331. 近い
チ、何処に居やがんだ妖精の野郎。
ったくよぉ、コフィンとヨゼフスはまだ気付いてねぇのか? 今、絶対近くに居るぞ。
俺様が妖精を探してる理由は2つある。その内1つはもう達成しちまったようなもんだ。
俺は足に古傷を抱えていた。もう絶対に治らねぇ。そう医者も教会連中も言いやがった程の傷だった。それがどうだ。今は全く痛まねぇ。
昨夜確認したら、初めから傷なんてなかったかのように綺麗サッパリ消えてやがった。
これまで集めた話じゃ、妖精に近付けば近付く程治癒効果が高くなるらしい。ってぇすると、ここ数日の内に少なくとも1度、俺の視界が届く範囲内くらいまで妖精に近付いたに違ぇねぇ。
だから今本気で探せば見つかる可能性が高い。だっつうのに、何なんだこの茶番はよぉ? 何時まで付き合えば良いんだぁ?
「で、ここに集められたのは昨日領主館に入った人間ってぇことかい?」
昨日見たババァが領主の娘に問う。貧乏貴族相手たぁ言え、領主の娘相手に強気なババァだ。
領主館を入ってすぐのホールと呼ぶにゃ狭く、部屋と言うには広い場所に共通点の無さそうな奴らが集められている。
俺様、コフィン、ヨゼフス、それから昨日のババア、領主の娘をここまで護衛してきたっつぅ筋肉自慢の冒険者、先生とか呼ばれてる胡散臭ぇヒョロガリ。さらにこの館の使用人らしい奴らが数人立たされている。
んでもって、俺らの前には領主の娘とその弟がソファに座ってやがる。領主本人は流石に出てこないようだ。
筋肉野郎だけは今でも護衛依頼が継続してるのか領主の娘の後ろに居る。時々目が合うのが気持ち悪ぃ。
「そのボードゲームってのがどれだけ凄いかアタシにゃ分からんけどもねぇ、お嬢様。そんなモン盗んで何になるって言うんだい?」
ババァが喋ってる最中、筋肉野郎が少し目を見開いた。何だ? 奴の位置的に窓の外か? 外で何かあった?
周りに気取られないよう窓を振り返ってみたが、何もねぇ。もう1度筋肉野郎を見ると、その時には何もなかったかのように無表情だった。
「同じ場所にゃ大量の金貨もあったってぇ話じゃないか。もしアタシが犯人なら金貨の方を盗むと思うんだがねぇ?」
「プッ」
「何笑ってんだぁよ、余所者がさぁ!?」
思わずといった感じに笑った筋肉野郎にババァが突っかかる。しかし視線的にゃババァを笑ったっていうより、窓の外で何かあった感じじゃねぇか?
ババァと筋肉野郎に視線が集まっているのを良いことにもう1度窓を確認してみる。
……やっぱ何もねぇな。村のガキ共が悪戯で筋肉野郎を笑かそうとでもしてんのか?
「あの、この中に犯人が居ると言っている訳ではありません。あのボードゲームは詳しくは話せませんが、王国を救い、世界を救ったのです。値段の付けられるようなモノではありません。絶対に見つけなきゃダメなんです。ですので、えっと、何かご存知ないかとお訊きしているのです」
ハァ。
な~にが世界を救っただ。ボードゲームで世界が救えるかよ。
あー、そう言や数か月前に魔王騒動ってのもあったな。ガルム期でもねぇのに、なんか南の空が真っ暗になった奴だ。噂じゃアレで魔王が復活して、それをファルシアンとカティヌールの連合軍と何たらの民ってのが再封印したって話だ。色々あって忘れてたぜ。
それと何か関係あんのか?
最悪な気分だが、幸いなのは対応がまだ理不尽じゃねぇってことか。
貴族の持ち物が無くなった場合、問答無用で1番怪しい奴をとりあえず犯人にしちまうなんてぇことはザラにある。それが確実に冤罪だと周りの奴らが分かってても、絶対誰もソイツを助けねぇ。だって、ソイツが犯人じゃねぇならじゃぁ誰だ? お前か?ってなりかねねぇもんな。
そして今回の場合、村の奴らからすりゃぁ1番怪しいのは俺ら3人に違ぇねぇ。
「領主様ぁ! 領主様ぁ! 大変だぁ!」
よく分からん事情聴取が何の進展もなく雰囲気的にそろそろ終わりかってタイミングで、なんか知らんが外が騒がしくなってきやがった。領主館の扉を誰かがガンガン叩く音が鳴り響く。
館の使用人が領主やそのガキ共の指示もなく勝手にドアを開ける。それだけでこの村がどれだけ上下関係適当なのか一発で分かるってもんだ。
「はいはい、一体どうしたんです?」
「畑が! 畑一面に! 雪を突き破って変なモンが生えてきましたさぁ!」
あー?
もう既にややこしい状況だってぇのにまだややこしくなんのかよ。そう思って飛び込んできた男の後に続いてゾロゾロと外へ出ると、なんとまぁ、そりゃ騒ぐわなって状況が広がっていた。
畑一面に茶色い変な草がビッシリ生えてやがる。朝には確実に生えてなかった。それがどうだ。俺様の足の付け根くらいまで謎の草が育ってやがる。1本1本、上の方にいくつか膨らんでる実みたいなのが付いてやがんな。
「何でしょう、これは?」
「分からないよ姉ちゃん。ボクも見たことない」
「不吉だ! これは不吉だよぉ!」
先生が無言で草に近付いて観察を始める傍ら、ババァが突然騒ぎ出した。ギョロ目が怖ぇって。
「こんなんもん生えちまってさぁ、来年の収穫はいったいどうするって言うんだよぉ、ええ? ガルム期と数日前にあがった光の柱、やっぱりアレは不吉の前兆だったんだ! お嬢様よぉ、アンタが帰ってきてから悪いことばかりじゃぁないですかい? ホントにどうしてくれるのさ!?」
「そんな、私は……」
言い合いが始まる。もうボードゲーム云々なんて雰囲気じゃなくなったな。
全くもってよく分からん状況だが、だからこそ確信できる。この村に絶対妖精が居る。
これまで集めてた話はどれもこれも意味不明な逸話ばかりだった。聞いてた時はそうはなんねぇだろって思ってたが、この状況が正にそれだ。
雪の中ようやく村に着いたらボードゲームがなくなって疑われてる間に村中の畑に謎の草が一面生えてきた。なんて他の奴に話してみろ。絶対そうはならねぇだろって言われるぜ。
「バガン、ヨゼフス、ボードゲーム盗みの犯人を捜すぞ」
「あ?」
何言ってんだコフィンは。おかしな状況になって頭もおかしくなったか? どうして俺らがンな犯人捜さにゃなんねぇんだよ。
――ズアァ
そのとき、また光の柱が昇った。これで3本目だ。昼間なのに南空を左右に分断する真っ白い光の線がハッキリ見える。
ってかよぉ、なんか前より近くねぇか?
まぁ、良い。おかしければおかしい程妖精が近いってことだろ? おかしな状況、結構だ。じゃんじゃん起きてくれ。
この際だ、ボードゲーム探しもやってやろうじゃねぇか。なんとなく分かってきたが妖精相手にゃ常識なんて通用しねぇんだろう。
ケッ、面白くなってきたぜ。