325. 帰郷
「そうは言ってもなアウリ、もう冬だ」
そう言ってお父様は窓の外を見ました。つられて私も窓を見ると昨日は降っていなかった雪がチラチラと舞っています。ただ暗く寒いだけのガルム期とは異なり、キンと張った済んだ空気がもう冬なのだと言っているようですね。
それに室内なのに肌寒いです。妖精様のお力でいつも一定の暖かさに保たれていた王城に慣れ過ぎていたため、ここでの冬を越せるか不安になってきました。
「水魔法を覚えたのはすごいが、1日かけて大樽どころか小樽の半分も満たせないのだろう?」
「だからこそです、お父様。確かに私に出せる水はそれほど多くはありません。だからこそ、冬の間に少しずつでも樽などに溜めておけば来年は楽になると思うのです。王城から支援物資も頂いてきました」
水魔法を覚えて故郷に戻った私は、その水魔法での領地経営支援は諸手を挙げて歓迎されると思い込んでいました。しかしお父様の反応は芳しくありません。もっと大喜びされると勝手に思っていました。
「その支援物資とやらも、粉の方は先生も良い反応を示しておられんかったがな。金の方も使っては駄目とはどういうことなのだ?」
そう言ってお父様は大量の手紙を指し示しました。私が王城からの支援物資に関して答える前に話を続けられます。
「お前宛のモノだ。お茶会の誘いなども含まれるが半分以上釣書だな。水魔法で畑を切り盛りしてくれると言うのは有難い。冬の間に水を溜めてくれると言うのならぜひともお願いしよう。しかし我がリースタム領にとっては、お前は畑仕事をするよりも大貴族に嫁入りしてくれた方が有益なのだと理解しておくれ」
「しかし……」
「妖精様付補佐という経歴は凄いモノだな。こんな貧乏男爵領に侯爵家からも打診が来ている。帰って早々で悪いが冬の間に目を通し返信をしておいてくれ。くれぐれも失礼の無いように」
そう言ったお父様は、すでに私を見ていませんでした。私の釣書以上の書類に囲まれ忙しそうです。
「分かりました」
そう答え、釣書の束を抱えてお父様の執務室を退室しました。
「どうでしたか? アウリ様」
「姉ちゃん、暗い顔だぞー」
「先生、それにキース」
執務室から出た私を待っていてくださったのは私が物心付く前からこの領で農地改革などを行ってくださってきた先生、それから弟のキースでした。
「水魔法で水不足を補う提案をしたのですが、あまり良い反応ではありませんでした。でも反対もされていませんから、できることからやっていこうと思います」
「領主様をあまり悪く思わないでくださいね。ここ最近は様々なことがあったのです。領主様もお疲れなのですよ」
そう言って先生は細い目をさらに細めて優しく笑いかけてくださいます。農学者のためか男性には珍しく体の細く長髪の先生がこのように笑うと安心感が大きいですね。
「そうだぞ。この前なんてなんとか伯爵って客人も来てたし、その前は……、なんだったけかな。とにかく色々人が来てたんだ。こんなド田舎、何もないのにな。だから最近の父上はヘトヘトなんだ」
「フフフ、これもアナタのおかげなのですよアウリ様。領主様はお疲れですが、以前のような悲壮感は無いでしょう?」
確かにお父様はとてもお疲れのようでしたが、私が王城へ奉公にあがる2年前とはだいぶ雰囲気が異なりました。怒っているという感じでもありませんでしたし、純粋にやることが多くて疲れ果てているといった感じでしょうか。
「子を第一王女殿下のお友達にしようと画策した貴族は多くいますが、親しくなれたのはアナタと東の辺境伯令嬢の2人のみと聞いております。さらには国を救った妖精様のお傍付きだったとか。そんなアウリ様とお近づきになろうと様々な人達がこのリースタム男爵領に興味を持たれたのです」
「妖精様! なぁなぁ、姉ちゃん! 妖精様のこともっと教えてくれよ! ってか、最近ここもずいぶん変わったけど、姉ちゃんも2年でメチャクチャ変わったな! なんだよその言葉づかい。大貴族のお嬢様みたい」
「笑わないで。王城で昔のような言葉を使える訳ないでしょう? アナタもそろそろ言葉遣いを教育されることになりますよ」
第2王子殿下のようにね……。