328. 村人
「ふぃ~、やぁーっと着いたぜぇ~」
「バガン、まだ気を抜くな」
「あ? もう良いだろ。なんせそこに家が建ってんだ」
バガンとコフィンが言い合いを始めた。
実際問題これは既に到着したと言って良いのかよく分からない。普通の町なら壁に囲まれてるんだ。寂れた田舎村でも大抵簡単な柵くらいはあるのに。
だけど、このリースタム男爵領都ってのは壁も柵もない。町の中心に建物が多くて、そこから離れれば離れるほど建物が減っていく造りのようだ。
今はその1番外側にポツンと建つ家の前に居る。だから一応、ここはもう領都の中ってことで良いんだろう。でも見た目はまだ平原だから町に入ったなんて気は全然しないんだけど。
「それより早く宿を探さねぇとなぁ。このままじゃ雪に埋まっちまうぜ」
バガンはそう言ってさっさと歩いていく。
町……、というか、ほぼ村だな。村には出歩ている人を見かけない。それはそうだ。だって薄っすらとは言え雪が積もっているんだから。
だからと言って警備兵も居らず検問すら無いのは良いのだろうか。雪が降る前は検問もあったのか?
村の中心と呼べそうな家の密集地している場所へ向かっていると、そこに差し掛かる手前の道に少しふくよかで気の強そうな中年女性が待ち構えていた。
まずはあの女性から色々と訊き出すべきだろう。自分達3人は顔を見合わせて頷く。
大丈夫、どこまで話すかは事前に決めてある。ヘマすることなんてない。
「やぁ、どうもこんにちは」
コフィンが温和な笑みでそう声をかけた。普段の冷徹そうな素顔を知っているのでこの笑顔は何度見ても慣れない。
「アンさん達、冒険者さんかい? こんな時期、こんな辺鄙な田舎町にいったい何しに来たんだい?」
ギョロリとした目が自分達を睨む。たまに居るよな、魔物みたいにおっかない女性ってのが。静かな口調なのにまるで尋問のようだ。
「私はコフィン。私達は妖精様の癒しを求めてこの国に来たのです」
「妖精様ぁ!? こんな田舎に妖精様なんて居やしないよ」
中年女性はギョロ目をさらにかっぴらいて驚いた。
自分達が妖精を探しているのは秘密にしない。この国で妖精が見つかった話は有名だし、どうせこの後妖精に関して訊きまわるんだから隠してもしようがないんだ。
だけど男爵令嬢を追ってきたってことは言わない。男爵令嬢が妖精様付の侍女だったってことは一般には公開されていないし、王都冒険者ギルドサブマスの反応を見ると機密だった可能性すらあるからだ。どうして自分達が知っているのかと訊かれたら面倒くさい。
「いやはや、どうも道に迷ってしまったようでして。何せ私達にとっては初めての国ですから。そういう訳で宿を探しているのですが、何処かお勧めの宿などありませんか?」
コフィンが独特の身振りで中年女性に説明する。バスティーユ領でも見た動作だ。そう言えば初対面のとき自分にもやっていた気がするな。コフィンの癖なのかもしれない。
「ふん、この町に宿なんてモンはないよ。でもまぁ、空き家ならある。使えるように、アタシが領主様に掛け合ってやろうじゃないか。付いてきな」
そんなことを思って見ていると、中年女性は似たような身振りをした後態度をやわらげた。見た目は恐ろしいが意外にノリの良い人なのかもしれない。
助かった。まさか宿まで無いド田舎だとは思わなかったが、泊まれる場所を貸してくれるというなら有り難い。途中、雪の中魔物に囲まれたときはここで死ぬのかと思ったが、なんだかんだ何とかなるもんだ。
「おいババァ」
「誰がババァだ!?」
「お、おいバガン! すんません、ちょっと粗暴な奴でして。あ、えっと、自分はヨゼフスって言います。こっちはバガン」
「ふん、2度とババァて呼ぶんじゃないよ」
「ババァよぉ、平民が直接領主に交渉なんてできんのかぁ?」
「ババァと呼ぶなと言ってんだろうが! この小童がよ」
駄目だ。せっかくスムーズに話が進んでたのにバガンの奴!
慌ててコフィンが仲裁に入る。コフィンが仲裁なんてあまり見ないが、ここで放っておくと雪の中宿なしになってしまうからな。自分も必死に謝った。
「ったく。まぁ良いよ。冒険者が粗暴なんて常識だった。んで、アタシのような平民が領主様と話せるのかって? この町は領主様と領民の関係が近いのさ。空き家を貸せるか訊く程度なら問題ないさね。まぁ、直接領主様と話せることはなかなか無いけどねぇ。良い人達さ、娘以外はね」
「娘さんて領主様の? 何かあったのですか?」
すかさずコフィンが訊き返す。
自分的にはこれ以上お貴族様の問題に首なんて突っ込みたくないが、その娘ってのが自分達が追ってきた男爵令嬢なら訊いておいた方が良いのかもしれない。しかし娘以外って何だ。ここの令嬢は領民と不仲なのか?
「いやねぇ、つい最近まで王城で働いてたそうだけどね、勝手に辞めて帰ってきちまったんだよ。あの娘の給金をそこそこアテにしていた領主様はそりゃ焦ったことだろうよ。口には出されないがね」
「まぁまぁ。ご令嬢の方にも何かご事情がおありだったのではないでしょうか」
「ふん、どうだか。昨日一昨日なんざ、畑で塩の匂いがしないかって町中に訊きまわってたよ。んで、何か白い粉を畑に撒くとか撒かないとか」
中年女性の話に耳を傾ける。訊いてもいない周辺情報も勝手に話し続けるから、情報収集としては有難いんだが、仕事じゃなきゃとてもじゃないが聞いてられないぞ。
「挙句、妖精様はゲロも綺麗だなんて言い出す始末。そんなに妖精様妖精様言うのなら、その妖精様を連れてこいって言うもんだよね。だってそうだろう? 居るだけで豊作ならこの領地の問題は全部解決じゃないか」
妖精の話が多い。
情報元が妖精付侍女だからだろうか。王都で聞いた話とは違う話が多く出てくる。しかしやっぱり妖精はここには来ていないようだ。
バガンが渋い顔をしている。ここに妖精が居ないとなると雪が溶けて移動できるようになる春まで妖精捜索は中断だからな。自分だって気を抜けば渋い顔をしてしまいそうだ。
それにしても、よく分からない話が多いな。何なんだ、綺麗なゲロって。
その後、領主館という名の少し大きいだけの家に行った自分達は、無事町外れの空き家を1軒、春まで借りることができた。
妖精がこの村に居なかったのは残念だったけど、自分としてはそこまで急いでいない。問題ないさ。しばらくはゆっくりしたって良いだろう。
そんな安心感は翌日早くも吹き飛んだ。
朝外に出ると村の人間達がなにやら騒いでいて、妖精様の伝説のボードゲームが無くなったと言ってきたんだ。
なんだよ、伝説のボードゲームって……。
綺麗なゲロとか伝説のボードゲームとか、妖精絡みはよく分からない話ばかりだ。