をし、結局は全却下ときたもんだ。検討すらしてねぇ。
ま、俺の予想からすっとコイツは帝国の間諜だな。
俺だってギルマスを辞めた後、何も考えずに遊んでた訳じゃねぇ。国内色々巡って戦時の帝国間諜の行動ってヤツを確かめてたんだ。で、なんとなく傾向みたいなもんが掴めてきた。
調べてみると、一定以上の成果を出してた帝国間諜は予想よりも早い段階でその土地に紛れ込んでやがった。しかも周囲からの信頼がかなり高い奴らばかりときたもんだ。
嫌な記憶だが、ザンテンの立ち回りを思い出すぜ。
帝国間諜は王都周辺はだいたい捕まえたってぇ話だが、地方じゃまだまだ潜伏してる奴が居るって予想だった。コイツもその1人だろうさ。証拠は何もねぇが、どうせ春までここから出れねぇんだ。ちっと調べといてやろう。
集められたホールで1人の中年女性が喚いている。
庶民にとっちゃボードゲームの紛失なんざどうでも良い問題に思えるんだろう。気持ちは痛い程分かるぜ。普通ならこの時間でいくらか内職した方が良いって思うよな。
貴族の館での盗難犯ってなると、まず疑われるのは余所者だろう。
俺は盗んでねぇから除外するとして、つまり昨日理由もなく現れた目の前の冒険者3人組だ。次点で領民の誰かが魔が差してってところだろう。
が、帝国間諜が紛れてんなら話は変わってくる。
最近帝国の動きもまたきな臭くなってきたらしいからな。何が目的か知らんが妖精様について色々嗅ぎまわってるってぇ話だ。妖精様の所持品を見付けたんなら奪取くらいするだろうさ。
で、そうなると逆に分からんのがこの3人組だ。
コイツら何故男爵領に来たんだ? 俺の把握している限りこの周辺に来なきゃならん依頼なんてなかった筈だぞ。
ふと窓の外に目をやると外にダスターが居た。
内心驚くが表情には出さない。
ダスターはハンドサインで直接会って話したいと伝えてくる。いったい何しに来たんだダスターの奴。
っておい、ダスターの後ろに妖精様も居るじゃねぇか!
しかも妖精の隣にゃ、件のボードゲームが浮いてっぞ!?
ばっかクソ野郎、何の茶番だこれは? ボードゲームは盗難も紛失もされてねぇ。妖精が自分で持っていったに過ぎねぇってことじゃねぇか!
何だそりゃ。この話し合いは本当に全くの時間の無駄って訳かよ。
予想外のことでちっとばかし驚きが態度に出ちまった。バガンとかいう冒険者が不審そうに後ろを振り向く。
が、ダスターと妖精は素早く隠れ、バガンに発見されることはない。
バガンが前を向くとダスターと妖精はまた現れた。
妖精は口に人差指を当てて黙っていろというジェスチャー。ボードゲームを持ち去ったのは妖精自身だということを黙っていろってか? 何故だ?
考えられるのは、ボードゲーム盗難騒ぎを通して誰かを釣ろうってところだろうか。いったい誰を? 何のために?
まわりに悟られないよう窓の外の様子を覗う。
「プッ」
思わず吹き出しちまった!
だってしょうがねぇだろ!? 妖精が2匹に増えたんだからよぉ!
「何笑ってんだぁよ、余所者がさぁ!?」
「ああ、いや」
おいおい、ダスターは気付いていないのか? 後ろで妖精が増えてっぞ?
こんなん耐えられる訳ねぇって。1匹でも色んな意味でとんでもねぇのが2匹。倍だぞ、倍。
しかも瓜二つだ。以前からもともと2匹いたのか? それとも最近仲間を呼んだのか? 何も分かんねぇ。
その後、畑に見たことねぇ草が生えてきたとかでまた別の騒ぎが起こった。
しかし妖精様が居るんだ。そんなこともあるだろうさ。神樹ってな木を生やせる妖精様なら見たことない草の1つや2つ朝飯前ってな。
その騒ぎの隙に集団から離れてダスターと会う。
妖精2匹も居るがダスターは驚いた様子はない。
「おう、ダスター。色々訊きたいことはあんだがよぉ。まずは妖精様だ。何故2匹に増えてんだ?」
「あ……、いや……」
ダスターの返答は遅い。
そういや、こういう奴だったな。説明が恐ろしく下手だった。英雄とかなんだとかで忘れてたぜ。
当の妖精らは聞いたこともねぇ言葉で会話している。これが妖精語ってヤツなのか?
「はぁ? じゃぁこっちの片腕が木の奴は魔王だってぇのか?」
言われてみれば片方の片腕が木製だ。ってか、関節部とかも生身じゃないのが分かる。球体関節って言うのだったか。
根気よくダスターから話を聞き出してみると、魔王は討伐したんじゃなく妖精人形に封印したってぇ話らしい。
それがコレかよ。えらい可愛い魔王だな。
「はぁ。で、妖精様よぉ。あの草はいったい何なんだ?」
「塩! 塩! 特産!」
はぁ? またよく分からんこと言い出したな。
妖精様は同じことを繰り返しながら俺とダスターの周りを飛び回るばかりだ。初めて声を聞いたが、聞いてたとおりこっちも説明下手だなぁ、おい。
先が思いやられるぜ。
「ダスター、どういうことだ?」
「あー、いや……」
クソ、説明下手しか居ねぇ。何も分かんねぇわ。
そう思っていると突然魔王の木製腕が光り、光がおさまると腕が生身の腕に変わっていた。球体関節もなくなり、本物の妖精様と見分けがつかねぇ。
マジかよ。大丈夫かこれ。
「密室! 密室! あやしい、行動!」
「あ? 密室? 怪しい行動って誰がだ?」
「一緒に! こんなところに! 私は1人で! じゃ!」
そう言うと妖精様は肝心なことは何も答えず突然消えた。
その直後に南の空に光の柱が立ち昇る。あれで3回目だ。最初は驚いたもんだが、あれも妖精様関連だと思うと驚きより呆れが出ちまうぜ。
「かぁー、マジで行動が予測できん。で、そっちの魔王さん?は会話できんのかい?」
「ええ、できますトモ。馬鹿にしているノデスカ?」
光の柱が昇った方を見つめていた魔王の妖精がこちらに向き直り、そう答えた。
「うわ、この国の言葉話せたのか」
どうしてダスターが驚く。ここまで一緒に来たんじゃねぇのかよ。
「私はこれより、ファルシアン王国東部大物貴族のトコロへ届け物ですワ。たしか、東の辺境伯ト呼ばれているノデシタかしら」
東の辺境伯だと?
「どうして辺境伯様が出てくる? 今回の騒ぎはそれ程大規模なことなのか?」
「さぁ、どうかしら? 今回の騒ぎとはドノ騒ぎを指しテいるのか……。まぁ、私には関係のナイ話デスネ。あなた方モ今は知る必要のナイことデス」
知る必要がないだと?
妖精様関連ってのは事が全て終わってから、あの時のあれはこういう意味だったのかと後から理解できるってぇ話が多いからな。今は知らなくて良いってのは事実なんだろうけどよぉ。
「じゃぁ、妖精様が言っていた密室ってのは何だ? 怪しい行動ってのは? 妖精様は何をしようとされている?」
「それこそ知ってモ意味ガあまりありませんワヨ。好きに推理させていれば良いノデス」
そう言って魔王の妖精は空高く昇っていった。
「ったく、どいつもこいつもよぉ。……で、ダスターは何故ここに来たんだ?」
「あー、えーと……」
はぁ、こっちも訊き出すの苦労しそうだな……。